2022/09/01

0901:谷中と靍護稲荷と石稲荷と三島神社の日

カメラとTHETA Xを持ってフィールドワークの日。

まずは千駄木から谷中へ。

庇のビニールがなくなり古い看板が現れた精工堂。上下の新旧がいい。

この道、面白い三叉路

ねんねこ屋の前を通ると、最後の猫が亡くなってしまったというのでねんねこ屋神社が横にできてた。


さらに坂を登ってヒマラヤ杉に向かうと、みかどパンも高齢化のため閉店。



このあたり、数年ほど訪れてなかったけど、時は流れていたのだなあ。

このまま寛永寺を経由して鶯谷駅へ向かう新坂から根岸方面へ。

寛永寺根本中堂。川越から移築したもの。

旧東照宮別当とある。藤堂家開創の寺院。

鶯谷のダンスホール。

おのてるにも立ち寄るけど、

今日訪れたかったのは、靍護稲荷神社(松坂屋の屋敷神)と下谷三島神社。

靍護稲荷は、以前「銀座いなり探訪」でGINZA SIXの屋上稲荷を取材した際、本社は鶯谷にあると教えて貰って以来、一度行きたかったところ。
最近整備されたようで、
ライフ東日暮里店の裏に鎮座しておりました。
ライフのオープンが2021年だというので、たぶんそれに合わせて整備されたのでしょう。
かつては松坂屋の舎宅があった場所であり、だから松坂屋の屋敷神があったのだ。
ちなみに松坂屋の前身は名古屋の伊藤や。上野松坂屋は江戸時代に買収した。

鳥居を奉納した上野松坂屋の藤栄会。篆額の伊藤は伊藤家の何代目か。

靍護稲荷神社の参道


靍護稲荷神社から下谷三島神社へ向かう途中、
御行の松不動尊。
ここの松は、往古、奥州街道の目印になっていたという。


さらに古地図を見ながら不動尊沿いの水路跡を歩いて奥へ向かう。
途中猫にであったりしつつ歩いて行くと、小さな稲荷を発見。石稲荷というそうな。
参拝していた方にどこが石なのかと尋ねると、裏の本殿を見よという。
うん、確かに岩の上に本殿がある。ご神体の石は本殿におさめられているのか。


石稲荷の本殿。岩の上に鎮座している。

ここは元三島神社の氏子で、すぐ近くに下谷三島神社があるのだけど、元三島と下谷三島は仲が悪くて、とか、今の人は全然整備してくれないとか、そんな地元のじいさまっぽい話を聞かされるがそれが面白い。

そうこうするうちにいよいよ空が暗くなり、まもなく大雨が降るとの通知があり、
あわてて、三島神社をちょっとだけ見て、入谷駅へと向かうのであった。


で、だな。
鶯谷に「元三島神社」なんて名前のがあると、もともと三島神社があったのが鶯谷でこちらの下谷三島神社に遷座したあと、元の地に再度勧請された、的なイメージになるけど、調べるとかなり違っててややこしい。

まあ、上野にあった三島神社がなんやかやあって浅草の近くに遷座させられて、でも氏子が遠くなって困るというので、元三島神社と下谷三島神社がそれぞれ別の神社があった場所に分霊が勧請されたということのようである。

なんともややこしい。
最後に1枚THETAものを。
見知らぬおっちゃんと猫談議してるの図。









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