東京古道散歩の日。
雨だった(泣)。
目黒学園カルチャースクール「東京古道散歩」の日。
東京古道散歩は基本的に毎月第一土曜なのだが、
今月は第一土曜が1月3日で正月ど真ん中なので、
ずらしたのである。
文京区特集ってことで、湯島天神から元富士神社(駒込富士神社の旧地にある)、本郷三丁目の天神(桜木神社)、そこから低地へ降りて本来の菊坂をのぼり、鳳明館本館。
桜木神社って東大から一番近い天神であるから、合格祈願はこっちの方がいいんじゃないかと思ったりする。
あとはまあ中山道に入って白山神社でゴール。
東京古道散歩の日。四ッ谷駅集合。
昼飯をどこで食おうかと悩み、ここはやっぱBAMBIだよなってことで昭和な店で昭和なランチ。
四ッ谷駅から千代田区唯一の江戸時代から変わらない寺院を経て、
土塁上を南下。
喰違木戸跡から鮫河橋、須賀神社(はもちろん江戸時代の参道で)、田宮於岩稲荷。
於岩稲荷の前に「縁を切ったら縁を結んでみない?」という広告があってウケる。
田宮家に伝わる於岩(寛永期の実在の人物)なら「縁結び」もわかるけど、
四ッ谷怪談のフィクションのお岩(舞台は元禄期)に「縁結び」ってのはちょっとアレだよねって感じで。
カフェでお茶して帰宅。
週末に開催される「東京古道散歩」の下見で四谷へ。
四ッ谷駅改札脇の「史跡展示広場」が充実してて良いが文字が多くて図も細かくて詳しすぎて、立ち止まって熟読する人なし。もったいない。
四谷見附→心法寺→外濠に沿って歩いて喰違木戸跡。
迎賓館(紀州屋敷跡)をぐるっと回って鮫河橋から寺町を歩き、須賀神社から於岩田宮稲荷経由で四谷三丁目駅へ。
若葉町の崖下にあった小さな謎の祠。たまたま近所の人らしいおっちゃんがいたので聞いてみると、詳しくは知らないが、関東大震災の被災者供養のためと聞いているそうな。謎がひとつとけた。
ちょっと時間があったのでさらに歩いて新宿歴史館へ疲れた足を伸ばす。
良い発見は「○〆猫」。前回訪れたときは気づかなかったわ。
これ、招き猫の元祖といわれる「まるしめ猫」が新宿区にある遺跡から発掘されたもの。
招き猫の元祖は今戸神社か豪徳寺か、と言われることあるけど、
豪徳寺は大正時代末期(と考えられる)のに対し、浅草にはすでに「まるしめ猫」という名で江戸末期に存在していた(ポーズはあきらかに招き猫だ)ということで、今戸神社(当時は今戸八幡)が発祥かどうかは別にして、浅草の今戸焼だったのは確かなよう(武江年表の嘉永五年の項に、はっきり今戸焼とあり)。浅草神社(三社権現)の前で売っていたそうな。
こちらは国立国会図書館デジタルコレクションにあった該当の絵。横向きに座って顔をこちらに向けているのが特徴。
なるほど。
東京古道散歩の日。
早稲田駅集合。早稲田祭にかぶったのですごい人である。
穴八幡参拝ののち、戸山公園を歩き、
抜弁天から西向天神。奪衣婆の寺から太宗寺でゴール。
新宿猫を撮って帰宅。
そうそう、スタジオアルタはもう取り壊されてしまうのね。
そろそろいいかなってことでiPhone 16 Proを売りに行く。
画面にちょっと傷があるってことで予想より安かった。残念。
その足で早稲田へ行き、
「東京古道散歩」の下見開始。
穴八幡……は何度も訪れてるのでスルーし、
戸山公園を、当日どんなルートで行こうか考えながら歩き、
抜弁天から西向天神を回って太宗寺へ。
帰り、新宿のモンベルへ寄って上着を1枚買う。
オレンジ色のノマドパーカー。
「東京古道散歩」の日。
病院との連絡は妻に任せて、わたしは飯田橋駅へ。
妻から、ミルが「危機は脱した」ようだとのメッセージを受け、一安心し、
東京古道散歩。
○東京古道散歩で神楽坂から早稲田へ
神楽坂で、中世の行元寺や牛込城、牛込氏の話をしつつ、
鎌倉街道の可能性がある道を歩く。
途中、安養寺で金ピカの薬師如来(神楽坂大仏)を拝ませてもらう。
これは予定してなかった僥倖。
めっちゃ金ピカなのは、戦災後の修復で金箔を貼ったからだという。
でももともとは家光の頃のものというから、当初から金ピカだったのだと思う。
瓢箪坂を上って赤城神社参拝、そこから早稲田方面へ歩き、天神町の天神、元赤城神社、弁天町の弁天、牛込氏墓所などをめぐって早稲田へ。
雨の中参加してくださったみなさまありがとうございました。
そして経堂へ。
病院へ18時に面会に行くという予定だったので妻と病院で待ち合わせる。
中へ入ると、朝の時点で肺の水はほとんど抜けていたのだが、
その後また溜まってきて症状が悪化してきたのだという。
なんと。症状が安定したら循環器専門医にどうやって連れて行こうという話になっていたのに。
とりあえず、退院は無理そうなので、さらに治療をお願いし、
多摩川花火大会の音を聞きながら帰宅。
ベランダからちょっと花火をミルが、雲が出てるのであまりきれいには写らない。これはiPhone 17 Proで撮ったもの。
○ミルの最後の夜
花火も終わったし、夕飯でも食べようかという所で
病院から電話。20時過ぎ頃。
タイミング的によい話のわけがない。
すぐに来られるかというので、
慌てて着替えて自転車で走り、電話から30分後には病院着。
朝と夕刻のレントゲンを見せられ、
朝、いったん肺の水が抜けたけどまた溜まっていること、
肺の水を抜こうと処置をしたけど、腎臓がほぼ仕事をしていなくて水分を尿として外に出せなくなっているという。
これはいよいよあぶないということで、連れて帰るなら酸素ボンベと酸素ハウスが必要といわれたが、当然、それはまだ先のことと考えていて準備はできておらず。
かといって、24時間体制の病院ではないので深夜には無人になる。
今日はたまたま担当の先生がまだ仕事が残っているからといって遅くまでいてくれているのだ。
どうしようかといっていると、21時10分頃、口で呼吸をしはじめる。
これはよくない。
興奮させてはいけないので撫でたりは遠慮していたのだが
このまま撫でもせず亡くなるのもいやなので
酸素室の窓をあけ、撫でたり声をかけたりするが反応は鈍い。
これはいよいよあぶないというところで
酸素室から出し、妻の膝の上で抱き上げ、やがて呼吸が止まり、
先生が瞳孔反射を見て、心音を聞いて、臨終が確認される。
とっさにロック画面スクショ。実際にはこの1分前だった。
なんと4歳と数ヶ月である。
こちとらあと15年は一緒に、というつもりで部屋は随所がミル仕様になってる(正確にいえば、ミルが悪さしないようあれこれ対処してある)。
しかも昨日の昼間ではそれなりに元気でいたのだから、晴天の霹靂。
大五郎は老齢だったし、かふかもそれなりの年齢での病気で徐々に弱っていく様子をみながら部屋で看取れたのだが
ミルは病院での看取りとなってしまった。
Facebookに書いたらふたりほど、ほぼ同じ理由で5歳で亡くなったという経験を持っていた。うち1匹はわたしも会ったことがある猫だ。
先天性の心臓疾患を持っている場合、そのくらいで発症することが多いというが、正にその通りだったのだろう。
なんとも早すぎて、最後のひと遊びもできなかったのが哀しい。
病院へ連れて行かなければ(つまり余計な刺激を与えたり興奮させたりしなければ)
あと数日から一週間くらいは生きていたろうが、その場合、家で急に容態が悪化して何が起きたのかわからないまま看取っていた可能性も高く、それにくらべればきちんと対応してもらってよかったのかもしれない。
逆に、もっと早く連れて行っていれば、心臓病の薬を飲みつつ長生きできたかもしれない。
猫が亡くなるときは何かしら悔いが残るものである。
とばかりもいってられないので、
病院に箱とタオルを借り、死後の処置(水を抜くなど)をしてもらい、自転車は翌朝とりにくるということで、タクシーで帰宅。
帰宅後、冷凍庫にある保冷剤をしきつめ、
世田谷区上馬の感応寺境内に設置された「せたがやペット斎場」に電話して、翌17時の予約をとる。24時間受付のありがたさである。
目黒学園カルチャースクール「東京古道散歩」の日
7〜9月は猛暑のため、街歩きは開催しなかったのだけど、
7月の第一土曜日ならまだ梅雨明けしてないし、そこまで暑くなってないはず、
という目論見で、一日だけのスペシャル企画を入れていたのだった。
いやあ、まさかの猛暑ですよ。
しかも、午前中、ぱらぱらと小雨が降ったことで湿度が増し、
高温と多湿がそれぞれ倍増で4倍って感じ。
やばい。
コースは九段下から清水門、北の丸をぐるっと回って田安門。
そこから神楽坂、飯田橋というルート。
少しでも冷房休憩をいれようと
北の丸では科学技術館とCafe33で休憩。
明治時代に建てられた「旧近衛師団司令部庁舎」……前回訪れたときは門が閉まっていて入れなかったのだけど、今日は間近に近寄れたのでみんなで訪問(もちろん中には入れないけど)。
飯田橋では予定を変更して「東京大神宮」(ここ、ミストだらけなのだ)にちょっと立ち寄って、コンビニでアイス休憩という具合。
最後は飯田橋の歩道橋から「飯田橋という橋の今は使われず歩行者がたどり着けないトマソン歩道」を愛でて終わり、の予定が、飯田橋工事中だった。
あの歩道、どうなるんだろ。
で、さすがに暑すぎて疲れたので帰宅してばたん。
東京古道散歩の日。
田町駅から飯倉、麻布台ヒルズを通って虎ノ門ヒルズを越えて虎ノ門で江戸城外濠跡を堪能し、霞ヶ関官庁街を抜けて
これ、中世の東海道にして鎌倉街道もこんな感じだったじゃ無いかという道筋。
夜、ascii.jpに猫連載を書いてメール。
目黒学園カルチャースクールの「東京古道散歩」4月期は港区特集。
というわけで、高輪ゲートウェイ駅集合で田町駅へ。
先日下見に来たときはまだゲートウェイシティがオープンしてなかったので
「こんな賑わってる高輪ゲートウェイははじめてみたわ」レベル。
芝桜もいい感じだったし、
なんとか終了せり。
cp+3日目の土曜日は一番来場者が多い日でもあるのだが、
わたしは目黒学園カルチャースクールの「東京古道散歩」で大井町駅である。
そこから旧仙台坂を下って、品川宿最南端へ出る。
大井から品川へ下る古い坂道は3本あって、どの道も鎌倉時代に遡る古刹の近くに出るのでどれが一番古いかはなんともいえん。
ただまあ品川寺から妙国寺のあたりは当時は漁師町で、交易で栄えたのはもうちょっと目黒川の近くだと思うのだけど、南品川の方が古くてデカい寺がいっぱいあるのだよな。
海晏寺に品川寺に天妙国寺などなど。どれが鎌倉街道かといわれると、今のゼームス坂のルートが理にかなってはいるのだが。
で、品川宿を南から北へ縦断するというルート。
途中、江戸時代の海岸護岸跡などもチェック。
予定よりちょっと遅れて品川駅着。
解散後、5人でちょっと反省会……なんだが、品川駅の高輪口が再開発のまっただなかで、店がない!
ただ、Wing高輪はなんとか生きてた。写真はWing高輪へのエスカレーターを上ったとこ。アンナミラーズがあった場所はきれいに消えてた。。。
2Fに奥に旧Wired Cafe(タコスの店になってた)が空いてたのでそこに腰を落ち着ける。