TransMobillyの16インチのフォールディングe-bikeの記事を書くべく、輪行する日。
千歳船橋駅まで自走し、自転車をたたんでオーストリッチのチビ輪バッグに入れ、乗車。
目的地は小田急多摩センター。駅前で折り畳んだ自転車を戻して、つらつらと地上に出る。
そこから南下して多摩ニュータウンを越え、一本杉公園へ行くつもりが道を1本間違えてキヤノンスポーツパークの前の坂をどどっと半分ほど下りた時点で「あれ?なんかおかしい、道を間違えたぞ」ってことでしばし悩み、このまま下っても最終的な目的地には着くのだけど、いや初志貫徹だ、どうせ電動アシストだからなんとかなる、と反転したのだが、このTrans Movillyは軽くて小さいのだけどパワーに欠けてて急坂は得意じゃないのだった。
でもなんとか上り、キャノンスポーツパークの北側をぐるっと回り込むような道(これは古道のひとつなのだ)を走ると途中で祠を発見。やっぱ古道だ。
で、一本杉公園通りに出て南下し、「古道の森」をチェック。ただこの自転車でそうはするのは難しそうだったのでちょっと戻り、別の道を南下する。これは明治の道だったっけ。
昔ここを走ったとき、崖にいくつか石仏があった記憶があり、どこだったかとチェックしながら走ってて発見。庚申塔だった。
さらに南下し、途中で左折して関谷の切り通しへ。そこで撮影。この切り通しって「輪行で遠くまで来ました感」出るからね。
そして布田道を現鎌倉街道へ抜け(農道っぽくて走ってて楽しい)、
現鎌倉街道を南下、「小野路」交差点の手前の細い道を左に入る。これが旧道で斜面途中の細い道がいい感じに残ってるのだ。途中、何人かのロードバイクとすれ違う。
自転車で走りやすい道としてよく知られているのだろう。
わたしは単にスーパー地形に明治期の地図を表示させて今でも残ってる道があればそれを最優先って感じでやっております。
現代地図。黄色く塗られているのが現代の道。 |
明治後半の地図。ログでわかるとおり、旧道を辿るのであった。 |
そして芝溝街道に入って旧道を走り、古社古刹に立ち寄ったりしつつ鶴川駅へ。
少し余裕があったので鶴見川の南へ回り、賽の神や庚申塔をチェック。
そして鶴川駅から輪行で戻る。
夜、ITmediaにEOS R100の1stインプレッションなコラムを書いて送る。
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