また地形と災害の関係や
地名の話が出てきてるわけで
そういうことに人々が関心を持つのはうれしいわけだが、
中には乱暴な言説も見受けられるわけで、
特に地名ネタ。
たとえばこれ
→災害の記憶をいまに伝える 日本全国「あぶない地名」 この漢字が入っていたら要注意!(一覧表付き) | 賢者の知恵 | 現代ビジネス [講談社]
いってることは概ね間違ってないのだけど、
自由が丘の話はちょっとひっかかる。全体としては古い地名には気をつけよう、なのに自由ヶ丘だけは昭和の地名だ。古くもなんともない。
都内屈指の高級住宅街、東京都目黒区自由が丘。「住みたい街」ランキングでは常に上位にランクされるこの地に、戦後から暮らす80代の男性が自由が丘の過去について、驚くべき証言をした。
「この辺りには、かつて大岡山から大蛇が襲ってきたという言い伝えが残っています。おそらく水害をなぞらえているのでしょう。今では考えられませんが、かつてこの地では、子供が溺れる水難事故が多かったようです」
男性によれば、'14年秋のゲリラ豪雨の際、家の目の前のマンホールから水があふれ、蓋が浮くほどだったという。さらにこれ。2014年7月の記事なんだけど。
→ゲリラ豪雨で水没懸念の東京エリア 渋谷、三茶、田園調布も│NEWSポストセブン
基本的には間違ってないのだけど具体例にヒドいのがまじってる。
ひとつは自由が丘。
自由が丘には過去に農業用水を確保するための六郷用水がありました。ここも水が溢れやすい場所ですえっとですね。六郷用水は自由ヶ丘を流れてません。自由ヶ丘を流れてるのは九品仏川です。
さてどちらも「自由ヶ丘は危ない」的な話なんだが、
自由ヶ丘の由来と地形を見てみると一発でわかる。
自由が丘のという地名は、昭和初期、「自由ヶ丘学園」が作られたことによる。
で、語源となった自由ヶ丘学園は、上の地形図を見るとわかるとおり、
ちゃんと「丘の上」にあるのだ。水害が起きる場所じゃない。
ただ「自由が丘」という地名がこのあたり一帯につけられ、
自由が丘駅が「九品仏川」の谷筋に作られた(このあたり、線路が高架なのですぐわかる)ことで、自由が丘は低地というイメージになってるけど、
本来の自由が丘はちゃんと「丘の上」なのだ。
自由が丘が危ないのではなく「自由が丘駅周辺は低地だからあぶない」
としなければならない。
「本来の自由が丘」は高台なので水が溢れたりは(普通は)しないのだ。
Newsポストセブンのコラムはもうひとつすごいデタラメが入ってて笑える。
地名から過去の土地利用のされ方を知り、危険を推し量ることもできる。高級住宅街として知られる田園調布は地名に「田園」とあることから類推できるように、「かつては田んぼで農業用水がそこに引き込まれていた。つまり、川が氾濫すれば水に浸かるということ」(同前)なのだ。えっと、どっからつっこんでいいのかわからないレベルだが、デタラメはこの2つ。
・「田園調布」は古い地名じゃなくて、あとから付けられた瑞祥地名に近い。
・「田園調布」の「田園」は田んぼじゃなくて「田園都市構想」(エベネザー・ハワードが提唱した考え)から来てる。調布(調布村だった)の田園都市だから「田園調布」なのである。
見ての通り、本来の田園調布は思い切り高台である。
田んぼだったことなんて(多分)有史以来、ない。
今は「田園調布」という住居表示の範囲が広がっているので、
かつて川沿いだった低地も「田園調布」だったりするが、
本来の田園調布は高台である。
だったら世田谷区の「成城」は昔、お城があって城址でも残ってるんかい、といいたくなるではないか。んなわけない。成城学園ができて、それが地名になったのである。
このコラム、もうひとつ凄いこと書いてる。
国道246号線沿いの池尻、三軒茶屋周辺は周囲より一段と低くなっている。烏山川や蛇崩川など小さな川がいくつかあり、豪雨になるとその近くでよく水が溢れるのです。確かに池尻は地名的にも地形的にも目黒川沿いの低地であり、烏山川と北沢川が合流する地点なので、昔から洪水は多かった、というのはいえる。だいたい合流地点はやばい。ちょっと前までは善福寺川と神田川の合流地点でよく水も溢れてたし(今は地下に貯水タンクができたので、そうなる前にそこに水を一時的に逃してる)。
でも三茶まで来ると、烏山川と蛇崩川に挟まれたちょっとした台地なのである。
なぜ周囲より一段と低いなんていえるのかがわからん。
取材した記者がダメな人だったのかもしれない。
池尻は低いけど、三茶はまったく低くない |
大事なのは「今の地名」は昭和30年代に施行された「住居表示に関する法律」によって
住居表示が整理されたため、古くてて狭い地域を示す地名が消え、大きな枠になった結果であること。だから「田園調布」のように人気のある地名はすごく広い範囲に及ぶ。
よって、
地名からその土地の性格を知るには「今の地名をみてもダメ」ということ。
特に昭和になってつけられた瑞祥地名はアテにならない。
見るなら「明治・大正以前の古い地名」でなきゃいけないのだ。
いやそれどころか、古い地図を見ると一発でわかる。
これがかんたんでよい。
埼玉大学の「今昔マップ」である。
→今昔マップ on the web:時系列地形図閲覧サイト|埼玉大学教育学部 谷謙二(人文地理学研究室)
知りたい土地の古い地図を見て、水田だったらそこは低地である。
等高線もしっかり書いてあるので谷地もわかるし、
等高線の幅をみれば急斜面かどうかもわかる。
現地に行くと、バス停や公園名などに旧地名が残ってたりする。
それを見つけるのも面白い。
古い危ない地名はけっこう衝撃的なのでネタにしやすいのだが、
(蛇崩とか渋谷とか市ヶ谷とか)
それを今の住居表示エリアに割り当てず、
その地名が本来意味した場所を知らなきゃ意味が無いのだ。
たとえばうちの近所に「希望ヶ丘団地」って高度成長期的団地がある。
「丘」とついてるけど、棟と棟の間に「暗渠」があるのだ。
烏山川暗渠。えっと、丘の上に自然河川の暗渠があるわけないやんか(笑)。
ちなみに、団地裏に公園がある。この公園「葭根公園」という。
昔のこのあたりの地名だ。「葭根」……つまり、アシの根……
思い切り低地地名やないかー。
まあそういうもんです。
なんだかなあというわけでつい書いてみた。
危ない地名は危ないんだけど、危ない地名の表す範囲が昔とは違ってたりするので
ちゃんと調べましょうねという話。
気候が極端になり、災害が起きやすくなってる昨今、
住んでいる(あるいは住もうとしてる)土地に知っておくべし、
という話は間違ってない。
あ、今回の図は全部、
うちのMac上で動いてるParallels Desktop 11上で動いてるWindows10上で動いてるカシミール3Dを使いました。地図と地形データは国土地理院のものです。
1 件のコメント:
大変真っ当な内容ですね。というか世の中にデタラメが多すぎるのですが、、
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