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2017/10/09

Down the JaKuzure!

「『Down the JaKuzure! 〜蛇崩川を行け〜』ファイナル」の日。
ご近所に住んでる街歩き仲間、W氏とT氏とわたしの3人が主催の街歩き。
なんと参加者約40人。

いやはや、三茶から中目黒まで蛇崩川とその支流跡を歩くだけという
地味なアレなのだけど、毎回びっくりさせられますな。

コースはこんな感じ。
背景の地図は明治後期のもの。

前回の終了地点から蛇崩川緑道沿いにスタート(明治期の流路と、最終的な高度成長期の流路がけっこうずれてて面白い)。

ちょっと歩いて川跡を離れ、陸軍駒沢練兵場時代の唯一現存する建物をちょいと見学。

今は在日韓国民団 東京世田谷韓国会館として使われている。
戦前の木造建築なのでかなりヨレているのだが、どうするのだろう。

いったん蛇崩川流路に戻り、その支流へ。
源流部の「鶴ヶ久保公園」がいい感じの谷頭で、往時はこのあたりから水が沸いていたのだなと思わせてくれるのである。
しかも、戦前の「東京市」時代のパネルが現存。これはレア。

また蛇崩川跡へ戻り、舌状台地の端に作られた駒繋神社へ。
江戸時代は「子の明神」といわれてた。江戸名所図会にも出てくる有名な神社。
源頼朝が「馬を繋いだ松」があり、だから明治になって駒繋神社と名前がつけられた。
まあ、源義家・源頼朝伝説が残る、鎌倉街道近くの神社なのである。
暗渠の上の赤い神橋がいい。
駒繋ぎの松は……「三代目の切り株」だけが残ってた。

ふたたび流路に戻り、次のスポットは「芦毛塚」。
源頼朝伝説のひとつで、ここで、頼朝の葦毛の馬が暴れて沢に落ちたため、
このあたりの地名が「馬引き沢」(馬を引いて渡る沢)となり、沢に落ちて死んだ馬を埋めて塚にしたのが芦毛塚という伝承。
真偽はもちろんアレだが、江戸時代には「芦毛塚」として知られていた。

そして蛇崩交差点経由で、次は祐天寺駅の方へ延びる支流。
ここ、緑道として整備されているのだが、その入口のアーチがなかなか面白いデザイン。

支流の谷頭へ行き、鎌倉古道といわれる路を通って戻る。
途中、五本木の庚申塔群がある。

祐天寺駅をすぎてしばらくすると、坂の上から高層ビルが見える。
多分、国道246沿いにあるセルリアンタワー東急。
それが遠くから電線ごしにみるとなんか帝国っぽい。

なんか帝国っぽいでしょ。悪の組織がありそうな。

蛇崩川に戻り、烏森稲荷へ。ここ、諏訪山の崖下にあり、今でも水が沸いてる。地形的には蛇崩川流域で一番やばそうなエリアじゃないかと思う。

そして中目黒駅前を経由して、蛇崩川と目黒川の合流地点へ。

そこで解散。これだけの人数がぞろぞろと歩いてたのである。何度か「これ、何の集まり?」と聞かれたそうです。さもありなん。


いやあ、面白かったけどよく歩いて疲れたわー。
さりげなく遺構が残ってたり、地形と史跡の関係を味わったり。
みなそれぞれ楽しんでいたようで何より。

怒濤の三連休終了。







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