2013/08/17

屋形船乗った日

友だち夫婦に屋形船にさそわれてたので
昼間は上野や谷中を作例撮りながら散歩。
谷中のヒマラヤ杉。伐採計画があるとか。
浅草へ出て屋形船。
月とスカイツリー
漫画家さん主催の屋形船パーティに
漫画家に友だちが多いわたしの友だちが誘ってくれたということで
屋形船を堪能する。

屋形船は……たぶん15年ぶりくらいなんだが、
以前乗ったのはいつだっけ、
久住さんの屋形船ライブ付宴会と、Mac関連の宴会の2回あったよな、
あれいつだっけ、っと古い日記で「屋形船」で検索かけたら
(だいたい、この日記もあの日記もそのためにあるようなもので)
……
日記の名前が「混沌の屋形船」だもんで、それが盛大にひっかかって
何の役にも立たなかった件。あほだ。

それはともかく、
アイスクリーム売りの船が横付けしてくるのははじめて見た。
夏は昔からそうなんだろうか。
商売中のアイスクリーム船を屋根から狙ってみた



すっかり夏休み気分ですな。

2013/08/16

洗足池へ自転車散歩

3台届くはずのデジカメが2台しか届いておらず、
まあとりあえずその2台と自分のOM-Dを持って自転車にまたがり、
夏だからひまわりでも撮っておくかと宇奈根のひまわり畑へ。
ひまわり畑 - 約20,000本!世田谷にこんな規模のひまわり畑見たことない! | こうちゃんちの野菜 in 世田谷 (世田谷で農業♪)

昨年も一昨年も行ってるのに迷った←あほ
ひまわり。OM-D。
その足で二子玉川を経由して丸子川沿いの旧筏道をまたもや丸子橋へ。
高速連写作例が必要というので、
何がいいかな、やっぱ電車が楽かな、高速っぽいのがいいかな、じゃあ新幹線だ、と。
丸子橋からだとちと遠い。
よって、沼部から坂を上り、新幹線を見下ろせる橋の上から撮影。

この先はノープランだったんだけど、
ここまで来たなら洗足池へ行かねば、と中原街道を走る。
千束池パノラマ by iPhone5+snapseed
洗足池に到着して、地図を見てたら、そういえば「小池」にいってないなと。
元「魚釣池」。今は小池公園。小池じゃあ何がなんだかなんだけど、
洗足池が「大池」でそれに対する「小池」。
だったら「洗足小池」……いや、こっちは「足を洗った伝説」とは関係ないから、元の表記である「千束小池」とでもすればよかったのに。

ちなみに、洗足池はもともと「千束池」だった。このあたり「千束」と呼ばれてたし。
ただ、日蓮上人が池上家(今の本行寺)に向かう際、ここで「足を洗った」という伝承から、「洗足池」と書くようになったのだ。
ほんとに足を洗ったのか、ほんとにここに立ち寄ったのかはまあ別にして。
(丸子の渡しから池上家へ向かうには、洗足池は起伏が多い上に遠回りな気がするんだよなあ)

で、「小池」だけど、名前の割に立派な池で、しかもみごとなスリバチ地形。
小池公園。OM-D。
三方が急斜面でその底に池があるのだ。
東京スリバチ学会の皆川さんは2度訪れたけどどちらも大雨だったそうな。
晴れてたわたしはラッキー。
ただそういう地形を自転車で訪問すると……細かい急な上り下りが連発するのでかなり疲れます。
明治前期の洗足池あたり。当時の道が環七としても使われてる。

洗足池、小池ときたら、やっぱ洗足池の代表的水源、清水窪に立ち寄らねば、と洗足池から上ったり下ったり猫を見つけて撮ったりしながら、清水窪に通じる谷道(道の脇に暗渠で水路が残ってる)に辿りつく。
子猫発見。OM-D。
その後北上して帰宅。
地形図で見ると、古道はいい感じに尾根道を通ってるなあとおもうことしきり。
その一部が環七になってる。
似たような方面へ走った一昨日のルートと重ねてみた。


総走行距離約33km。まあこんなもんでしょう。

2013/08/15

SV600はいつ本格稼働するんだろう

ascii.jpに猫連載を書いてメール。
やっと、Snapscan SV600を開梱して
テーブルの上に仮セッティングして、
Windowsマシンを引っ張り出して……電源をいれたら
Windowsアップデートが延々と……
更新プログラムの構成中……って意味不明だし
それがやっと終わって
スキャナについてきたDVDを突っ込んでソフトをインストール。
ついにですいてきたAcrobatもインストール。
Evernoteいれてなかったのでそれもインストール。
してたら夜中になりました。とほほ。
やっぱWindowsマシンを触るとストレスだわ。
特にDVDドライブからインストールなんて数年ぶりって感じで
(いやそれは極端か。でも1年以上はしてないと思う。うちのMacは2台ともDVDドライブないし。MacProのは壊れたので外しちゃったから。いちおうUSB接続のを買ったけど最近使ってない)。

ともあれ、1枚だけ試しにスキャン。
これは面白い!
でも普通のスキャナみたいに紙押さえがないので
折り目がついてたりするとそこが浮いちゃう。
残念。やっぱiX500も別途必要かなあ←をい
でもまあ最初はある程度気合いをいれて2〜3日かけて
大量にスキャンしないとダメですな。

2013/08/14

橘樹郡衙跡へ自転車散歩

家電批評の原稿をちょっと書いて今日の仕事は終わり。
そそくさと準備をし、久しぶりに自転車で遠出としゃれこむ……ってそんな悠長な気候ではないんだけど、まあ、このくらいならなんとか走れるでしょう。

今回は特に作例が必要なカメラもないので(いや届いてないというのが正しいが)
純粋に趣味で目的地を決める。
それは「橘樹郡衙跡」。

・郡衙とは

ちょっと予備知識。
律令時代、今の東京は「武蔵国」の一部だった。
武蔵国は非常にデカくて、今でいう「東京都、埼玉県、神奈川県の一部(川崎市全域と横浜市の多く)」を包含してたのだ。
だいたい「境川」が武蔵国と相模国の境界線(だから境川)。

当時の国は、いくつもの「郡」に分かれてた。
東京は「多摩郡、荏原郡、豊島郡と足立郡の一部」に相当する。
で、荏原郡と多摩川を挟んだ反対側、つまり今の「川崎市」に相当するのが「橘樹郡」(これで「たちばなぐん」と読む)だったわけである。

各郡には「郡衙」と呼ばれる「郡の官庁街」があった。まあ市役所みたいなもん。
多摩郡の郡衙はおそらく府中にあったし、豊島郡の郡衙は平塚神社のあたりにあったことがわかってる。
荏原郡の郡衙はそれとおぼしき遺構が発掘されてないのでわかってない。
橘樹郡の郡衙は、最近発掘でほぼ確定された。
高津区千年。影向寺のあたりだ。
丸子橋をわたって中原街道をずっと西へ進むと、千年交差点あたりから多摩丘陵にさしかかる。その多摩丘陵の上である。

影向寺は何度は訪れてるけど、橘樹郡衙跡はまだ未見だったので是非行きたいと1年くらい前から思ってたのである。

・寄り道癖が悪い方に出て中原街道へ

うちから影向寺へ行くには、用賀から用賀中町通りを南下して等々力渓谷脇を多摩川に向かって下り、丸子川沿いに丸子橋まで走るのが一番早いんだけど、
何を思ったか、ちょっと早めに中原街道に出てさくら坂を下ろうと考え、
環八を左折して田園調布方面へ。
実は瀬田から田園調布方面の環八って往古の道にほぼ一致したり平行したりしてるのだ。
で、環八は田園調布で大きく右に曲がって羽田へと続くのだけど、
往古の道は左に入ってまっすぐ中原街道の石川台交差点方面へ行く。
この道、往古の品川道(府中と品川を結ぶ道)じゃないかと思ってる。
中原街道を左折して洗足池のちょっと北を右に入るときれいに品川へ向かうからだ。


中原街道を右折して多摩川へ向かう。
環八との交差点を左斜めに入るのが旧道で、
さくら坂をくだって沼部の駅の方に出る。その先に渡しがあった。
中原街道旧道さくら坂上。中央が桜坂だがほんとの旧道がその右手の道。
旧道っぽさが残っててなかなか楽しい。

・丸子橋をわたって千年へ

多摩川浅間神社のふもとにいくつかお店があるので
そこで遅いランチを食べ、
丸子橋をわたり、中原街道を西へ向かう。
丸子橋から下流の眺め。新幹線付き。XZ-10
有名な小杉御殿のクランクは現在工事中。
府中街道との交差点までショートカットするようになる。
まああのクランクは見通しも悪くて危険だったしな。
新道ができれば、クランク道は旧中原街道として残ってくれるだろうから
それもまたよし。
小杉御殿跡の西明寺前を通り、中原街道に戻り、
多摩川低地をひたすら西へ向かう。この辺平地が広く続いていて
そこら中に水路跡の暗渠がある。
江戸時代に農業用水をたくさんひきまくって、水田としてたのだろう。

多摩川はなんどの流路を変え、広い沖積平野を作った。
たとえば「丸子」という地名は多摩川の東京側に「下丸子」、
川崎側に「上丸子」とそれぞれにあるけれども、
もともと川崎側にあった「丸子」が中世に多摩川の流路が変わったことで
ふたつにわかれてしまったものといわれてる。

中原街道をしばらく延々とまっすぐ走ると(低地の道なのでまっすぐなのだ)
「千年」の交差点に出る。ここにくると、目の前がいきなり台地になる。
ここから多摩丘陵なのだ。
「千年」は明治以降に付けられた地名なのでまあ歴史的な云々はない。
千歳船橋があった「千歳村」と同じだな。あれも村がいくつか合併したとき、
名前で揉めて、縁起のいい利害関係の無い名前ってことで「千歳」とついたもの。
こっちも似たようなものだろう。
瑞祥地名というらしい。

中原街道はここで上りながら多摩丘陵の切通しを抜けて平塚へ向かうのだが、
この道はとても古い。平安時代は古代東海道でもあったくらい古いのだ。
小田原と江戸を結ぶのにちょうどいいルートでもあり、
中世以降も主要な道として使われた。
家康も東海道が整備される前はこの道をよく使っていたという。

・影向寺は奈良時代より古かった

往古の道は千年の交差点を少し過ぎたあたりから右に曲がり、
ぐいぐいひぃひぃと丘陵を上り、
しばらく道なりに進むと「影向寺」。
奈良時代の天平12年(740年)、聖武天皇の勅願で建立された古刹……ということになってるが、
発掘調査の結果、それよりさらに遡る7世紀後半に創建されたことがわかってる。
いわゆる「大化の改新」が645年で「壬申の乱」が672年で7世紀半ばから後半。
国郡制が整備されて国-郡という形ができあがったのが701年の大宝律令だから、
影向寺(あるいはその前身)はそのときにはあったのである。

めちゃ古いではないか。
いやはや意外なところに古史あり。
このあたりに有力な豪族がおり、そのまま郡司となったんじゃないかという話。

いい風が吹いていたので影向寺の境内で少し涼み、
手水舎でひしゃくの水を頭からかけて水冷。
真夏の自転車に欠かせないのが神社仏閣で
風はあるわ水はあるわで休憩に最適。

ここでのんびりとiPhoneを取りだし、
橘樹郡衙跡がどこなのかを探す。
詳しい場所も調べずに走ってたのかよ。はい。
影向寺の近くと聞いてたので、ここまでくればなんとかなるだろうと。
いつもそんな感じです。
iPhoneさまさまです。

で、調べた。
ちょっと通り過ぎてた。
影向寺の東に深い谷頭があり、急斜面を降りると「たちばなふれあいの森」なる公園がある。その反対側の台地の上に「たちばな古代の丘緑地」という矩形の緑地があり、
そのあたりが橘樹郡衙跡に比定されてるのだ。
東西に走る尾根道があり、その北側の谷を挟んで影向寺と郡衙があったわけですな。

高低差がきちんと描かれた明治前期の地図を見るとその立地がよくわかる。
延喜式古代東海道のルートは「地図で見る東日本の古代」による
今はマンションがたくさんたってて見通しは悪いけれども
それでもこの郡衙跡から東をみると、多摩川低地を広く見渡せる。
そういう場所に作られたのだなあと思うとちょっと感慨。

調査結果の看板。こういうのがありがたい。
まあだだっぴろい空き地です。OM-D
ちなみに、影向寺や郡衙のあった尾根の南、中原街道を挟んだ反対側の山の上には
富士見台古墳や橘樹神社がある。
影向寺の北西には古墳群もあるらしい。
往古からの大きな集落がこのあたりにあったのだ。

・登戸へ猫に会いに行く

最初の目的はこれで達成。
次の目的地は登戸。猫写真でも撮ろうと思ったわけですな。

ぐわんと坂を下って多摩川低地に戻り、
多摩丘陵沿いの古道を、
明治前期の地図を参照しつつ、追って走る。
当時あった神社がなくなってたり、
すんげー急な階段の上に神社があったり、
なかなか面白い。
明治前期の地図を見ると、山ごとに神社が作られてる感じ。

赤城神社(明治前期の神社名。今は名前が変わってるとこも多い)が妙に多いのが気になる。なんでだろ。

面白がって崖下の古道を走ってたら、溝の口を過ぎたあたりで道を間違えたことに気づく。
当初は南武線沿いに宿河原に向かって走るつもりだったのに、
気がついたらどんどん多摩川から離れて多摩丘陵にはいっていってるではないか。
見覚えのない川を渡って気づいたのだ。
明治前期の地図を参考に走るからですな。
ちゃんと現代地図をチェックしなさい。
何しろ、溝の口のあたり、流路も道路も今と全然違うのだ。
当たり前である。

で、気がついたら東高根森林公園の南の道を西に向かって走ってた。
このまま走り、神木の交差点を右折して五所塚を越えて
切通しの坂を下ればそのまま宿河原へ一直線なので
途中上りがひとつはいるけれども、そのルートをとることに。
まあそこは何度も走っている道なので迷うこともない。

ぐぉぉぉぉと時速××kmで坂を下り、宿河原で多摩川の土手に入り、
登戸で猫。
登戸の河原といえば猫。XZ-10
猫と戯れたり写真撮ったりしてたら
いつのまにか18時近くになってて、
あ、今日は日本vsウルグアイ戦じゃないかー、
と慌てて帰宅。

ふはー。
総走行距離40km弱(遠回りしたから)。

GPSログをGoogleEarth+地形図にマッピングしてみた。
武蔵野台地を削って多摩川が低地を作ったんだなってのがよくわかって面白い

無駄に遠回りしてる感がいい。
まあ久しぶりに走りたい気分だったので結果としてこうなるのもむべなるかな。

2013/08/13

LR5でセレクション&現像しながら原稿を書く日

単行本(の担当部分)8ページを書いてメール。
1ヶ月以上前にロケした写真を引っ張り出して、
Adobe Lightroom5(LR5)に突っ込んで使えそうな写真をセレクトして
それを見ながらテーマとサブテーマを決めて
さらに絞り込んで、
テキストとキャプションをつけるという集中力が必要なお仕事。

ああ、この日は雨交じりの天気だったから、今ひとつ色がよくないんだよなあ。

最初Apertureにつっこんだのだけど、
レンズ補正系の機能が使いたかったのでLR5に入れ直したのだ。

でも使い勝手はApertureの方がいいんだよなあ。
LRは「ライブラリ」と「現像」が別モードになってて
それを行ったり来たりするのが非常にめんどくさい。
サムネイル表示と1枚表示を切り替える作業もイマイチよくない。
機能的には問題ないんだけどねえ。

セレクションと現像をほぼ同時に行うので、
現像時にEXIF情報見たいとか、あるじゃん。

さっさとAperture 4でもAperture Xでもいいからリリースしてくれー。
作ってるんかな。
iPhotoも最近放置されてるしな。
ちと不安。


マイクロフォーサーズとAPS-Cの被写界深度は1段ほど違う

ここ1年ほどメインカメラがすっかりOM-Dになっちゃってるわけだけど、
ふと、
m43とフルサイズってどのくらい被写界深度が違うのか数値化してみようと、
iPhoneのFieldToolという被写界深度を計算するアプリをひっぱりだしてみた。
(めんどくさいんで自分で計算はしません)
被写体との距離が2mで画角が50mm相当のとき
m43、APS-C、フルサイズで被写界深度がほぼ同じになるよう絞り値を変えてみたもの。

ざっくりいって、F1.4→F2→F2.8と
m43とAPS-Cは1段、m43とフルサイズは2段違う。
実際に使ってるときの感覚と同じでした。

わたしが愛用してるパナソニックの12-35mm F2.8は色収差がでかい以外はよいレンズですがこれが24-70mm相当のF2.8なので、APS-CにF4通しのレンズをつけたときと同じくらいと思っていい。
ISO感度的にもAPS-Cと1段くらい差がある感じなので、
非常に妥当な結果かなと。

じゃあAPS-CにF4通しのレンズをつけるのと、m43にF2.8通しのレンズをつけるのでは
どっちが軽くてコンパクトで安くて扱いやすいかといわれると後者なわけですよ。
で、OM-Dにパナの12-35mm F2.8をつけ、バッグの余ったスペースに
オリンパスの45mmF1.8や60mmF2.8を押し込んででかけてるわけです。

そう考えると、マイクロフォーサーズも悪くないでしょ。

逆にいえば、12-35mm F2.8というレンズが登場したから
OM-Dがメインカメラになったわけで、
標準ズームレンジに、キットレンズ(F3.5-5.6クラスのやつですな)しかなかったら
ここまで愛用しなかったのは確かである。

パナソニックもオリンパスも、そういうのを踏まえて、
「APS-Cサイズカメラより1段明るいレンズ」を目安に
レンズの設計をして欲しいなあと切に願っております。
個人的には、12-60mm F2.8なんてレンズがめちゃ欲しい。
D7000では16-85mm(24-120mm相当)でF3.5-5.6のレンズを愛用してたので
それをそのまま当てはめると、12-60mm F2.5-4.0か。どっちでもいいや。

多少太くなったとしても……イメージサークルが小さいんだから
APS-C用レンズほどにはならんだろうし。

あとは明るい望遠レンズが欲しいなあ。

もちろん撮像素子サイズの壁は越えられないので、
クオリティが欲しいときのためにニコンのD600もスタンバっております。



2013/08/12

雷を撮る

延々と単行本用の写真セレクト。
なかなか全体の構成が決まらず、うなってたら
突然の豪雨と雷。

となるといてもたってもいられない。
雷を撮りたくなるのである。
でも、雷最盛期は雨風が強くてカメラをセットできず、
そろそろいいかなってとこで廊下に出て三脚をセットして撮ってみた。
今日の稲光
OM-D
あ、色収差補正するの忘れてた。まいっか。
にしても雷って、「遠くから見てる分には」きれいだよな。

雷を撮るのは簡単といえば簡単。運任せではあるけど。
一番簡単なのがフルHD動画を録って、雷が写ってるカットを抜き出す……
えっと、楽しすぎて申し訳ない。
運が良ければこれでOk。フルHDなら200万画素相当なのでまあなんとかなります。
気合いを入れて撮るならこんな感じ。
今日から始めるデジカメ撮影術:第103回 雷と雷雨とシャッタースピードの関係 (2/3) - ITmedia LifeStyle
ちょいと古い原稿なので、今のCMOSセンサーモデルとはちょっと話が違うけど。

今回はもうちょっと楽をした。
三脚にカメラをセットしてマニュアル露出でちょいとアンダー目にセットして……
あ、これ、原稿のネタになるじゃん。
ここに書くのやめた←ひでー
もうちょっと撮りだめたら
いつかどっかに書きます←ひでー

なんとか1枚撮れたので
仕事に戻る。
うーむ。なかなかすすまぬ。

2013/08/11

鶴川散歩

ちょいと小田急線でどっか散歩でも行くかと
経堂駅改札をくぐるも、空一点俄に暗雲立ちこめ雷鳴が轟き、
いくつか稲光が見えたと思ったら、
どこぞの駅に雷が落ちたらしく、落雷のため運転見合わせなう、といわれる。
少し待つと走り出し、また止まり。
急行に乗ったはいいものの、ただ駅を飛ばすだけの徐行運転で
雨はそのうち上がるだろうが、このままでは大して遠くへも行けまい
さてどこで降りようか
(目的地を決めずに電車に乗れるのが昨今のいいところで、
 まず目的地までの切符を買わねば改札を通れなかった時代に比べると
 画期的なことであると思う)
と思案してると、ふと、鶴川に友だちがいたのを思い出し、
妻がメッセージで様子を伺うと、家でヒマしてるという。
じゃあ、鶴川で甘いものでも食べようという話がついたのが
新百合ヶ丘で各駅停車に乗ってひと駅、柿生に着く直前。
せっかくだから散歩するかと、柿生で降り、
地図を見ながらぶらぶらと鶴川駅まで散歩する。
KingGPSってアプリでログを取ったところこんな感じ。
ぐるりと遠回り。川沿いに歩くつもりだったが途中で気が変わって丘を越えてみた。
ほんとは沢谷戸自然公園に立ち寄るつもりが、道を間違えた。
まあそのおかげで横穴墓見学できたからよしとするか。いいのか。
白坂横穴古墳群。7世紀頃のもの。
つい古い道を探して辿ってしまう。
これなんかいい感じの坂道。
 丘を越えて鶴見川に出ると、
川沿いに天保10年の馬頭観音塔を発見。馬持講中と書いてある。
その脇に蝉の抜け殻が2つ。

ただ、川沿いという立地はちょっと不自然であり、
鶴見川の流路工事、あるいは鶴川街道拡幅に伴ってここに移動したんじゃないか
という気がする。

友だちと合流して鶴川駅のとっても昭和なカフェで昭和なフラッペを食う。

鶴川駅の北側は里山である。まあ今は住宅地だけど。
その山を少し上り、猫を愛で(コンデジしか持ってかなかったのが悔やまれる)、
夕焼けがきれいだったのでちょいと撮り、
丘の上から夕焼け。XZ-10。
再び駅に降りて解散。
ちょっとした鶴川散歩はこうして終わる。

帰宅すると、大宮がベルデニック監督解任という衝撃的なニュース。
えっと、Jリーグの連勝記録が止まったあと5連敗したのは確かですが、
まだ4位につけてるのに解任とは、常識的にあり得ないわけで、
7月にヘッドコーチがテクニカルディレクターに異動というニュースも加味すれば
たぶん、その頃から内部で不協和音が発生し、
あれやこれやの大人の事情があって、5連敗という大義名分もあるし、代表戦があるから1週間空くし、ここで終わりにしましょう、となったのだろうと想像するんだけれども、
その辺は、大宮アルディージャを追ってたサッカージャーナリストの方がちゃんと取材して明らかにしてくれるでしょう。

イチサッカーファンからみると、あり得ない解任なわけだけれども、
考えてみたら、グランパスの監督をしてたときもシーズン途中(8月)で解任されたし、
ベガルタ仙台の監督時代も11月で解任されてて、
wikipediaを見てもスロベニア代表監督を3年つとめた以外はすべて1〜2年でやめており、
ぶつかりやすいのかもしれない。
ズデンコ・ベルデニック - Wikipedia

ベルデニックが加茂監督当時のフリューゲルスのコーチをしてて、
「ゾーンプレス」という概念を日本に持ち込んだ人だった、
というのはwikipediaで初めて知りました。








2013/08/10

猛残暑だからオフ

猛暑体験でもするかってんで(違うけど)
表参道へ行って買い物に付き合ったり買い物したりする。
にしても、猛残暑だな。
の割に、電力不足の話題が出てないな。
Powershot N。表参道。レクサス。
夜はJリーグ三昧。
グランパスは無事5連勝し、サンフレッチェは無事首位を守ったので
我が家は平和。問題は両者が戦う次節だ。

単行本の原稿は明日から書く!←たぶん




2013/08/09

都会で打ち合わせの日

神保町の晋遊舎で打ち合わせ。
帰宅してから、神保町の小学館で
本社ビル建て替え前の漫画家による大落書き大会が開催されてたとしり
悔しい思いをする。うう。マメにTLをチェックしてれば気づいたのに。
まだまだSNS依存が足りませんな。
なにこれ見たい!:取り壊される前に漫画家集まれ! 小学館ビル壁面で落書き大会やってるぞ - ねとらぼ

くやしい。近くにいて、1時間ほど時間があまってたのにー。
夏の神保町。Powershot N

夕方からは表参道で週刊SPA!の人に取材を受ける。
スマホに追われたコンデジはどうなるか、てな話。
まあ大変ですな。
でも「コンデジ」というジャンルに限れば大変だけど、
「写真を撮る人が増えた」という観点で見れば楽しいことになってると思います。
iPhoneで撮ってもコンデジで撮ってもRX-1で撮ってもライカで撮っても
写真は写真なわけで、どのカメラで撮ったから良い、ってことはありません。

帰宅して、ITMediaのインタビュー記事をなんとか書き上げてメール。


2013/08/08

長い残暑がはじまったようです

ascii.jpに猫連載を書いてメール
ITMediaに撮影術の連載を書いてメール
ITMediaに富士フイルムのインタビュー記事の……途中でダウン

とまあ、家にこもりながら仕事してると
当然、TwitterやらFacebookやら各種ニュースサイトで
息抜きと称して現実逃避するわけですが、
みんな、炎天下でも活動的だなあといつも思うわけで、
今でもたまに大手メディアさんなどでSNSなんてやってないがという人が
SNSなんてしてないで外に出ようなどとしたり顔でいったりしておりますが
わたしが知る限り、みんな外に出てます。
想像以上に外に出て人にあったりイベントに顔を出したりしております。
たぶん、SNSの登場で、外に出る機会が増えた人の方が多いと思います。
なんてことない小さなイベントが毎週の様に開かれてて、
その多くが盛況で、
今まではそのジャンルの専門誌の片隅でしか知り得なかったイベントでも
ネットのおかげで誰かが「これは面白そう」と思ったら、
同じ興味を持つ人の間に一瞬に広まる世の中ですから、
「こんなイベントがあるなんて知らなかった、面白そうだから行ってみよう」
と感じる機会は飛躍的に増えていて、
そもそも外に出ない人はSNSがあろうがなかろうが出ないわけで、
全体としてはSNSのおかげで外で人とあったりイベントに顔出したりする
ようになった人の方が多いんじゃないかと
そういう実感があります。
みんな活動的すぎます。
でもわたしは家で仕事をしてるわけです。

2013/08/07

炎天下の長瀞へ撮影に行く(後編)

前編はこちら→混沌の屋形風呂: 炎天下の長瀞へ撮影に行く(前編)

・かき氷屋が臨時休業してて大ショック

15時にもなったし、かき氷でも食って帰るか、と
長瀞駅前から宝登山参道を上り、「阿左美冷蔵」宝登山道店に向かって歩くも
なんか様子が変。店の前でうろうろしてる親子連れが。

なんと、臨時休業でした。がーん。これは大ショック。
長瀞でかき氷を食うのが目的のひとつだったのに。
諦めきれずうろうろしてる子供
本店なら開いてるそうだが、そこまでいく元気は残っておらず、
せっかくだから宝登山にロープウェイで登るか、と思ったけどそれもめんどくさくなり(宝登山は30年近く前に一度登ってるし)、
駅前にある「阿左美冷蔵」暖簾が出てるかき氷屋のどれかで食べてすまそうととぼとぼと歩いていると、
道の反対側で猫発見。

きれいなハチワレの猫だったのでそれを追いかけて道路を渡ってみると、
射的屋兼かき氷屋の猫だったのでした。

あらー。
というわけで、それも何かの思し召しかとそこでかき氷を食うことに。
おそろしや招き猫。猫には勝てません。
氷をきちんと掻いてます。すばらしい。

抹茶ミルク

ちょっと高かったけど、昔ながらのめちゃ背の高いかき氷が出てきて、
それがまた旨くて満足。

・秩父鉄道で御花畑へ

帰りの電車を調べると、どうも西武秩父駅には秩父駅ではなく御花畑駅で乗り換えるらしい。なんともよくわからんが、それに合わせて秩父鉄道に乗る。
途中、和銅黒谷駅を通過する。
この辺で「和銅」が見つかったんだよなと車窓をみると、
山の斜面に「和銅」と書いてある。
斜面の岩肌に「和銅」と書いてある

きっとあの辺が採掘地址なんだろう。
今度、仕事抜きでゆっくり遊びに来たとき、訪れてみたい。
「和同開珎」 和銅遺跡

・秩父と和同開珎

今や秩父というと埼玉県のはずれというイメージなんだけれども(だよね?)、
実は歴史はすごく古いのだ。

かつて埼玉・東京・神奈川(の川崎市と横浜市あたり)は広大な「武蔵国」だった。
この武蔵国は、古代(7世紀頃。飛鳥時代)、「知知夫国」(ちちぶ)と「无邪志国」(むさし、あるいはむざし)の2つが一緒になって成立したもので、「ちちぶ」はひとつの国だったのである。

その後、704年、秩父で自然銅が見つかって朝廷に献上され、
それを喜んだ天皇が元号を「和銅」とあらため、さらに銅貨「和同開珎」(わどうかいほう)を発行したのである。
日本書紀に書かれるような大ネタがそこにあったのである。

秩父は山の中だけれども、荒川の上流にあり、広い盆地があり、荒川を使った水運で江戸方面につながるし、荒川に沿って熊谷まで出れば、当時武蔵国よりずっと大きな勢力を持っていた毛野国(けぬのくに。後の上野国・下野国、今の群馬県・栃木県)にほど近く、大昔から開けていたのである。
そういう意味ではよい場所だったのかと思う。
和銅も船で浅草から品川、さらに尾張の方へ運ばれたんじゃないかと思う。
にしても荒川ってすごいな。

その後、平安時代後期のこと、
上総国に腰を据えた桓武天皇の孫である平高望は上総国国司として東国へ下り、
任期が終わっても都には戻らず、そのまま土着した。
都に戻りたくない事情があったのか都に戻っても臣籍降下した身では出世も望めず、それなら東国で力を持った方がいいと考えたのかはしらないけど。

その末裔の一人が秩父を領して秩父氏となったのである。
秩父平氏の末裔には、中世の武蔵国で活躍した、
豊島氏・江戸氏・川崎氏・川越氏・葛西氏・畠山氏など錚々たる面々が揃ってる。
畠山氏は熊谷とか深谷市のあたり、さらに川越・豊嶋・江戸・葛西って名前をみると、いい感じに荒川沿いをおさえてる。
水運が重要だった時代に荒川を抑えてたってことで
どれだけ勢力を誇っていたか想像できる。

・御花畑駅と西武秩父駅

秩父鉄道御花畑駅で降り、5分ちょっと歩いて西武秩父駅へ。
知らないとわけわからん乗換である。
御花畑駅は荒川沿いの低地にあり、
西武秩父駅は荒川沿いの河岸段丘の上にあるので
平面上はすごく近いのだが標高差がちょっとある。
右が秩父鉄道(単線)。左にちょっと上る線路が西武秩父線とつながっている。
左上、ちょっと高い場所に見えるのが西武秩父駅なのだ。

だから少し上る。でも秩父鉄道とつながる線路もあり、直通運転もあるそうな。
秩父駅の前には西武っぽいテイストのアーケード商店街が作られていて
秩父でとれたカエデから作られたメープルシロップを使ったジェラートを食う。
カエデネタ満載でありました。

・レッドアロー号

西武秩父駅からレッドアロー号で池袋へ。
車内では寝てようと思ったのに、車窓の風景が面白すぎてねむれん。
山の中をクネクネと走るんだが、途中、廃墟っぽい巨大な施設脇を通ったり、谷地に集落がぼかんと現れたりと見てて飽きないのだ。
その都度、グーグルマップを立ち上げて現在地を確認したりしてるとねむれんのである。
やがて飯能駅に到着。
ここで前後が入れ替わる。
前を向いて池袋まで行きたい人は自分で座席をひっくり返さないといけない。
そうしている客も数人いて
わたしもそうしたかったのだが、後ろに席の人が熟睡しており、
勝手にひっくり返すと対面になっちゃうわけで、起こすに起こせず
結局後ろ向きのまま池袋へ。
いやはや、面白い特急だこと。

ともあれ、所沢から池袋まで熟睡。
でもって帰宅。


遠かったけど面白かったわ。


炎天下の長瀞へ撮影に行く(前編)

朝早くに起きて長瀞に行ってきたわけである。
なぜ長瀞か。
ITMediaの打ち合わせで8月分の連載は何をネタにしようとなったとき
誰かが、長瀞のライン下りなんかいいんじゃないかといいだしまして
いつの間にかそういうことになってたのだ。
調べてみたら、うちから3時間くらいかかるやん。
3時間かけて出かけて6時間かけて撮影とかして3時間かけて帰ってくるのか。
ぐはっ。

行きと帰りが同じではつまらないので、
・行きは湘南新宿ラインのグリーン車で熊谷まで行き、秩父鉄道で長瀞へ
・帰りは長瀞から御花畑(すごい名前の駅だな)-西武秩父(西武線と秩父鉄道の乗換駅が秩父駅じゃなくて御花畑駅ってとこもシュールだ)と乗り換えて、レッドアロー号で池袋へ
という計画にする。
iPhoneアプリ「moves」による経路。いやあ遠かったわ。

・グリーン車の中にスマホを置き忘れた!
湘南新宿ラインにグリーン車がついてるのはありがたい。座ってのんびりと出かけられるし、その気になれば眠れる。
でも、大宮を過ぎると客がぐっと減り、そのせいか冷房がきつく感じられるようになる。
寝るには寒いのである。
困ったな、と思ってたら、鴻巣駅で「快速アーバン」とやらと待ち合わせるとアナウンスがある。アーバンなら熊谷までひと駅なのでちょっと早く着く。
早くついて熊谷駅で何か食べるのもいいなとそこで湘南新宿ラインからアーバンに乗り換えたのだ。
で、熊谷駅に降りて改札を出ようとすると……スマホがポケットにない。
iPhoneはあるけど、Android機の方がない。こいつはおサイフケータイなのでないと改札を出られないじゃないか。
どこで落としたか。
とほほほ。

可能性が高いのは湘南新宿ラインのグリーン車である。
モバイルSuicaグリーン券でタッチしたところまでしか記憶にない。
ポケットから座席に落ちたまま気づかなかったに違いない。
そういう仮説をたて、
せっかくアーバンで数分早く到着したのに、
そのホームでさっきまで載ってた湘南新宿ラインを待つことになったのである。
駅で該当の湘南新宿ラインに連絡を入れて探してもらってもよかったのだが、
あと数分でホームに入ってくるのがわかっていたので
その時間が惜しかったのだ。

電車がついたらすぐ乗り込んで自分が座ってたあたりの座席を探さねば、
とグリーン車が止まるあたりでじっと待っていると
電車がはいってくる。
そしたら、グリーン車担当の車掌(でいいのか? 正式にはグリーンアテンダントというらしい。略したらGA?)のおねえさんが、扉の内側で手に白いものを持って立ってるではないか。
扉が開く寸前、互いに意志の疎通が完了し、
扉が開いた途端、わたしが置き忘れたスマホをおねえさんがにこやかに渡してくれたのであった。
すばらしい。

だって、湘南新宿ラインは各駅停車だから、鴻巣から熊谷の間に何駅か止まるわけですよ。その途中のどこかで車掌さんが駅員に「忘れものがありました」と渡しちゃったら、終わりなわけです。
もしかしたら忘れ物を集める駅が決まっててそれが熊谷だったのかもしれないんだけれども、わざわざ目立つようにスマホを持った手を上に上げて扉の前に立ってたということは
熊谷駅でわたしが待ってるかもしれないと予想してたわけで、
(でなければ手に持って立ってなくてもいいし)
なんとも素晴らしい対応をしてくださって
ありがとうございましたとここで感謝させていただきます。
ちゅっ←それはいらん

なんか、電車内の忘れ物をこんなに素早くスムーズに取り戻せるなんて想定外で
機転を利かせてくれたグリーンアテンダントさまにちょっと感動いたしました。

・秩父鉄道で扇風機だけの車両に乗る

熊谷駅はやはり暑かった。
改札を無事に出て秩父鉄道に向かい、長瀞までの切符を買い、
ホームで待つ。
3両編成の真ん中の車両に何気なく乗り込んだら、暑い。
天井に扇風機が6個もついててそれがフル稼働してる。
冷房がないのである。
よく見るとJNRのロゴが!

窓の上に前後の車両には冷房がありますと貼ってある

どうやら「1両目と3両目は冷房車両で、2両目だけが違うらしい」。
天井をよく見ると、JNRのロゴがはいった扇風機もまじってる。
旧国鉄の冷房がない時代の車両が混じってるのだ。
これは面白い、ってんで、その暑い車両に乗る。
前後の冷房付き車両の方が混んでるんだが
(わたしを含めて)わざわざこの暑い車両に残ってる客もいて面白い。
でも、みんな窓を開けない。謎である。
窓をあけようよぉ。
しょうがないのでわたしだけ後ろの窓を開けて風を浴びながら長瀞へ

・長瀞駅に到着してすぐライン下りへ

長瀞駅を出ると目の前にライン下りの券売所がある。
とりあえず今回はライン下りに乗らねばならないので
さっそくそこでチケットを買う。
チケットにはAコースBコース、A+BのCコースがあり
もちろん一番長いヤツ。ちょっと高いけど長い方が撮影チャンスが多いし。
まあ、急流っぽいのを楽しみたいのならAコースだけでいいけどな。

チケットを買ったら線路の反対側でバスに乗せられ、
ライン下りの出発地点まで運ばれるのだ。

チケットを買って駅前の喫煙所で一服してたら
券売所のおねえさんが「すみません、もうすぐバスが出ます」
と走ってきたので、あわてて火を消す。
マイクロバスは満員でありました。平日なのにさすが夏休み。
バスで河原へ

・ライン下りに乗る

バスが上長瀞駅より少し上流にある河原に到着。
そこに木製のボロい船がいくつかつけられている。
それに乗るのである。
後ろから詰めて乗る。

並んでいた人が全員乗っても二人分くらい席が残ってたので、
船頭さんに断って先頭に移動させてもらう。
やっぱ先頭が一番濡れそうだし。写真撮りたいし。
そして客は全員ライフジャケットを着る。

出発。

んーん。川は気持ちいいぞ。
おだやかな水面と時々現れる激流のギャップが楽しいですわ。
激流時は思い切り水をかぶるのでそれもまたよし。
川では泳いでる人、ラフティングを楽しんでる人、岩から飛び込んでる人などいろいろいて、古くからの行楽地だなあと思わせてくれる。
これはよいところですわ。
いざ出発。先頭に乗らせていただきました。

秩父鉄道の鉄橋をくぐる

水しぶき!
船頭さんの背中

途中、Aコースのみの人が数人降りるために接岸。
河原で女子3人組が手をピースしてた。
船上からカメラを向けられたのに呼応してのピースってことは
撮られてるのがわかっていたわけで、
だったら載っけても大丈夫だろうってことで載せます。
カメラを向けたらピースしてくれた女子3人。この反応の良さは夏ですなあ。
後半は比較的おだやかで、風景を楽しみつつ下る感じ。
かえる岩です

ちなみに、カメラはOM-D。レンズはパナの12-35mm。一応防塵防滴カメラと防塵防滴レンズのコンビってことで。

・ラフティングがめちゃ楽しそう

ライン下りが終わったら長瀞駅までバスで戻り、その辺でそばを食い、
歩いて河原へ。
河原の長瀞石畳を上流に向かって写真を撮りながら歩く。
ライン下りを岩畳から撮る
見てると、ライン下りのみならず、
ラフティングツアーのゴムボートがめちゃ多い。
みんなめちゃ楽しそうである。
ボートから下りて泳いだりしてるし。
あーー。今度はあれで遊びてーーーっ。


うが。
なんて思いつつ、熱中症で倒れないよう注意しつつ
写真を撮る。
岩場で激流にボートがツッコムところなんざもう楽しそうでたまらん。


15時近くになり、飲み物も切れてきたので河原から獣道みたいな道を辿ってなんとか道路に出て、長瀞駅へと歩いて戻る。
また岩畳を歩いて戻ってもよかったのだが、飲み物が切れたので自販機が必要だったのだ。この天候で飲み物切れは死活問題だもの。

(長くなったので後編へ)