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2018/01/04

凸凸凹凹トークの下見と称して初街歩き&新年会の日

冬は富士山がよく見えて楽しいですな。


2月11日に「凸凸凹凹トーク」ってイベントに登壇するわけだけど、

残念ながらすでに満席なのであるが、
その打ち合わせ兼下見と称して世田谷城近辺を登壇者4人プラス中世の歴史研究家の方と一緒に散策。
いやあ、ガチの専門家と一緒に歩いたのでいろいろと学術的な話や
最前線を教えてもらえて面白かったわ。
「品川橋」の歴史や名前の由来をみんなで推測したり

世田谷城址の土塁や空堀を堪能したり、
招き猫電車に遭遇したり、

豪徳寺で招き猫伝説は江戸時代の文献には一切出てこないんですよって話になり
(わたしもいくつか調べたけどそういう話が見つからず、うーむと思っていたのだった)
吉良氏つながりで吉良氏墓所(といっても江戸時代の吉良氏)勝光院へ向かい
(ここ、烏山川とその支流に挟まれたプチ舌状台地という非常によい地形なのだ)
いつのまにやら


常盤姫伝説の話になり、
常盤橋はどこにあったろうとか、
常盤姫って本当にいたの?
では常盤塚へ行こう、ってんで。
世田谷通り旧道沿いにある古い喫茶店アンジェリーナでランチを食い
(久しぶりにきたわ、ここ)
世田谷通り沿いに常盤橋跡とされる場所に向かって歩いてたら途中で謎の祠を見つけたり、

しつつ常盤塚。

常盤塚に訪れたら、常盤姫が祀られてる駒留八幡神社へ行かねばである。
常盤橋の親柱も残されてるし。

駒留八幡といえば気になるのが、
「本殿が塚の上に作られている」こと!


社務所があいてたので尋ねてみると、
数10年前に前の宮司さんが亡くなったあとで
ちょっと断絶があったので、古い伝承はわからないのです、とむべもなく。
古墳……があるような場所ではない気がするので、
中世の塚かも。中世ってけっこう塚がよく作られてるのだ。
常盤塚周辺も「十三塚」といわれるほど塚がいっぱいあったので
その関係かもしれない。それにしてはデカいけど。

他の塚は削平されたけど、ここは上に祠が置かれて神社となってたので
残った、というパターンの可能性はあるわけで。

きになるーー。

このあと若林駅から世田谷線で三茶へ行き、
15時半という真っ昼間ながら
打合せと称して新年会、というか飲み会になる。

わたしは世田谷城周辺の「道」の話をする予定。

帰宅して今年最初の猫連載を書いてメール。









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