2024/01/13

0113:「ファシバフィデヨシ本」が面白い

ヒマなので

・カシオ EXILIM EX-ZR4000

カシオのZR4000。

思ったより使えるのでまたちょっと活躍してもらおうと思う。
画質もしっかりしてるしUIもいいしいろいろと遊べるし。

名機ですよ、これ。メルカリやヤフオク見たらけっこう高い値段ついてた。

「日本語の発音はどう変わってきたか」-中公新書 ←Amazonへのリンクになってます

本を読む。
「日本語の発音はどう変わってきたか-「てふてふ」から「ちょうちょう」へ、音声史の旅」
これが実に面白い。
母音が8つあった奈良時代、なぜそれがわかったか。
母音が8つある(うち3つは子音との組み合わせでのみ現れるのだけど)のは実はそれほど不思議なことではなく、現代でも名古屋弁では母音が8つあるとか。それはしらなんだわ。
まあ、日本語の音声の変化が奈良時代から平安時代、鎌倉時代、室町時代、江戸時代、明治時代と変化する中で、表記と音が一致する時代、しない時代があり、言文一致運動に至るという歴史をわかりやすい例を使って解説してくれる本なのである。
帯にある「ファシバフィデヨシ」がインパクトあるので、
「ファシバフィデヨシ本」と呼んでるけれどもw
これも面白い話で。
ハ行は当初はパ行だったという話。
パがやがてファになり、ハになったという。羽柴秀吉はファシバフィデヨシ。
これ、実際に「ハ」「ファ」「パ」「バ」と発音してみると面白い。
ファもパもバも発生時に上下の唇がくっつくけど、ハはつかない。
パやファの濁音としてパがあったと思うと、同じ仲間だって体感できる。
面白いのである。

さらに、ハヒフヘホってhahihuhehoと書くけど、
感覚としてはhahifuhehoの方がしっくりくる。huではなくfu。huだとヒュって感じだ。

わたしが日本語史を専門にしている島田先生にはじめてお会いしたとき、真っ先に訪ねたのが「ちょうちょって昔「てふてふ」と書いていたけど、本当に「てふてふ」と読んでたのですか?」だった。「てふてふ」と書いて「ちょうちょう」と発音していたのか、「てふてふ」と発声してたのか。気になるじゃないか。
で、「てふてふ」と書いて「てふてふ」と発音していた時代があり、
表記としての「てふてふ」が残ったまま(ここを変なタイミングで変えちゃうと文書として伝わりづらくなるから)、音声が「ちょうちょう」になっていき、戦後になってやっと「ちょうfちょう」と書くぞと決めたわけである。

面白いよねえ。そういうの。

まあそんなあれこれを新書にまとめてくれたというすごくよい本なのだ。

これと「日本語史概説」を読むとすごく勉強になる。



日本の古い地名って、文字からではなく「音」が大事で、音の変化を念頭に入れないとその地名の意味がずれたりするのだ。古い地名ほど、表記に使う感じは「後付け」だから。


「平安時代天皇列伝」←Amazonへのリンクになってます

これはもうあれだ。大河ドラマを見てて、そういえば平安中期の天皇とか全然知らんわ、と思って買った本。
長いのでまだ読みかけ。

とりあえず、2〜3年で譲位する天皇もいたりしてややこしい。






2024/01/12

0112:年末年始に撮った写真のメンテの日

Lightroom Classicのカタログ、

写真の枚数が増えすぎると重くなるので

原則として1年にカタログを作ってる。

さらにテーマ別に(フィールドワークで撮った写真とか鞆の浦で撮った写真とか取材で撮った写真とか)カタログを作って整理してる。

今年は年末にα9 IIIが来たので2023年版のカタログをしばらく引っ張っていたため、2023年のカタログに2024年の写真が混じってる格好になってるのがちょっと気持ち悪い。

α9 IIIのレビューも書き終えたので、そろそろ2024年のカタログを独立させたい。

どうするか。

ゼロから2024年のカタログを作ってあらたに今年撮影した写真をぶち込む

というのは簡単だが、そうすると、2023年のカタログでつけたキーワードやラベルや☆、現像結果が失われるし、各種アルバムも作り直しになる。

答えは簡単。

2023年のカタログから2024年の写真が入ったフォルダや次年度に受け継ぎたい写真のフォルダだけ選択し、そこから新規カタログを作ればいいのである。


あとはそのカタログを開いて、今後撮影した写真を追加していけばよい。

これが一番確実で簡単かと思う。


2024/01/11

0111:PFUの日。SV600 IIが出ないかなあ

用賀倶楽部でPFU新年会の日。

HHKBとかScanSnapとかのアンバサダーの人とか業界関係者の集まり。

用賀なら電車より自転車だな、どうせ酒は飲まないし

ってことで寒い中自転車で走ったら寒かった。

でも肉を食う。




旧地の方々と親交をあたため(定型文っぽいな)、業界関係者に仕事ないですかーと打診して回り、寒い中自転車で帰宅したら寒かった。

ちなみに、
今PFUに一番出して欲しい製品は
「新型omoidori」。次が「新型SV-600」であります。
前者はもうメインで担当してた人がいないし、今のスマホサイズやカメラ位置がバラバラな状況で、コンパクトで実用的なものを作るのは難しいだろうなとは思う。
でも古地図の部分スキャンに最適なのだ。撮りたいときにすぐ撮れる。

Omoidori(おもいどり)|世界に1冊の想い出を、手のひらに。|iPhoneアルバムスキャナー

新型SV-600は……欲しい。大きな古地図のスキャンに必要なのである。
これは大正2年の東京全図をスキャンしたもの。SV-600でも足りず、複数枚撮ってPhotoshopでつないだものだ。


巨大な古地図をスキャンするとき、専用の巨大スキャナはデカくて高いし、スキャンサービスもけっこう高価だし、古くて脆いのでなるべく負担かけない形でスキャンしたい。

SV600の作業風景


さて、うちの所蔵地図あれこれを使った記事やコラムの依頼もお待ちしております。



2024/01/10

0110:のほほんと企画書を作ったり考えたりする日

さていろいろと一段落してヒマなので企画書でも作るか、

ってんで手持ちのいろんなネタの中から

面白くなりそうなものを見繕って知り合いの編集者へ送ることにして

あれこれ整理をはじめる。

「東京古道散歩」用に作った配布資料をうまく本にできないかなと思ってるのだけど

どこものっかってこなかったらKindleあたりで出版するという手もあるな。


2024/01/09

0109:ジオ菓子

銀座いなり探訪の原稿をまとめて写真を引っ張り出してセレクトして送る。

いろいろといただいたお菓子を食べる。

北海道からはこちら。詰め合わせを頂いたので、ちょっとずつ食べてる。「あんバタサン」みたいなの好き。名前も味もあんとバターの組み合わせも傑作。



スリバチ関連からはこちらw

武蔵野ジオ菓子。井の頭池はともかく、境浄水場w



2024/01/08

0108:α9IIIはすごいぞ

年末年始とレビュー用に借りていたα9 IIIを返却。

これはめちゃ面白いカメラでありました。

ヤバいね。やっぱ、メカシャッターレスカメラ好きだわ。

α7シリーズってボタン配置やメニューを含む操作系全体が使いづらい、機能が増えるほど必要なものを探しづらい、とっさに変更できないって印象があったのだけど、

α7R Vあたりからどんどん使いやすくなってきてて、

だからα7C IIも絶賛してるんだけど、

α9 IIIも最高。使いたい新機能、

たとえばプリ連写機能や連写ブーストボタンの実装がいいのだ。

うまく使いたいときに使えるようセットされている。

AF回りのレスポンスもいい。

よく、カメラがどんどん賢く自動的になると人間のやることがなくなって誰が撮っても同じになるという人がいるけど、そんなことはない。むしろ、人間がやるべきことに集中できるようになって、より面白いのである。

カメラに限らず、そういう流れは大きくなっており、流れのまま船に乗ってただようとどこへ辿り着くのか、ちょっと楽しみではある。


詳細はITmediaのレビューで。仕上げてメール。

発売は1月26日の予定です。現在予約受付中。

これに100-400mmがあると鳥や動物を撮りに行きたくなって危険。

2024/01/07

平安時代は苦手やった

平安時代について、記憶にある人物・事象のみをピックアップして時系列に並べてみた。

断片的に事件の名や人名は覚えていても、それが頭の中でちゃんと時系列になってなかったので。

0788:比叡山延暦寺の元となる山寺(0822:延暦寺となる)

0794:平安京遷都

0797:坂上田村麻呂、征夷大将軍に

0810:薬子の変

0866:応天門炎上

0899:高望王、臣籍降下し平高望となって上総国へ下向

0901:菅原道真、太宰府へ

0940:平将門の乱終結

0995:藤原道長、内覧の宣旨を受ける←このあたり清少納言・紫式部・安倍晴明など

1020:更級日記のはじまり(上総から京へ戻る日)

1056:前九年の役(-1062)。源頼義・義家

1083:後三年の役。源義家

1156:保元の乱

1159:平治の乱

とりあえず、戎光祥出版の「平安時代天皇列伝」をAmazonで注文する。


0107:権謀術数の平安時代

昼は、某メディアの取材を受けるという感じでご近所を案内散歩。

詳細はまだ書けないけど、いやあ面白かった。

一度登場したかったメディアでもあり、めちゃ楽しませていただきました。

夜は大河ドラマを見る。

平安時代って実はすごく長くて、頭の中に時系列がちゃんとできてない。

・平安京遷都

・在原業平から菅原道真の頃←おもに「応天の門」(灰原薬)で描かれてる世界

・平将門の乱

・源頼義義家の時代←前九年と後三年の役

・平清盛台頭

藤原道長や紫式部の時代はどのあたりか。

平将門の死が940年。

安倍清明が10世紀後半。藤原道長が権大納言になったのが991年。

前九年の役が1053年。

ともあれ、似た名前の人たちがいっぱいいるので(藤原氏だけでめちゃいっぱいいる)

名前を覚えるのが苦手なわたしにはつらいのだけど、

紫式部の父親について調べようと思ったら、似た名前がこんなに!

物語としては面白そうである。

紫式部中心の物語かと思いきや、そうではあるのだけど、藤原氏を中心とした権謀術数渦巻く貴族社会を描いてくれそうなのがたまらない。

紫式部が藤原氏だったとは知りませんでした。



2024/01/06

0106:東京古道散歩の日--室町時代の川越街道は池袋を経由していたか

今年最初の東京古道散歩の日。

直前になって申込みが増えたらしく、思ったより参加者が多くて大変嬉しい。

池袋東口を出て北上し、六つ又から池袋氷川神社、子易神社と歩き、大山で江戸時代の川越街道に合流。旧道をメインに上板橋宿、板橋城址(伝承)を経て、ときわ台駅で解散というコース。

江戸時代の川越街道って、中山道から板橋宿で分岐して西へ向かうのだけど、川越街道が拓かれたのは室町時代のこと。扇谷上杉氏の河越城と江戸城(こっちは太田道灌が城主だった)を結ぶ街道として使われたのだが、当時、中山道から回るルートだったとは思えない。遠回りすぎるからね。

じゃあどういうルートだったか。

万里集九が「白子宿」に立ち寄ってたり、その後、板橋で扇谷上杉氏と小田原北条氏が戦った記録があることを考えると、上板橋宿と白子宿は当時からあったといえる。

それと地形を加味すると、春日通りから小石川、池袋を抜けて上板橋宿に至る道があやしいと思うのだ。

今回はそれに基づいたルートなので、池袋スタートなのである。


さてどうだか。

夜は、下高井戸の友人宅へ。そこで新年会が開催されており、合流である。


2024/01/05

0105:清澄庭園で野鳥作例狙い

鞆の浦でα9 IIIの作例をいっぱい撮ってきたのだが、予定通り撮れなかったのが野鳥。

港で工事をしている関係で魚が減り、それを目当てにやってきてた鳥(アオサギやウミウやウミネコ)も減ってるんだそうな。

なので、超高速連写作例を撮るべく「清澄庭園」へ行くが、なんということか、

鳥がみんな昼寝してる。まあ時間的にしょうがないのだが、かといって午後遅くなると日陰になるので1/16000秒で高速連写、って作例には向かなくなる。

ホシハジロとかキンクロハジロとかオナガガモとかアオサギがのんびりしてる姿を撮りつつ、まあ撮れ高は低いけどなんとかするか、と帰りがけると、すぐ近くにコサギが。


これはコサギのダイビングがいけそうってことで池畔にしゃがみ、α9 IIIにFE100-400mmを付け、ファインダーを覗いてじーっと待つ。

そして、これは作例に使えるぞ、という一瞬を撮れた(秒120コマで撮っといて一瞬はないだろうとは思うが)。

これは安易に不忍池へ行った方が良かったか、失敗したか、と思っていただけにほっとする。

昨夜、何気なくXにアップした画像がバズっててびっくりする。1日で500万ビューを超えてた。


能登半島のニュースを見てて、テレビや新聞記事に出てくる地図が地形を反映してないので、土地勘ない人には状況がわからんだろ、安易に「なぜ支援が遅い?」と思っちゃうだろと思ったので、スーパー地形でさくっと分かりやすい地形図を作って上げたのだ。

そしたら、多くの人がそう思っていたようで、能登半島の地形を知らない人もいっぱいいたようで(わたしも地形図ではじめて知ったようなもの)、バズったのだ。

で、いろんな人のコメントを読んでて、歴史の難しさを感じた次第。

能登半島は古代から交通の要衝であり、米作りには向かなかったものの海の幸に恵まれて繁栄した場所。特に古代は日本海を使った大陸との交易も盛んだったようで、江戸時代は北前船の寄港地として賑わった。だから狭い土地に多くの人が住んでいた。

でも近代になって世界が変わり、太平洋側の港が交易の中心になり、国内では陸運が中心となる中で、かつてはメリットだった地形がデメリットでしかなくなった。

そういう地勢の場所が日本には多くある。高度成長期はそういう場所に工場を誘致して雇用を増やしてきたが、今やそういう時代も終わってしまった。

だから若い人は仕事がある場所へ出て行く。観光地や伝統産業の地としては魅力的でも地形的に交通の便が悪い。

かといって、先祖代々の土地や産業を捨てて近代的なメリットがある場所へ移住しろともいえない。

今後どんどん悩ましい問題になりそうだ。


2024/01/04

0104:Amazonアフィリエイトが!

今日は何もしない日。

といいつつ、猫の世話したり写真を吸い上げて整理したり洗濯したりとなんやかやで1日が終わる。

夜、FBの書き込みで衝撃的な事実が発覚する。

このサイト、Amazonの「画像付リンク」でアフィリエイトを仕込んでるのだが、それが昨秋で使えなくなった。画像付リンクを貼れなくなっただけだと思っていたのだけど、なんと、以前貼り付けた画像付リンクも使えなくなってるのだ。

がーん。それは想定外。

どうしてくれよう。とりあえず自著の書影代わりに使ってた著書紹介コーナーだけはなんとかしないとな。

XになったTwitterはプレミアムユーザーのバズ狙いノイズで汚染されてひどくなってるし、高年齢層の短絡的なノイズも目立ってきてるし、Threadsは長文を投稿できるせいかお気持ち表明長文で汚染されてるし、Amazonのアフィリエイトはこんなだし、DAZNは広告が増えてるし、商用メディアも広告だらけで記事1本読むのに何度も「x」をタップしなきゃいけなくなってきたるし。

個々のサービスの問題ではなく、今まで無料で行ってきた各種サービスのビジネスモデルの持続性が落ちてる時期なのだ、と考えるのが真っ当だ。

各方面でちょっとずつパンクしてきてるようで、さてこのあとどうなっていくのやら。




2024/01/03

0103:鞆の浦2日目

午後から天気が崩れるというので午前中に散歩。



鞆の浦に環境客やツアー客が大勢いて驚く。おかげでいろんなお店が開いてるのはよし。



正月らしくおせち。


夕刻、一足先に福山から東京へ。

福山駅新幹線ホームから見えるライトアップされた福山城が絶品なり。



深夜帰宅。ミルが般若となる。



2024/01/02

0102:鞆の浦で正月

早朝の新幹線で福山へ。今年は指定席を取らねばならなかったこともあり、寝坊はできないのだ。

無事のぞみで西へ。

福山駅で昼飯を食い、バスで鞆港へ。妻の実家が鞆なので帰省である。


終点の鞆港で下りたら、階段を上って大河島城址へ。中世の城址で、今は真言宗の円福寺。

南北朝期からある城で、戦国期は村上水軍の一族が拠点としていたそうな。


円福寺は城址なので眺めがいい。鞆港を一望。

そこから妻の案内で鞆をぶらぶらと歩きながら実家へと向かう。

何度も訪れているのにまだ知らない道があるのがまたたまらん。そしてどの道も細くて狭い。

遊郭建築?

しまなみ信用金庫。最近少ない近代建築。

リアルに昔からあるホーロー看板。お店はもうやってない。

丁字路にある井戸。後ろに石祠に注目。

「水神」と読むようだ。これは難読。

さらに坂を上って医王寺へ。

ここからの眺めは絶景である。

そして平賀源内生祠(せいしと詠むけど、つい「なまほこら」と言っちゃう)経由で平港。




ここまでくれば妻の実家はすぐだ。

到着すると、いつもなら箱根駅伝が映ってるはずのテレビはNHKのニュース。

一緒にニュースに見入っていると、突然、羽田空港の絵に切り替わり、旅客機が炎上する。

びっくりして見入るが、何が起きたのか、NHKのアナウンサーも分かってない。

正月早々なんてこった。

2024/01/01

0101:謹賀新年

謹賀新年。

東京で年を越したので自転車で近所の神社巡り。

どこも大行列で並ぶ気にならず。まあ、地元の神社って午後になれば列も短くなる(はずな)ので、後に回そう。

船橋神明神社(船橋村)

稲荷森稲荷神社(横根村)

経堂天祖神社(経堂在家村)

世田谷八幡宮(世田谷村)

豪徳寺でも大行列なのはびっくり。

豪徳寺

でも、この行列は仏殿に参拝する人のもの。それをしないのなら並ばなくても門は他にもある。中に入ると特設テントで招き猫やらトートバッグやら販売中。なんとか正月の在庫は間に合わせたようだ。


豪徳寺はよく使わせて貰っているので、横からはいって本堂と開祖堂に参拝。

大行列だったのに本堂あたりは誰もいない

奥にある開祖堂に至ってはほとんど誰もいない。

世田谷八幡宮も、誰もいない裏の参道から入り、遠くから手を合わせて「正式な参拝は後日いたします」ということにする。

裏の参道には誰もいないのだった

氏神様にはちゃんと手を合わせておくかということで、船橋神明神社へ。

ちょっと並んで初詣。

船橋神明神社
神明神社は旧船橋村の鎮守。創建不詳というが、船橋村は吉良氏の家臣である鈴木氏と内海氏が在住していた集落で、室町時代から存在していた村。だからこの神社も室町期にはあった古社だ。
それ以前はわからないけど、船橋の地名由来は「湿地帯(烏山川周辺)に鎌倉街道の船橋がかけられていた」ことにある(諸説あるけど、これが一番信憑性高い)わけで、古くからの集落があったのだ。

帰宅して、ちょっと仮眠、と布団に入ったら、揺れた。

揺れは小さいけど、かなり長い。

これは遠くで大きな地震があったんじゃないかと飛び起きてテレビを付けると

能登半島で大地震。深度7とか言ってて、夕刻以降はずっとニュースに釘付けなるも

明日は早朝出発なので寝る。


2023/12/31

1231:撮影で終わった大晦日

大晦日はなぜか多摩センターでレビュー用の作例撮り。

でも、年末でぼけていてメディアスロットを開けたらメディアがはいってなかったとか

(財布にいつも入れてる「こんなこともあろうかと予備メディア」でなんとか対応)


ネイチャーな感じが欲しくて多摩中央公園へ行ったら工事中で入れず、

上った階段をまた降りたとか


いろいろアレだったけれども、なんとか撮影を終えて帰宅。


本年もお世話になりました。
来年こそもうちょっと仕事がいっぱいありますように、と祈りつつ
良いお年を。