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2017/06/30

横浜でクルージングの日

横浜クルージングってとこが
7月7日から「横浜ゆかたDEマリーンルージュ」っていう
横浜クルージングツアーをはじめるのであるが、
そのプレイベント期間がありまして、
知人から招待枠があるからいつものモデルの女子大生でも連れて
いってみませんかという
楽しいお誘いがあったのでスケジュールを合わせていってきたのである。

これ、ゆかた一式着付けしてくれてプレゼント(つまり、ゆかたをそのまま着て帰れw)という楽しい趣向で、
ピンクの浴衣を着た女子大生の写真は
他で使うので(いろいろと使えるよう写真とりまくってきた)
ここでは船窓からの景色をば。

1927年からのホテルニューグランドを海から。昭和初期の気分で。

大桟橋!

ガントリークレーン

車専用の貨物船がなんかデカかわいい
これ、たまらん。
夜のコースはちと高いけど、マジックアワーの港湾を見ながらディナーですよ。
面白そうと思った方はこちらへ。
7月7日からです。
12時からと16時からと19時からあって、値段と食事の内容が変わります。
そうそう、船のルートはこんな感じ。丸いところが港。
そこからまずみなとみらいへ行ってお客さんを乗せ、
赤レンガ倉庫を経由して(このときは赤レンガ倉庫にお客さんがいなかったのでスルー)
橋を3つくぐる感じ。いやあ橋を3つもくぐられるとどこからどこに向かってるのかわからんくなって面白いわ。



そうだねえ、
個人的には、屋形船で天プラ喰ってビール飲むという宴会パターンより
こっちの方がゆったり楽しめて好きかも。

で、せっかくなのでわたしも浴衣を着せてもらったのである。
そのままゆかたと下駄で
電車乗り継いで帰宅したのであった。



2017/06/29

働く木曜日

明日は朝から出かけるので今日は働くのである。

トリセツの作業をする。
ascii.jpに猫連載を書いてメールする。
昨日書いたe-mansion lifeの連載をチェックしてメールする。

ふはー。

2017/06/28

zoicが出たので遊んでみる

ちょいと近所で動作チェックやらスクリーンショット撮りなどをしつつ
zoic。

昭文社系のマップルオンって会社があり、
そこの人が街歩き仲間のひとりということもあり、
FBでつながってるので
彼の書き込みでzoicってアプリ(位置ゲー)が出たことをしる。

さっそく遊ぶ。

ポケモンGOと似てるんだが、
ポケモンGOは自分自身がポケストップやジムの近傍に行かねばならないのに対し、
zoicは自分の位置を中心に半径数100メートルは潜水艇を動かせるので
ポケモンGOが細かく歩くゲームなのにたいし、
zoicは屋外のどこかにいったん腰を落ち着けて遊ぶゲーム。
だから自宅にいても多少は遊べる。
(コンビニがポケストップ的な役割をしてるので
 どのコンビニからも離れてる我が家は
 室内からアイテムをゲットできないのが難点だが)

まずはチュートリアル。
ペグを3つ打ち込んでゾイックを囲んで獲得する。




駅前近くで遊んでみる。
うっすらと透けているのは現実の地図。さすが地図屋さんのゲーム。
どこかに腰を落ち着け、地図を見ながら動き回って
アイテムをゲットしたりゾイックを捕まえたりするのである。



この先は……まだこれから遊びます。
どうやら、ゾイックをたくさん集めて強くして
ジムみたいなとこで戦うようだが
まだまだ勝てないのでよくわかってない。

Zoic - ゾイック -


e-mansionのお悩み相談室連載を書く。

2017/06/27

その名も君を恋しかわ〜

朝から巣鴨と駒込の間あたりにある某社を訪問。
お仕事につながればいいなあという感じで。

藪そばでランチ。

ちょっと時間があったのでぶらぶらと不忍通りを旧小石川方面へ下り、
途中から旧道へ。
左が旧道。途中クランク状に曲がって猫又坂へ

猫又坂を下って猫又橋跡。
猫又坂を下る

猫又橋の親柱。
猫又は妖怪猫又に因む。

猫又橋跡から小石川旧流路を辿り、

大塚へ行き、以前から気になってた、大塚天祖神社を訪問。

千成もなか本舗でどら焼きを食べて帰宅。


流路跡を小石川だなあと思って歩いてると
頭の中で「ハイカラ節」が鳴ってしょうがない。
わたしがよく聴いていたのは「ソウルフラワー・モノノケ・サミット」バージョンだけど。

歩みゆかしく行き交うは
その名も君を恋し川(小石川) 跡見女学校の女学生
背なに垂れたる黒髪に
挿したるリボンがヒラヒラ 紫袴がサラサラ
春の胡蝶の戯れか

という具合(Wikipediaより)。この曲、JASRACのデータベースで調べたら、歌詞は無信託でした。まあ最初のバージョンは明治時代なので著作権は切れているでしょう。
今の跡見学園は茗荷谷の方だけれども(文京区大塚)、
この歌ができた頃は小石川にあったのである。
東京時層地図より








2017/06/26

哀愁のマンデイ

朝起きてα9のレビューを仕上げてメールして
いろいろやることあったのだが腰がはってたので
まあぼちぼちと。

2017/06/25

文京区歩きの日

秋に行う予定の文京区探索委員会スペシャルの下見を兼ねて
天気は悪く湿気もすごかったけど
旧小石川区エリアをぶらぶらと歩く。
テーマは小石川の旧流路をとりまくあれこれ。
播磨坂は環三ですとか。

あかがね御殿!

超擁壁。擁壁評論家の言葉が欲しい。

東大から移築してきたもの。なかなかカッコいい。

階段を上ったら擁壁! まあちゃんと上までいけるんですが、地形の妙

かつては大きな池があった極楽水と弁財天。 
稲荷。斜面にこんな塞がれた穴がいっぱいあったのだが、みな狐穴?

丸の内線。このあたりは浅い谷を走ってたり高架だったりで面白い
疲れたので早寝。
詳細はいずれ。


2017/06/24

α9のレビュー書く

α9のブツ撮りをし、
作例を整理して原稿を書く。

α9はやはりミラーレス機の将来を占うって意味でも面白い存在で
その辺、さすがソニー。

面白くなってきた。



2017/06/23

和田堀公園と杉並区立郷土博物館

久々に自転車で出かける。

目的地は和田堀。

・第一目的地:和田堀公園

 レビューする三脚とレビューするα9+100-400mmを持ち、
 どうせなら作例にカワセミが欲しいな、
 そういえば和田堀公園の池にカワセミがいつもくるじゃないか
 ってんで自転車で走る。

 カワセミさがすにゃ双眼鏡は入らぬ、
 望遠レンズを探しゃいい

 てなもんで、望遠レンズをつけたカメラ+三脚の小さな列を発見。
 目を凝らすと日陰にカワセミが。

 あわてて三脚を立て、その並びにお邪魔し、
 2時間ほどじっと粘って、蚊に食われつつ、
 悪戦苦闘する。近くの枝に魚を捕りに来るのをじっと待つのである。
 ふはー。

 普段撮り慣れてないのでセッティングに戸惑う。
 どんなにカメラがよくなっても難しいですな。
 早朝から粘らないといい写真はとれないのだが
 さすがに作例1枚のためにそこまでやってたら死にます。

 まあレビューの作例に使えそうなものは撮れたがちと雲が出てたのが残念。

・第二目的地:杉並区郷土博物館

 6月25日まで企画展として、杉並区の地域別の歴史を深掘りするシリーズをはじめてて、第一弾が「和田堀」なのである。
 その企画展をメインで担当するのが杉並区の若き学芸員のホープ駒見さんで、何度かイベントでご一緒したり一緒に登壇したことがあるのだ。
 これは行ってご挨拶せねばってんで、足を運び、ちょっとだけご挨拶。
 和田堀の郷土史ネタを楽しむ。



 和田堀っていう堀があったわけじゃなくて、もともと「和田」と「掘之内」の合成地名。和田・掘之内・永福寺・和泉の4つが一緒になったときにできたものだ。
 和田は大宮八幡宮があるところ。掘之内は熊野神社と妙法寺で善福寺川沿い。永福寺はいうまでもなく永福寺。和泉は神田川沿いの集落で和泉熊野神社。
 熊野神社がそれぞれの川の近くにあるってのがなかなか興味深いところ。
 大宮八幡宮では小さな古墳も見つかってるし、中世の板碑も見つかってるし、鎌倉古道伝承もあるしで、小規模ながら古くから集落が営まれたとこなのだ。
 善福寺川や神田川が小規模で農耕を行いながら暮らすにはほどよい規模だったのだろうねえ。

・おまけ:宝篋印塔

 大宮八幡宮にはその別当として神宮寺が作られたが、明治に入ると廃寺となる。その寺にあったという宝篋印塔や地蔵が民家の片隅に置かれているというのだ。
 詳しい場所を聞き、尋ねてみると確かにそれらしき石塔や石仏が無造作に並んでいるではないか。
 中には入れないし、ここの所有者と思われる店はシャッターが降りて閉まっているので、外からそっと撮る。地蔵と庚申塔と宝篋印塔と、もうひとつこぶりな石仏が見える。
 うう。




 ひととおり楽しみ、再び夕暮れのカワセミに挨拶して帰宅して写真を吸い上げる。

2017/06/22

ニコンのSnapBridgeはカメラ内の写真に位置情報をつけてくれる

原稿を書く日。
ITMediaにD7500のレビューを書いてメール。
一眼レフはもう構造的に完成されていて
これ以上大きな進化は考えられず
その余地があるのはライブビュー方面であるが
であればミラーレス一眼の真骨頂のジャンルであり
しばらくは一眼レフの方が有利だろうが
α9なんてのがでちゃった今、
次々世代くらいでデジタル一眼といえばミラーレスという時代に
入っていくだろうと思われる。
ニコンのカメラが優れているのは
やはりSnapBridge。
これ、スマホへ2Mサイズの写真を自動転送するという機能だが
昨年に比べて安定感が増していて、ちゃんと転送してくれるようになった。
ただイマドキ2Mサイズというのは小さすぎる。長辺2000ピクセルは欲しい。
SnapBridgeが優れているのは
自動転送より、ジオタグ機能だろう。
常時接続しているおかげで、
撮影するたびにスマホ側の位置情報がカメラに送られ
撮影した写真にジオタグがつくのである。
これはよい。

Lightroomのマップ機能を使えば位置情報を生かせる

スマホを常時持ち歩いてる人にとっては
カメラにGPSがつくよりずっと便利だ。
ざっと見たところ、そう精度は悪くない。

というわけで、今一番欲しいカメラは、
Nikon DL 18-55mmである←それはもう発売されないってば
ああ、超広角で常時持ち歩けるコンデジで位置情報までつくとか魅力的なのになあ。


この機能、他社のカメラも採用して欲しいわ。

続いて、ascii.jpに猫連載を書いてメール。
今回のテーマは黒猫。

さらに、トリセツの作業を行う。1日遅れた。もうしわけない。


2017/06/21

暴風雨の日

なんか2日連続で重いカメラを持って歩き回ったせいか
腰に張りがあってヤバい。
雨が降ってるので宇宙、じゃない、雨中アジサイでも撮りに行くかと思ったら
風が思いの外強くて断念。
近所で火事。高度成長期の古い商店の並びであった。

2017/06/20

威光稲荷の塚が気になってしょうがない雑司ヶ谷

さらに作例撮り。
いつもの人物作例のモデルをいつもの女子大生さんにお願いして撮るのである。

早めに家を出て、雑司ヶ谷から池袋へ写真を撮りながら歩く。
都電荒川線工事中

創業1781年の上川口屋。江戸時代から鬼子母神境内での商売を許されてきた超老舗

鬼子母神を管理してるのはすぐ北にある威光山法明寺。
810年、真言宗の威光寺として創建されたそうである(1312年、日蓮宗に改宗)。
その法明寺の裏手に「威光稲荷」がある。
狭い路地からくねくねと赤い鳥居が並ぶ参道がある。
参道が不自然なのは
もともと法明寺の一部だったが、明治期の神仏分離で分離させられ
別途参道を作ったからだろう。

奥に威光稲荷堂がある。
ここの由緒も古い。
威光稲荷堂の由緒碑によると800年代に慈覚大師が当地で光明を見いだし、
近づいてみたら稲荷大神だったという話。
威光寺の縁起とつながってるのかと思ったが、
慈覚大師は天台座主。
つまり天台宗であり、810年創建という威光寺は真言宗だったというから
天台宗と真言宗が仲良く同じ時期にここにやってきたのか?

いやそもそも、真言宗だったっていうけれども、
空海が金剛峯寺を開いたのが816年なのだから
810年に真言宗の寺として開かれたというのは明らかに時空が歪んでる。

まあ、ムリヤリ話を合わせるなら、
9世紀頃「威光」が見つかって稲荷神が祀られ
その管理をする寺として天台宗の威光寺が開創され
のちに真言宗に改宗、鎌倉時代に日蓮宗に改宗
となるか。

もはや何が史実だったかはわからんけれどもな。

で、威光稲荷。
威光稲荷堂へ行くと、その右脇に下る階段がある。ちょっとした谷地に降りるのだ。
谷地に降りると、塚に向かって参道が作られている。

一度谷地に降りてまた上るのである。
おそらくはこの塚に向かう階段がもともとの参道で、
法明寺境内の裏から伸びていたのだろう。

そして地形的に、この階段は谷頭に向かっており、谷頭の上に塚がある形だ。

そして現れる塚。
この塚が気になるのである。

法明寺に電話でもして聞けばいいのだが、めんどくさいので類推すると
1)狐穴の跡を保護してる塚。狐が住んでいたという穴を持つ稲荷はいくつもある(上野の花園稲荷や、王子の王子稲荷)。その流れかもしれない。
2)地形的にかつてここに水が湧いていてその神様として塚を作ったのかもしれない
3)実は古墳。円墳が神域とされたのかもしれない。
にしても、周囲を稲荷のちいさな祠で囲まれた塚。
気になります。
いつか気が向いたらちゃんと調べてみよう。

さて池袋で待ち合わせて、
芝生のある公園で人物作例やカメラのイメージカットを撮る。


ちょっと時間があるのでお茶でもしようということで
いくつか候補をあげると「ミルキーウェイ」に行ってみたいという。
ひゃああ。
まだあったのかミルキーウェイ。
池袋のミルキーウェイ。
80年代に何回か行ったことあるわ、ここ。
めちゃファンシーで派手な、もうバブル期っぽい店。

80年代を思わせるテイストは健在。
いやあまさか30年たってまた来るとは思わなかったわ。

FBでネタにしたところ、
70年代後半にはあったという話が出てきた。
アラフィフホイホイ状態で、学生時代に行ったという話がどんどん出てきて面白い。
サンシャイン60ができた頃じゃないかとか
最初は池袋駅のパルコにあったとか、
我々が「昭和な喫茶店」というと
木造やレンガっぽいテイストの「喫茶店」を思い浮かべるが、
「昭和なカフェ」というとミルキーウェイなのであろう。

面白い。










2017/06/19

α9とD7500を持ってアオサギの日

午後、人形町で打合せがある。
晴れてる。
そろそろα9の望遠作例を撮りたい。
さてどこへ行くといいか。
地図を見る。
あ。人形町の近くに清澄庭園があるじゃないか。
ここにいつもアオサギがいるじゃないか。
隅田川下流にはよくウミネコが飛んでるじゃないか。
よし、野鳥作例で行こう。

てなわけで清澄白河へ。
清澄白河といえばまずはこれ。清洲寮。
1933年(昭和8年)築。寮と名は付いているが、でかい民間のアパート。
友達が住んでたら遊びに行きたいレベル。


さて清澄庭園。
ここを最初に訪れたのはアサヒカメラの撮影仕事で
以来、何度か作例を撮りに来てるのである。

で、アオサギさんはちゃんと元気にしててくれたのだが、
若いアオサギもいたりしていい感じなのだが、
まああれだ、
普段、本格的な野鳥撮影なんてしてないので
勘どころが難しい。
露出はマニュアルにすればよかったかなあ←と今頃


しばらくアオサギと戯れ、
庭園を出て永代橋へ。
ウミネコやらホタルナやらを撮る。

そして人形町のトライグルのオフィスで。
新企画の打合せ。

いやあとりあえずα9はヤバいわ。
速くて軽快でサクサク。
電子シャッターの良さを存分に発揮してるもの。
ミラーレス一眼の基準になりそうなカメラ。

電子シャッター時のローリングシャッター歪みって
センサーサイズが大きい方がおさえるのが難しいわけで、
ってことはこの技術でマイクロフォーサーズセンサー作ったら
かなりいい感じに仕上がるんじゃなかろうかとふと。

E-M1 Mark IIIが目指すのはそこだな。



2017/06/18

びゅうたびの仕事は面白いがなかなか大変

先週末からずっと難航してた仕事がひとつありまして。
2000枚以上撮った中から200枚ほどに絞り込み
それを見ながら、
取捨選択してテキストを書いたのだけど長すぎ、
結局、夜中になって
下書きをベースに一から書き直して
なんとか形にしてメール。
ちなみに久しぶりに「びゅうたび」の仕事。
先月末のSLネタです。

あらかじめスペースが限られてる紙媒体ならレイアウトに合わせて
写真をセレクトしてバサバサと切りまくるんだが
その辺に裁量が与えられてるWeb媒体だとどうしても
要素の取捨選択に頭かかえる。
媒体の違いってでかい。
結局、記事テーマ的に入れるべき内容+個人的にこういうネタは入れた方が面白いでしょう、という内容の両方をまぜて「長すぎるようなら言ってね」という感じで
明け方にメール。

というわけで、レビューのみならず
こんな仕事も引き受けてます。
旅ライターの荻窪圭です(笑)。ぜひご贔屓に。

使わなかった写真から。


車窓から時折見える、こういうプチ踏切が妙にツボでした。

ちなみに過去のびゅうたび記事はこちらに。
荻窪圭 | 旅するメディア びゅうたび

2017/06/17

自転車のチェーンロックはABUSがおすすめ

晴れたので近所で作例撮り。
暑い。
D7500とα9って組み合わせは重い。
暑くて猫いない。

暑いのでどっかに自転車のチェーンロックを置き忘れる。
帰宅して自転車とめようとしたら……なかった。
だめじゃん。

慌てて経堂のスポーツ自転車のお店へ走り、
良さげなのを探し、ABUSの1500/110に決定。長さ1.1m。


太くはないけど、価格的にも重さ的にも取り扱いやすさ的にも気に入った。

2017/06/16

ITと街歩き、的なテーマで古道散歩する

ちょいと某オウンドメディア誌というか
会報誌の取材(まあ原稿も書くことになるのだろうが)で
古道散歩ネタに記事にしてくださるというので
用賀から世田谷城のコースを
編集者とクライアントさんとカメラマンの4人で歩く。
編集の人が古い道沿いに残る昭和なアレコレにすごく食いついてくれて面白い。
古い道筋って旧家が並んでたり、かつての商店街だったりするので
そういう意味で見どころってすごくあるのです。

最近思うんだけど、
ITと街歩きってテーマとしてありですよねえ。
実践してる人は多いけど、世間的にその両者がつながってる人って少なそうなので
そこでなんかできないかな、と。





なんか疲れが溜まってるようなので終了後ばたん。

2017/06/15

久しぶりにシェーバーを新しくした7000

いろいろと滞っててやばい。
とりあえず、朝起きてトリセツの仕事をして
ascii.jpに猫連載書いて力尽きる。

フィリップスの宇宙人っぽい顔のシェーバーが届く。
ずっとフィリップス使ってるのだが、今のは古くてバッテリーが死んでるので
そろそろ買い換えねばと思ってた矢先、
堪ったポイントの引き替え対象賞品にこいつがいたので申し込んでおいたのだ。

この三ツ目スタイルが好きなのだが、
スタンドが充電台を兼ねてないとか、トリマーを使うにはヘッドを付け替えなきゃいけないとか思ったよりめんどくさかった。
まあ、充電はオプションの充電台兼クリーナーを買えってことなのだろな。
ひげそりの性能に不満はなし。


2017/06/14

カメラグランプリ受賞記念でオリンパスの「瑞古洞」へ大人の社会科見学

街歩き仲間のHさんが、カメラグランプリ2017受賞記念ということで
オリンパスの技術歴史館「瑞古洞」へ行きませんかといったのは先月のことだったか。
平日しか開いてないのだが、街歩き仲間関連だけで10人集まる。
……そのうちふたりは有給を取ってきたらしい。

京王八王子駅前からバスで現地へ。

瑞古洞はオリンパスの八王子事業所内にある。
中は撮影禁止なので入口だけ。


これがなかなか面白い。
もともとは国産顕微鏡を開発するために立ち上げた「高千穂製作所」で渋谷区にあった。
日本の高千穂はヨーロッパでいえばギリシャの神々がいた
オリュンポス山だなってことで
オリンパスへ……。そんな経緯だったとは。

そこからカメラや医療関係へ伸びていったのだ。


顕微鏡・内視鏡・カメラ・その他(ICレコーダーとか)
それぞれの歴史と、歴代の製品+最新モデルを案内してもらう。
一番勉強になったのは内視鏡関連。
普段知らない世界を垣間見られるのはいつでも楽しい大人の社会科見学である。

ちょうど「オリンパス一眼レフの夜明け前」企画展があったので
OM-1の前身となった、MDNシステムをガラス越しにみる。
製品化されないで終わったので知らない人の方が多いと思う。
カメラを徹底的にモジュール化しようという面白い試みだ。
シャッターユニット、フィルムユニット、ファインダー、レンズ。
さらにモードラ。
フィルムユニット(マガジンといった方がいいか)を換えることで
パトローネにはいった35mmフィルムもロールも使えるし、
ファインダーもペンタ部ごと取り替えることで好きなものをつけられる。

で、その派生品としてOM-1は誕生したのだ。

実は高校生の頃一番欲しかったカメラがOM-2で。
あれ、小さくて操作系がぎゅっと集中しててよかったのだよなあ。

2時間以上お邪魔して、
いざ帰ろうとすると、敷地内に神社発見。
そもそも街歩き仲間なのでそういうのを面白がる。
参拝してみると、その名も「高千穂稲荷」。
高千穂製作所の高千穂だ。


渋谷区の工場から持ってきたらしい。
よく見ると、渋谷工場云々と彫られた灯籠もあった。
こういうところに歴史は隠れているのですよ。

オリンパスの八王子事業所から八王子駅まではけっこう距離があるのだが、
もちろん歩くのである。
そういうメンバーだし。
わたしもあのあたりの甲州街道旧道を辿ってみたかったし。

仕事では何度も訪れている場所だが、
そういう散歩に付き合ってくれる編集者はいないので
一度歩いてみたかったのだ。

そしたら浅川が削った斜面に日枝神社発見。



もちろん階段を上る。
社殿が東を向いてるのが気になるがまあそれはあとで調べよう。

台地上からぐるっと回って階段と坂を下りて見上げると、
本殿がヤバい感じに。
この崖、最近崩れたっぽいねと誰かがいう。


坂の下には
庚申塔や高幡不動の石碑。

もとからここにあったのか、甲州街道拡幅にともなって
移動してきたのか。後者かな、という気はする。

途中、甲州街道の旧道が残っていたのでそちらへはいる。
左側に暗渠がある。街道沿いに水路が通っていたのだろう。
この残された旧街道感がなんともいえない。



この水路はいったん道路から離れるが、
しばらく歩くとまた別の水路が現れ、甲州街道を横切っており、
橋もかかっている。
この水路、どう流れていたのだろうと振り返ると、

水路が右にカーブして街道から離れていくあたりに石仏群発見。
逆方向から歩いてきたから気づかず通り過ぎるところだったわ。


真ん中のふたつはぼろぼろで詳細はさっぱりわからないのだが
馬頭観音とお地蔵様か観音さまのようだ。

馬がこのあたりで水路に落ちて死んだとか、
何かあった場所なのかもしれない。あるいは集落の境界か。
さすがに八王子のことはよく知らないので想像で。

浅川の橋のたもとで現甲州街道と合流するが、
橋を渡ったらすぐまた旧甲州街道は分かれる。


旧甲州街道は八王子宿の直前で大きくクランクしているのだ。
宿場クランクである(今勝手に名づけた)。
旧甲州街道を歩いて行くと、さらに旧道にわかれる。
古道三叉路である。
不自然に分かれてるところがたまらんですな。

旧道を進むと奥に森が見える。
そこは神社。
甲州街道の一里塚(日本橋から四里目)とその横に稲荷神社がある。
竹の鼻の一里塚といったらしい。

古地図を見ながら
旧街道沿いに歩く。
名残はほとんどないが、ときどき旧家が残っている。
これは「飯塚絹燃株式会社」跡のようだ。

八王子が絹で発展したときの名残。旧街道沿いならではの物件である。

そして今の街道に出て、
大鳥神社・子安神社と経由して解散。

子安神社はいついっても面白い。
何しろ奈良時代創建という八王子最古の古社。
東京都八王子市最古の神社 子安神社
安産の神様。


ここ、ちょうど台地のキワにあたり、社殿の右手はちいさな崖になっていて池がある。
今はどうかしらないが、水が湧いていたのだろう。
かつて浅川が削った崖の上にあるのだ。
奈良時代まで遡れるかは別にして、
その当時、このあたりに集落があったかどうかも別にして
神社がおかれても不思議のない場所ではあったろう。
調べてみたら、八王子駅の南側(子安町)では平安時代の住居跡も見つかっているそうなのでこの辺も掘れば何か出てくるかもしれない。