2015/09/14

お仕事した日

晋遊舎のデジカメムックのお仕事。
写真をセレクトしながら原稿を6ページ書き、
さらに別のコラム2ページを書き、
さらにちょこまかしたテキストをいくつか書く。
まあ、真面目にお仕事した月曜日だったということです。

鬼怒川と小貝川。奈良時代と現代。

9月10日に鬼怒川の堤防が決壊したり越水したニュースに釘付けになって以来、
あのあたりが気になって仕方なく、
ジャパンナレッジなどにあたってヒマを作ってはあれこれ調べてたのである。
せっかく調べたのでここに公開。

鬼怒川はもともと「毛野川」と書かれてた(続日本紀など)。
鬼怒川の源流から上流は栃木県(昔の下野国)であり、
源流は栃木県と群馬県の境近く。

群馬県はかつての上野国、栃木県はかつての下野国。
両者はもともと「毛野国」というひとつの国だったが、
「上毛野」と「下毛野」に分かれ、
国名は好字二字で表せというお達しにより
「上野」と「下野」になったわけで、
だからいまでも「下野国」と書いて「しもつけのくに」と読むのである。
文字は消えても「け」は残ったのだ。
で、毛野国のど真ん中を流れてるので毛野川。
もしかしたら毛野国の最初の中心部は毛野川流域だったのかもしれない。
そこまでは調べてないけど。

やがて鬼怒川は南下し、茨城県に入る。
今は茨城県だけど、往古はこの川が
「下総国」と「常陸国」の国境となっていた。

下総国は今の千葉県北部だけど、実は古河あたりまでぐぐっと細長く伸びてた
でかい国だったのだ。
今、そのエリアは千葉県でなく茨城県になっている。

で、奈良時代の話に遡る。
768年。道鏡の時代である。

続日本紀によると、
神護景雲2年(768年)の8月、
こんな奏上がなされた。
講談社学術文庫の現代語訳を元に
めちゃ意訳したものがこちら。

下総国「7年前から毛野川(今の鬼怒川)を掘って洪水を防いでくれといってるのに実現してない。これでは毎年洪水だ」 
常陸国「水路予定地が神社の敷地にかぶってるからムリ」 
太政官「ぶつぶついわずすぐ両国で協力して掘れ 。国境は旧流路のまま維持しろ」 

つまり奈良時代からこのあたりは肥沃であるけれども頻繁に洪水が起きており、
往古から水に悩まされ、治水してきたところなのだ。
(20150915追記:先立つ758年、毛野川の大洪水があり多くの田が被害を受けてる)

大きく蛇行してた旧河道はその名残があり、
奈良時代にどう河道を変えられたかが今でも地図を見るとわかる。
奈良時代の流路が今でもわかるってすごい。
(20150915追記:下記の地図、奈良時代の治水工事の場所が違うかも。
  参考:http://www.kasen.or.jp/c_study/pdf_study02b/study02b_25.pdf
 ちょっと調べ直し中)
当時は大工事だったろうな。



その頃の鬼怒川は、下妻市南部を東に向かい、小貝川(昔は子飼川)に合流。
下妻市以南は今の小貝川が鬼怒川本流だったのだ。

この河道付替えの影響で鬼怒川は徐々に南下するようになり、
その後、何度も治水工事が行われ、
鬼怒川と小貝川に分かれた今の河道となったそうな。

ちなみに、このちょっと下流辺りに平将門の本拠地があった。

今回の豪雨で越水と決壊が起きたのはもうちょっと下流。。
もともと鬼怒川と小貝川に挟まれた低地で、基本的に田圃で、
決壊したらひとたまりもなかったのだ。

iPadのFieldAccess 2で地理院地図と明治の迅速図を重ねてみた。
上のマークが越水箇所。ソーラーパネル設置のため削ったからといわれてるとこで、
明治の迅速図を見ると、確かにここが川が運んだ土砂による自然堤防だったことがわかる。
下のマークが決壊場所。
ちなみに小貝川の「!」マークは昭和61年(1986年)、台風による小貝川堤防決壊の場所。実は約30年前とほぼ同じエリアだ。


今回の被害については
いちはやく国土地理院地図が浸水範囲データを掲載されている。



詳細は下を。
別ウインドウで観たい人はこちらを→国土地理院地図
該当箇所の航空写真を見ることもできる。



驚いたのは、極めて広範囲であること。
無事復旧しますようお祈りします。


個人的には農作物への被害と
東武宇都宮線が気になるところですが←宇都宮で開催される秋のジャパンカップ見学にいく人の足が……←わたしは今回は行かないけど




2015/09/13

休息の日曜日←いや休んでないけど

コンデジ10機種のブツ撮りを延々と行い、
まとめて箱詰めして返却。
あとは写真を整理して原稿書きであるが、
昨日は自転車、一昨日は徒歩と動き回った疲れもあり
ついつい趣味に走って、
橘樹郡衙周辺について調べたり、
鬼怒川流域について調べたり
余計なことしつつばたん。


2015/09/12

iPhone 6s Plusの予約完了。アプリから予約すると速かった!

15時45分ころ帰宅。
シャワーを浴びてiPhone予約に備える。
そのために急いで帰ってきたのだ。

ちなみに金はないけど、
iPhone 6s Plusの128GBモデル。
5.5インチのPlusから4.7インチに戻す人もいるようだけど、
わたしはこの大画面になれてしまったので
多少不便さはあっても(ポケットを選ぶとか、指が届かないとか)
画面の見やすさや地図の見やすさには変えがたく。
特に地図かなあ。
Plusの大画面に合わせた地図アプリも揃ってきて
いろいろと見やすくなったから。

キャリアはソフトバンクで行くか乗り換えるかSIMフリーにしちゃうか。
悩みどころではあり、
困ったらAppleStoreでSIMフリー版を買え、というところだけど、
今回から各キャリアとも半年使ったらSIMフリーに切り替えられるというこ話もあり、
iPhone 6sのSIMロック解除、ドコモは即日も可能に KDDI、ソフトバンクも購入から180日で - ITmedia ニュース

ソフトバンクから事前にこんなメッセージが届いてたことも有り、
とりあえずソフトバンクをそのまま使うことに。

ソフトバンクオンラインショップから予約し、
店頭ではなく、自宅受取りにする。
「優先的に手に入る」というくらいだから初日にちゃんと届けてくれるんだろなー。

だがしかし、
オンラインショップにはつながるものの、
機種と容量を決めて実行すると、「込み合っております」といわれ、次へ進めない。
なんてこったー。
延々とこれを繰り返しつつ、FBを観てみると
「アプリからだとあっさり予約できた」という声多数。
これ、AppleStoreの話で、
Webブラウザから予約すると混んでてダメだけど、
AppleStoreアプリから予約すると一瞬ですよということなのだが、
(だから、AppleStoreからiPhoneを買う人は、アプリから予約すべし)、
もしやソフトバンクも……と思い、
ソフトバンクの「My SoftBank +」アプリを起動し、
そこから予約かけたら……ほんとに一瞬で予約完了。


えー。なんなんだこの早さは。

というわけで、
「iPhoneの予約にはWebブラウザではなく、iPhoneからアプリ経由で」が
鉄則になりそうですな。

やや不安だったけど、
数時間後に、ソフトバンクオンラインショップからSMSで
事前受付完了のメッセージが届き、
ちゃんと
「お客さまは優先受取クーポンの対象です」と書かれていたので
まあよほどのことがない限り、初日に受け取れるでしょう。

自宅で受け取って自宅でアクティベートするって初体験だわー。
ドキドキ。

ちなみにこの優先受取クーポン、
昔からソフトバンクでiPhoneしてた人みなにいってるのかと思いきや、
FBでやりとりする限り、受け取ってない人も多いようで、
基準はよくわからず。

毎年買い換え続けてくれる超優良ユーザーってことだろか。。。
だったらもうちょっと特典つけてくれよと思わないでもない。

とりあえず今日のミッションはこれで完了したので寝る。

まあ要するに
「予約のために店頭で並ぶ時代はもう終わった」
ということ。
さらに、発売当日も、少なくともAppleStoreは予約した人のみへの販売になるそうで、
Apple Store「iPhone 6s・iPhone 6 Plus」の店頭購入には予約が必要 | Apple Store | Macお宝鑑定団 blog(羅針盤)

「発売前夜以前から並ぶというあのめんどくさい行事も終焉を告げた」
というわけだ。予約してあればそこまで早く行く必要ないしな。

にしても円安おそるべし。

橘樹郡衙跡現地見学会で郡衙跡と古墳を楽しんだ日

今日の日記、1600まで分

街歩き仲間の友人から橘樹郡衙跡現地見学会があると教えて貰い、
東京スリバチ学会のフィールドワークではなくこちらを選択。
次回の東京古道散歩で橘樹郡衙跡もめぐるので
発掘した学芸員さんの話を聞いておきたくて。

で、8時50分くらいに出発。
うちから最短距離ってことで、用賀中町通りをまっすぐ南下し、
多摩堤通りにはいり、丸子橋を渡り、
ひたすら中原街道を走り、
9時40分に千年の交差点。
見学会は10時からなので余裕で間に合うなと思ったら、
そこから現地までがつらい。郡衙跡は台地上にあるからひたすら登りなのだ。
ああ、足がなまってるー。つらいー。
なんとか9時50分に到着したら……ちょうどはじまったとこだった。
はやいよ。

いやあ、思ったより多くの人が集まってるもんです。

にしても発掘した当人の説明は面白い。
今、郡衙跡として公園になっている場所は正倉院あと。
正倉院と郡庁はちょっと離れてるわけで、
郡庁はまだ見つかってない。今回は「館」(たち)ではないかという話。



ついでに古代東海道はどこを通っていたと思うか尋ねたら、
中原街道でしょう、と。
延喜式に書かれている小高駅も中原街道沿いのどこかではないかという話でありました。
さてさてほんとのところはどうなのか。

官道の道筋は時代によって変遷してるのでどの説も正解であるという可能性もあって
話はややこしい。

橘樹郡衙周辺は、縄文・弥生・古墳・律令時代と各時代の遺跡が重なってて
要するに、太古の昔から集落があった場所ということで、
郡衙近辺弥生時代の環濠集落跡が3つほど見つかっているそうな。
古墳との関係についても尋ねてみたら、
時期的に、馬絹古墳が橘樹郡をおさめていた地元豪族と関係あるのではないかということ。

ってことは馬絹古墳にいってみなければ。
よし、古墳めぐりだ。
というわけで、一緒にきた友人(ブロンプトン乗り)がこのあたりは詳しいというので
案内して貰い、
西福寺古墳、これはなかなか巨大だが、6世紀中頃から後半のものと推定。いい状態で残ってる。


法界塚古墳、こちらは周辺が削られててかろうじて残っているというありさま


そして馬絹古墳と回る。馬絹古墳は7世紀のものと推定。古墳時代の終わり頃。郡衙が置かれたのがだいたい7世紀末から8世紀あたりなので、たしかにあう。脇にある公園には古墳の解説もしっかり。


にしてもこのあたりの地形は凶悪で、
上り下りがはんぱない斜度。
やばかったす。
ついでに古墳の下にある馬絹神社。
もともと、主祭神がイザナミの女体神社。それが明治になってあれこれ合祀され、さらに昭和になって「馬絹神社」となったもよう。
馬絹神社拝殿。この裏の山の上に古墳がある。

千年松。由来について書いてある。
馬絹の語源となったといわれる松の名残も。馬といえば頼朝。頼朝が立ち寄った伝説が伝えられていたのでした。

宮崎台駅前で昼飯を食ったあと、
五所塚へ行こうという話になり、
これまた極悪な坂を上ってなんとか山頂の五所塚へ到着。
写真には3つだけど、ちゃんと5つの塚が並んでおりました。

中世ころの塚だそうです。隣には長尾神社。
ふー。今日はよく走った(主に上り坂を)。

多摩川に向かってぴゅうと気持ちよく駆け下りて
途中で分かれ、
わたしは登戸経由で帰宅。
走行ルートはこんな感じ。

五所塚のあたりがたぶん一番高かった。二子玉川と丸子の間に橋がひとつ欲しいよねえ。まあいずれ目黒通りの延長として作られる予定なんだけど。
多摩川を挟んだ東京側の古墳群はよく巡ったけど、川崎側は初訪問。多摩川を挟んだ両側の台地上に古墳群が形成されていたのだなと実感であります。




2015/09/11

晴れたので作例撮り

晴れたので飛び起きて
カメラバッグにコンデジ10台(しかも高倍率ズーム機あるからめちゃかさばる)つっこんで背負って作例撮り。

まずは清澄庭園へ。

広角端と望遠端が欲しいという話なので
望遠端にアオサギをいれたらいいかなと思って出かけたら
増水のせいで池の畔に一部はいれず。

でもなんとかアオサギ。
久しぶりの快晴だったからか、
あらぬ姿で日光浴してたですよ。
こんな面白い姿のアオサギはじめてみたわー。
しかも首なげー。

やっぱアオサギは面白い。

そのままたらたらと佃島まで歩き、
水面が高くて濁々してる隅田川を観つつ

佃大橋の上からスカイツリーでも撮るかと思ったら
佃大橋工事中で行けず。

がーん。

まあ適当にあれこれ撮って帰宅。


2015/09/10

iPhone 6s Plus……12万円かよ(泣)

アップルの新製品発表会を観る。
寝る。
起きる。
ascii.jpにコメントを求められたので書く。

ITMediaにもカメラ機能についてちょっと書いてといわれたので書く。

そしてascii.jpの猫連載を書く。

よく働いた日。


そうそう、新製品発表会、ぼーっとしてて
観たの途中からなんだけど
(見そびれた部分はあとから見直しました)
盛り上がった発表会でしたな。
最後はPerfumeだし!

ひとつひとつの機能をみると
トレンドの後追いも多いのだけど、
まあ、確実にトレンドが来てるのにアップルが「うちはオリジナリティが大事」といって
勝手に独自のフォーマットでやられてもユーザーは困るわけで、
逆に無視されても困るわけで、
iPhoneやiPadはそういう段階にきてると思っていい。

iPad Pro用にスタイラスが用意されたことで、
ジョブズが生きてたらなんていうかなんていう人もいまだにいたけど
(ジョブズはiPhone発表時にスタイラスなんていらん、と否定したからね)、
ジョブズがもし生きてたら
「我々が作ったらスタイラスもこんなに素晴らしいものになった。それがApple Pencilだ」
と得意気に発表してたに違いありません。
そういうものです。

Apple WatchはOSがバージョン2になってやっと本格的に動き出す感じだし、

iPad Proはパソコンへの下克上レベルの製品っぽいし、

Apple TVは相変わらず「米国はいいとして、日本ではコンテンツどうなるんだ?」な側面もあるけれども、

Appleが未だにすごいのは、
Apple WatchもiPhoneもiPadもAppleTVも
全部iOSベースという点。
基底を流れてるOSが同じなので統一感があり、連携がとれてる。

もうひとつ、iPhone 6sの3D Touch。
これ、まずはフォースフィードバックのトラックパッドとしてMacBookに搭載され、
続いて、Tip-TapエンジンとともにApple Watchに搭載され、
3D Touchに進化して、今回iPhone 6sに搭載された。

そういう基本技術がちゃんと各製品で連携されており、
同じ方向を向いてる。

それが為されている限り、アップルが大崩れすることはないでしょう。
ジョブズ復帰前のアップルは、各部門が勝手に自分たちの技術で勝手なマシンを作ってた感じだったから。もしああなってきたら、やばい。
でも今のところその気配はないのである。

一番の問題は、価格。
米国での価格は、以前と変わらない。
日本での価格が、10万円寂から12万円超にぐわんと値上がりしたのだ。
あ、iPhone 6s Plus 128GBの話ね。
なぜかというと、それはもう「円安」に尽きるわけである。
アップルは昔から、円高となるとさくっと安くしてくれる代わりに
円安になるとしれっと価格を上げる。ドルをベースに連動してるのである。

iPhoneの場合、米国に比べると、日本で得られるサービスが少ない
(iOS9の目玉機能のいくつかは日本ではまだ提供されないし)
ので、もうちょっと価格を抑えてくれてもよかったのに、とは思う。

ああ、でも、iPhone 6s Plusの128GBを買うことになるんだろーなあ。
今のiPhone 6 Plusもがんばってストレージを整理してるけど
64GB以下に抑えるのはムリだし(主に画像とシータのデータと地図データ)、
今回はさらに画素数も上がったし4k動画が使えたりするし、
ほんとにもうどうしてくれましょうですよ。







2015/09/09

THETA S予約したーー

ITMediaにGX8のレビューを書いてメール。

THETA S、やっと予約する。
先週発表されたのだけど、バタバタしてて紹介しそびれてたTHETA S。

https://theta360.com/ja/about/theta/s.html より

これ、すごい。
THETA m15の後継機というよりは上位モデルという位置づけで、
画素数が増え、動画機能も上がり、ボタンひとつで静止画と動画を切り替えられ(今までできなかったのが問題なんだけど)、長時間露光や、HDMIを通したライブ出力も可能になり、
色も黒になって目立たなくなり、
THETA pro的な位置づけで価格も5万円以上になっちゃうかなと思いきや、
42,800円と初代THETAより安く抑えてくれたのだ。

THETAの欠点はやはり画質にあったのだけど、
画像サイズ(出力されるJPEG画像の画像サイズ)は
3584×1792から5378×2688に。
この差はでかい。
センサーも新しくなり、画質も上がった。

とりあえず、THETA S専用アプリはすでにストアに上がっており、
そのアプリからサンプルを落とせるので自分で確認するといい。
THETA Sアプリ

なんというか、今までのがカジュアルシータなら、今度のはマジシータ。
iPhoneユーザーはみんな買えレベルの面白いカメラになってると思う。
発売は10月末なので、
新型iPhoneと微妙にかぶらないのもよし。
いや、1ヶ月ずれてるだけなんだけど、クレジットカード的にはありがたいのですよ。

軽くて小さくて細いので、
ポケットやバッグの隙間からさっと出して、
ピュッと音を立ててシャッターを押すだけで
上下前後左右すべてを一度に撮影し
あとから好きな方向を好きなだけ見られるという、
パノラマ好きじゃなくても楽しいカメラ。

これ、フィールドワークの記録にもすごくいい。
ワンカットだけだとあとから「ここどこだっけ。回りはどんなだっけ」と
なっちゃうけど、
THETAなら全方向を記録してくれるので
見返せばすぐ「あ、これはあそこでこうなってたんだ」と思い出せる。

いろんな人に楽しんでいただきたいなと思うアイテムである。
詳しくはこちらを→製品紹介 | RICOH THETA


2015/09/08

雨の東京で現実に戻る

鞆と尾道で撮った写真を整理。

大量の猫と出会い、大量の猫写真を撮ったので
どうピックアップして何回に分けて猫連載に掲載しようか
ちと悩むレベル。

さてあれこれと雑用をし、
返却しなければならなかった機材を返却し、
先週手をつけられなかったGX8のレビューに手をつける。

そんな火曜日。
天気も悪いのでちょうどよい。

2015/09/07

[鞆の浦]鞆の浦のさらに裏を散歩する朝。

朝、雨が上がってたので鞆の浦を2時間ほど散策。
観光ルートは無視して、
斜面の細い路地をカメラ持って散歩……ええ、これでも公道です。
もうすっかり覚えてしまい、
鞆を訪れたときの定番ルートと化してます。

今回は路地と民間信仰を中心に写真をば。

こういう斜面の狭い路地を歩くと

お地蔵様にあたり、
斜面の狭い道を上ると
お地蔵様が鎮座し、
斜面の狭い路地を下ると、
路傍の石仏に出会い、
という具合。

好きな人にはたまらんでしょう。

さて、上の写真、小さな山の上に神社がある。淀姫神社である。
神功皇后の妹である淀媛が祀られている。
(実際にそういう妹がいたかどうかはわからないが、鞆の浦は神功皇后伝承の宝庫なのだ。三韓征伐ののち、都へ戻る途中、鞆に立ち寄ったと地元ではいわれている。

淀姫神社は高台にあるので眺めがよいわけだが。
さらに社殿の奥に回り、岩の上に建つと、鞆の浦を一望できる。
足を滑らせて海に落ちない限り、絶景スポット。
こんな光景が見えるのだ。

湾をぐるっと回り、大可島を目指す。
ここ、今でこそ陸続きだが、江戸時代以前は単独の島で、
鎌倉時代の日記文学「とはずがたり」では、二条が厳島神社へ向かう途中、
船で鞆に立ち寄っている。たいそう賑わっていたようである。
「そこここと漕ぎ進んで行くうちに、備後国、鞆という所に着いた。
 なんとなく賑やかな港とみえるが、たいか島といって離れた小島がある。遊女が世を遁れ庵を並べて住まっている所であった。」(「とはずがたり 全訳注」講談社学術文庫より現代語訳)
と描かれている。賑わっていたのである。離れた小島だったのである。
大可島城は1342年に築かれたと伝わってるそうで、(→備後・大可島城(城郭放浪記)
二条が立ち寄ったのが1302年であるから、その後、
立地の良さから城として使われるようになったのだろう。
南北朝時代には南朝方が篭もったが落城。

その後村上水軍一族の拠点として使われた。

対して、鞆城は戦国時代の1576年、
織田信長に追い払われた足利義昭の居城として毛利氏によって築かれた
のだそうな。

淀姫神社を下りて、湾沿いに大可島城址を目指す。
道ばたでは穴子を焼いて売っている。

山沿いの道に対し、海沿いの道は海に向いた祠や神社が多く残るわけで、
これなどは航海の無事を祈るものだろうし、
(今ではいつも近所のじいさんばあさんが煙草を吸いながらここでくつろいでる)

渡守神社跡は鳥居と碑だけ残るが、ここはかつて渡守神社があった場所で神功皇后伝承が残っている。詳細を語ると長くなるが、とても大事な場所である。

やがて街中に入ると、
路地のそこかしこに地蔵尊がある。これは旧家(残るホーロー看板をみるに、薬屋だったか)脇に隣接する子守地蔵尊。

ここから右におれ、大可島城址に向かう。
古い石の階段を上ると視界がぐっと開け、猫が現れる。
今は円通寺というお寺である。猫は基本である。

そろそろ戻ってこいとメッセージがはいったので
帰途につく。
飛行機の時間があるので遅刻するわけには行かないのだ。

帰りは福山駅まで車で送って貰い、
リムジンバスで広島空港へ。
そこからANAで羽田へ。
はじめての787なのでちょっとうれしい。

悪天候なので富士山は諦めてたが、
雲の上にちょろっと頭を出しててありがたや。
頭を雲の上に出し、とはこのことか。

羽田からはバスで新宿へ。
バス→飛行機→バスとシートベルトしっぱなしで疲れたけど、
いやあ確かに、首都高中央環状線のおかげでめちゃ速く到着。
まあ、トンネルばかりで地下鉄に乗ってるようではあったけど、
これはよいですな。


2015/09/06

[尾道]尾道を散策した日

尾道散策の日。
鞆の浦には10何回も行ってるのに、今回が初尾道である。
意外にも。
そこをこんな風に散歩。


いきなり千光寺公園からはじまってるのは、
妻の従姉妹がここまで車で送ってくれたから。
いきなり見知らぬ土地の山の上に放り出されたともいう(笑)。
そしたらいきなり猫がいたので
まずは猫でなごむ。
X-T10

下調べもほとんどしてないので、
とりあえずぶらぶらと参道を下りつつ散歩することに。
雨が落ちそうな天候だったけど幸い降ったりはせず、
やたら充実してる展望台やら
古い道やら猫やら。

天気が悪くて遠くが霞んでるから、
LR 6の「かすみの除去」機能が大活躍いたします。
CM1

参道を下りると猫だまりの公園発見。
そのあたりでまた猫と戯れる。
猫連載のネタがひとつできたな。
猫に会える具体的な場所は書かないようにしてるんだけど、
この公園は「広島CAT STREET VIEW -- 尾道編 --」で堂々と紹介されてるので
問題ないでしょう。
X-T10

山を降りると小さな踏切。
こころ山陽本線やら貨物やらが通り抜けるわけで、
それを楽しむ。
X-T10。斜面踏切! 

X-T10。貨物列車が通り過ぎる。山の上に見えるのが千光寺。

アーケード商店街に出る。
ぶらぶらと歩いて昼飯を食うと、もう駅が近い。
まだ時間はあるよな、ってことで、
今度は斜面の路地を歩いて古刹めぐりコース。
尾道って観光客に優しいつくりで、
しかも片側は山、片側は海だから
それを意識すれば方向がわからなくなることもない。
X-T10

街の感じは鞆に似てる。地形が似てるからだ。
人がやっと通れる路地を登ったりくだったりしながら、
時には階段しかないところを辿りながら
CM1。四方階段。

古い家や寺や神社や猫を味わい、
地元のこどもたちに猫の名前を教えてもらう。
街歩き仲間を連れてきたらみんな悦びそうだ。
X-T10。

平安時代創建と伝わる古社古刹が多いのが印象的。

ぐるっと回り、線路の下をくぐり、2度目の商店街。
X-T10。

海沿いの道を歩くつもりだったが、
雨がぱらついてきたのでアーケード街にひよってしまった。

実は旅行時の下調べって苦手で、
やっぱ一度行ってみないとわからないことが多すぎるわけで、
尾道も
猫が多い・山と海に挟まれた狭い坂の街(これは鞆の浦も同じ)・大林宣彦映画のシーン
以外の予備知識はゼロだったのだけど、
旅行者に親切でよい街だったわ。やっぱ狭い斜面に作られた町って味わい深いですな。
山をみても海を見下ろしても路地を眺めても良い。
こんなサイトもできてたけど、
歩きながらiPhoneで観るようなもんじゃないしな(笑)。
こういうサイト、THETA Sがあれば作りやすそうだなあ。
ああ、THETA S←別エントリで書くけど、これ、みんな買うべし。

そしてレモン&はっさくサイダーを飲みつつ、
CM1。これはアタリ。甘すぎず美味。

山陽本線で福山へ戻る。


2015/09/05

[鞆の浦]黒い富士山と赤い消防車と港猫

飛行機で広島空港へ行き、バスで福山へ。

お盆期にできなかった帰省ついでにサッカーを観るというアレで、
でもふたりで福山まで新幹線往復すると金額的にイタい。
というわけで飛行機に。

えっと、
ANAのマイレージサービスに「いっしょにマイル割」ってのがある。
これ、わたしは1万マイルで往復、同行者は格安の価格で往復できるという
おいしいサービス。
そしてたまたま13,000マイルほどたまってたのだ。

マイルを使って広島まで往復すると15,000マイル必要になるけど、
これだと10,000マイルで済む。
さらに、同行者は普通にチケットを買うと特割りでも往復で4万円近くなるのだが
これだと22,000円くらいで済む。
同行者がいるときは圧倒的に安い。

で、超久しぶりに飛行機。
富士山は黒かった。


福山からバスで芦田川河口にある運動公園へ行き、
そこで妻の友達のサンフレッチェサポと合流して
天皇杯。相手は大学なのでお気楽に楽しむ。
小さな市民陸上競技場なので、
スタンドの後ろを走る車が見えたりして面白い。




そして我々はバスで鞆の浦へ。

鞆の浦といえば猫。
猫といえば這いつくばる。
ただそれだけである。