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2015/04/25

[古道]北区の古道を探って谷口先生の講座を聴講して……という歴史の日

さてさて、まだ都区内に辿れてない古道が残ってるのでいつか歩かねばと思いつつ、最近は街歩き仲間と歩くことが多くて自分のメインフィールドが疎かになってたりしたので、これはいかんと出かけたのである。

目的は豊島郡衙から鎌倉街道への古道と、
そこから池袋までの鎌倉街道。下が全体の推定図。


まずは駒込駅まで行き、そこから古そうな道を辿って、無量寺と昌林寺を経由して豊島郡衙へ。
無量寺は「創建年代は不明ですが、調査によって14世紀頃の板庇が多数確認されてます」(北区教育委員会)とのこと。まあようするに鎌倉時代創建と思われる古い寺なのだ。
無量寺から台地を登って豊島郡衙跡へいくつもりが、
寺の前に「左へ一町行くと昌林寺だよ」という江戸時代の道標が建ってる。
方や真言宗、方や曹洞宗なのだけどね。
無量寺前の道標

一丁なら近いかなと思ってそちらへも。こちらは室町時代に足利持氏(鎌倉公方だった人)が再建したという。だから創建はもっと前だ。
紫の線はこの日のGPSログ。赤いピンは写真を撮った場所。
実はこのあたり、めちゃ古い歴史を持ってるのである。
何しろ、縄文時代の貝塚すらあるのだ。北区というと地味だけど、都心部より古くから賑わってたのである。面白い場所だわ。

で、坂を登って豊島郡衙前へ。豊島郡衙や平塚神社は何度も訪れているのでスルーして
いきなり古道にはいる。本郷通りから斜めに入っていく細い道である。
発掘によってこれは律令時代からある道だってのがわかってる。すごいな。

でも道沿いには見事に何もない。単なる古くて狭い生活道。
昔自転車でちょっと走ったが、ちゃんと奥まで辿るのは今日がはじめてなのだ。
歩いて行くと、やがて「道音坂」の解説塔があらわれる。
むかし、道音塚が坂の上にあり(古墳だか中世のものか……今は失われててわからん)、それが坂の名になったという。
その解説に鎌倉街道伝承があったと書いてある。おお!
まあ、この道が鎌倉街道だったというよりは、鎌倉街道につながってた道だったという方が正しい気がする。
鎌倉時代、豊島氏が鎌倉へ向かうときに使った道かも。

ちょっと元気になり、東京時層地図を見ながら尾根道を辿っていくと、明治通りにぶつかる。
いい感じの古い道がいきなり明治通りかよ、と。
明治通りを渡り、このまま池袋に向かうかなと思ったら、
北に「八幡通り」なる道を発見。ああ、この道を行くと八幡神社があるのか。
東京時層地図で見ても古そうだし、鎌倉街道の名残かもしれんなと、
滝野川八幡神社まで歩く。


いやあ、八幡神社の由緒に鎌倉街道に関連しそうなエピソードはなかったけど、
創建は1202年という伝承があるわ、社殿の裏に縄文時代の住居跡が発掘されてるわで、
ここも古くから人が住んでた場所ということがわかる。少し北に行くと石神井川があり、よい場所だったのだろう。
ってことはここが鎌倉街道であっても不思議は無いな、と。
ちなみにここから北へ向かうと、自衛隊十条駐屯地にぶつかる。
この敷地内で中世の道路遺構(つまり鎌倉街道ですよ)が発掘されたのはわかってるので
ありそうな話だ。

八幡神社を見て満足したので道を戻り、
明治通りを池袋に向かう。

途中、谷端川(今は暗渠化して道路になってる)を渡る橋がかつて「鎌倉橋」といわれてたという話を読んで、そのあたりを見てまわったが、
何もなく、残念。説明板のひとつくらいあるかと思ったのだがなあ。
明治通り。幅の広い歩道から右手の細い道へ向かうのが旧道。正面を横切ってる道が谷端川跡。
明治通りを南下するとまもなく左手に細い道が。
これが旧道であり、鎌倉街道。この道をずっといくとサンシャイン60方面に出る。
右が明治通り。左の細い道が旧道にして鎌倉街道(多分)。
この先は道も失われているが、
雑司が谷を抜けてきた鎌倉街道につながるのである。
(ここから南は、昨年の東京古道散歩講座で歩いたのだ)

いやあ何もなかったけど面白かったわ。

あ、AppleWatchをほとんど使ってなかった。
だって、古道散歩時はiPhoneをつねに手に持って古地図見てるから、
腕時計の出番はないんだもの。
バッテリーはまだ半分近く残ってる。やたら使ったりしなければ電池は持つのだ。

18時半から新宿の住友ビルで新潮講座。
わたしの講座ではなく、葛飾区の学芸員である谷口榮さんの講義を聴講にいったのだ。
家康が入部する前の江戸と、東京低地の話。
これがめちゃ面白い。
特に葛西城発掘時のエピソードや、そこから当時葛西城にいたのが足利義氏だったのがわかったくだりなどはもう最高。やはり現場で発掘してる人の話はいいわあ。
きちんと体系を理解してる専門家の話は安心して聞けます。
次回は浅草橋集合でフィールドワーク、次々回は再び座学。
興味ある人は次回からでもぜひ参加を。
講座詳細 | ヨム・カク・ミル・シル 新潮講座 SHINCHO CHAIR | 新潮社

で、終わったら飲みに行く。
いやあドキドキがとまらん反省会でありました。
右に考古学の谷口先生、正面に大学で歴史学を学んだY氏で、その隣は大学で地学を学んだ地図センターのせいのうさんで、その隣は建築士。
歴史の素人はわたしだけ(何しろ工学部なんで)。
専門家の知的宴会にチャチャいれつつ勉強させていただきました。
次の東京古道散歩講座のネタもいくらか仕入れられたし、
いやあやっぱ現場の話は面白すぎます。

やっぱ「点」がつながって「線」になっていくときの快感はたまらんですよ。
以前誰かと話してたんだけど、中学高校の授業って「点」しか教えてくれない。
自力で「点が線につながる瞬間」を迎えると、めちゃ面白くなる。
わたしは数学や物理でそれを味わったんだよなあ。だから理系にいったようなもんで。
で、点がつながって線になり、線がつながって面になると
視野がかたまっていろんなことがみえてくる。
面が重なって体になるともう一人前でありましょう。

まあ半分は言葉遊びですが、
情報が集まって知識となり、知識が集まってそこから知恵が生まれる、的な。
これも言葉遊びだけど、
昔誰かが、インターネットには情報はあるけど、知識が無い、みたいなことをいってて、
いや確かに情報ばかりだけど、それを知識にしていくのは受け取る側の問題でしょう、と思った記憶があるのだ。

1 件のコメント:

  1. 動音坂とごぼう坂がぶつかるあたりに住んでる者ですが、うちの前の道が鎌倉時代からある古道だったかもしれないと記事を拝見して驚きました。うちから南北線西ヶ原駅まで良く歩いていきますが、その道がまさにこちらの記事でなぞってあった道と一致していたので驚きました。面白い記事をありがとうございました。

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