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2014/07/06

[大鹿村珍道中]大鹿村で遊ぶ-その2-

山塩館で信州らしい朝飯をくらい、
朝の散歩。とにかく散歩は欠かせない。

・明治時代の夢の跡

 鹿塩を東から西に流れる塩川流域には塩水が湧くことが昔から知られていた。舐めてみたけどかなりしょっぱい。でも海水とは違って味がまろやかでなかなかいい。
 明治時代初期、これは「地下に岩塩があるからだ」と考えた男がいた。
 彼が岩塩を求めて掘った洞窟が今でも残っていて、20mほど中に入れるのである。
 宿泊した山塩館のロビーや浴室から川を見下ろすと、対岸にその洞窟が見える。
 これは行かねばなるまい、ということで、みんなで朝の散歩である。

明治の男が岩塩を夢見て掘った洞窟

 まあ結局「岩塩」はなく、塩水から藻塩を作る要領で塩を生成したり、塩水を利用した温泉を作ったり(もともと14℃の鉱泉なので、それを沸かしてる)しはじめ、今の鹿塩温泉郷ができ、現在にいたるというわけで、その塩は「山塩」という名でこのあたりで買うことができる。
 洞窟入口近くにゴンドラが残されている。山塩館にある塩の精製所と洞窟を結んでたのだと思うけど、詳細は聞きそびれた。

川を越えて山塩館につながる錆びたゴンドラ。

・市場神社でちょいと車両トラブル

 車で鹿塩側の村社である市場神社へ。ここにも歌舞伎の舞台がある。



 この神社でちょいとトラブルがあり、昼近くまで鹿塩の物産館でのんびりと過ごす。
 雨も上がったし空気もきれいだしで、よい時間。

 ここで入手した、秋葉街道のマップが素晴らしい。すべてイラストで、諏訪湖から遠州まで現街道(酷道、いや国道152号)と古道を合わせて描いてある。お金払って買いたいレベル。


・酷道を北上して北川露頭へ

 今日最初の目的地、北川露頭を目指して国道152号(現秋葉街道)を北上。
 ちょっと山に入ると3G回線すら怪しくなるので(タモリ倶楽部が苦労したのもわかるわ)、紙の地図を見ながら慎重に進むと、ちょっとした駐車スペースと案内板発見。
 一路北川露頭へ。
 安康露頭は川の対岸だったが、北川露頭は直接川原から触れる。
 「会いに行ける断層」とか「手のひらに乗る構造線」とかしょうもないキャッチフレーズで盛り上がる男女8人。あほだ。

手のひらに載る断層

かつてここに小さな集落があった跡

・分杭峠のゼロ磁場で気を感じられるか

 北川露頭からさらに狭い国道を北上。分杭峠へ。峠が大鹿村と伊那市の境界協会。
 気がどうしたこうした、そんな人のためのバスツアーがあるわ、気を感じるための雛壇があるわ、そういうのはもう好きな人がやればいいんだけど、自治体が「癒しのパワースポット」とか「気場」とか言い出すのはいかがなもんかと思いつつ、観光。

分杭峠。これより北は高遠領。
ここがゼロ磁場らしい。谷底に向かって雛壇が作ってあった。
分杭峠から山を下りると、「ゼロ磁場丼」なる看板を出してる店発見。もうなんというか、地元的には観光ネタなのね。


・美和湖で溝口露頭

 峠を下りると美和湖。美和ダムによる人工湖。
 道の駅でカレーを喰う。予想以上に美味い。
 溝口露頭で3つめの中央構造線露頭見学。



・美和ダムでダムカード

 美和ダムでダム見学とダムカード。2つめのダムカードゲット。


・高遠城址を駆け足で

 さらに北上して高遠。信州高遠藩の居城。高遠といえば内藤氏。高遠藩内藤氏の屋敷があったのが新宿御苑あたり。内藤新宿の内藤さんですな。
 高遠といえば「タカトオコヒガンザクラ」。蘆花公園に何本ものタカトオコヒガンザクラが植わってるので、一度来てみたかったのだ。
 桜の季節に来てみたいが……すげー人だろうなあ。
 ソメイヨシノより少し早く咲き、ソメイヨシノより色が濃くてフォトジェニックなのであります。


・杖突峠が最後の峠

 高遠からさらに北上。杖突街道と名が変わるが、まあ、秋葉街道である。
 最後の目標が杖突峠。
 峠の展望台から諏訪湖が見え隠れする。
 
左に諏訪湖が見える。にわか雨な空。
峠から急な斜面をつづら折りの坂で下り、中央線に入って帰路へ。



 いやあ高密度すぎて面白かったわ。

1)中央構造線博物館と3つの中央構造線露頭
2)2つのダムと2枚のダムカード
3)2つの峠とゼロ磁場
4)大鹿村騒動記ロケ地探訪と2つの回り舞台付神社
5)塩泉の温泉と塩泉から作った山塩

 これだけを1泊2日で回るという男女8人の野外学習な旅でありました。
 さて、録画したワールドカップを観なければ←いや寝る。





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