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2018/05/12

オランダ坂登って降りて大浦天主堂を訪れて諫早でサッカー観て戻る

 最近、ちょっとした地方都市を訪れると、ああ寂れはじめてるなあと感じることが多いのだが、長崎市は元気。観光客がそれなりにいることもあるけど、学生・老人を含め(つまり地元の人々が)「歩いてる」のだ。
 多くの地方都市は駅前が空洞化し、クルマでショッピングモールへ出かけるのが当たり前になって寂れ感が増えていくわけだが、長崎市はそうなってない。
 えらいもんだなと思う。
 おかげで路面電車はひっきりなしに走ってるし、バスも走ってる。路面電車は平地しか走らないので、坂道は徒歩になるわけだけど、それは地形的宿命ではあるよな。

 昨夜夜景も見ずにさっと寝たので早起きする。
 朝飯を食い、スタジアムへ出発する前にちょっと散歩しようってことでカメラを持って、江戸時代の海岸線という道沿いに南下。
 この道の左手はすぐ台地。右はフラットで、少し先に江戸時代に埋め立てられた「新地」がある。


そのまま崖下に沿って歩く。斜面というより崖。めちゃ崖。その下に立ってるビルとかこわいわ。

まもなくオランダ坂。通称オランダ坂はいくつもあるらしいが、これが一番有名。
さだまさしの「絵はがき坂」の坂もたぶんここ。
「活水あたりはまだ〜」の活水は活水女子大学を示しており、
この写真の左手がそうなのである。

坂を登って台地の端を歩くと、横浜の元町を思い出す。
あそこも外国人がこぞって台地の上に家を建てたので、今でも洋館が残っている。ここもそう。台地の上の洋館から港を眺める。
最初に開港した港のうち、崖が近い横浜も長崎も函館もそんな洋館が残ってるのだ。

台地上をつらつら歩くと、今度は下り坂で谷地へ降りる。
これもオランダ坂。20%。坂の途中に「オランダ坂」の標が立っている。

坂を下りて谷地を走る路面電車の線路を越え、裏側から大浦天主堂へ。
途中、神社と寺と教会の3つが隣接する「祈りの三角ゾーン」。

さらに坂を登って下ると、大浦天主堂前に出る。
1,000円払って中を見学。建物内は撮影禁止だが、キリシタンの歴史を垣間見る。
江戸時代の間ずっと隠れていたキリシタンが神父のところへやってきた話。

えっと、江戸時代末期、開港して居留地の範囲内は外国人も行き来できるようになり、
神父も教会を作ることができたが、
日本人の信仰の自由が認められたのはそれよりしばらく後になるわけで、
まだ日本人のキリシタンが許されてなかった時期の話と思うと感慨深い。

キリスト教というならやっぱクリスチャンじゃなくてキリシタンだよな、と思いつつ、
大浦天主堂を離れ、ANAクラウンプラザホテル前を通り過ぎようとすると、グランパスのバスが入っていくのが見えた。

そうだ。このあとサッカーを観に行くのだった。

ホテルへ戻って荷物をまとめて路面電車で長崎駅へ。

ひとつ前の駅で降りて、「bread a espresso」という店でパンを買って(めちゃ旨かった)、長崎駅から佐世保行きのローカル線で諫早へ。

Vファーレン長崎のスタジアムは長崎市ではなく諫早市にあるのだ。
諫早駅からバスが出てるが、歩くことにする。
Vファーレンロードと名づけられた道は迷わないようペイントされているのだが、
我々は裏道好きなので、裏の古そうな道へ。これはよい道であった。
途中、線路の下をくぐるし。


無事到着。

せっかくQRコードで発券されたチケットなのに
いったん、紙のチケットに交換しないと入場できないという
罠にはまるも(ちなみに平塚はQRコードだけで行けた)
なんとか入場。

高田社長も観戦に来ておりました。

長崎・諫早と歩いて思ったのは、Vファーレンの露出の多さと上手さ。
ジャパネットのおかげでなんじゃないかと思う。
あれはみなの目に付くし、サポーターも増えるわ。

試合については省略。ひどい試合だったので(泣)。

帰りも裏道を歩きつつ、途中で島原鉄道を愛でたりしつつバスターミナルへ。
あとで気づいたんだが、川向こうにある森は諫早城址らしい。おお。

バスターミナルは昭和のまま時が止まっててある意味たまらん。

そして無事飛行機で東京へ戻る。
いやあ予想以上に歩いて疲れたわ。

下の画像はANA機内のWi-Fiサービスから。こんな風に着陸したのであった。


長崎市は予想以上にほどよい規模で活気があって
猫もいて史跡もあって食べ物もおいしくて面白かったので、
サッカー抜きで再訪したい。浦上も行ってないし。

下記のログ、
青が1日目、緑が2日目。徒歩と路面電車移動分。
「FieldAccess2」で取ったログを、iPadの「スーパー地形」に貼り付けて
「Annotate」で注釈つけたもの。





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