2026/07/22

0722:疎遠スパイラルとはおそろしいもので

一度途切れた習慣というのは怖ろしいもので、

1995年12月からほぼ毎日書いていた日記でありますが、

2026年4月22日を最後にばたっと終わっておりました。

おそろしや。

まあ、よくも続いたなってのはあるのだけど、

2026年5月は単行本の最後の追い込みで、ちょっとでも時間があると構成を考え、

執筆したり写真を整理したり地図を作ったりしていたので、

余裕がなかったのですな。

で、あとでまとめて書いちゃえ、と思ってたら2ヶ月半たってたという恐ろしさ。

このブログ形式の日記はもっぱら自分が「あの日は何をやってたっけ、どこどこへ出かけたのはいつだっけ」ってのを検索するために書いていたものなのであるが、

ここ10年くらいはそれがiPhoneの写真アプリの仕事になってきてたのもあり、

日記が後回しになっていたのです。

さてどうするかな。


とりあえず、2026年4月23日〜7月21日の日付の日記はあとから備忘録的に書いたものです。

2026/05/09

0509:川崎-横浜の日。横浜駅の変遷を辿る。

今回の単行本では川崎や横浜も扱う。

午前は川崎。

川崎は、川崎大師への大師道と大師鉄道。

近代を象徴する参拝列車として取り上げようってことですな。

で、行きは大師道を歩き、帰りは大師線で戻るという。


東海道沿いはほぼ昔の痕跡が無いので(川崎は工場地帯だったので空襲を喰らってるのだ)、途中「東海道かわさき宿交流館」でチェック。ここは無料で休憩もできるので必見。



旧東海道は鉄道で分断されてるけど、とりあえず六郷の渡しがあったとこへ。明治期の新大師道はこちらから。


大師道を東へ向かうと右手に地蔵、左手に庚申塔というたまらない一角が。
左手が若宮八幡。


八幡を参拝してみると奥にカナマラまつりで有名な金山神社が。
今まで知らなかったけど、八幡神社の中にあったんだ(鉄道敷設にともない、こちらへ遷座したそうな)。


いよいよ大師へ。かつて東海道と大師道の追分にあった道標がこちらに移設されているのである。


参道はいろいろと賑わっておりました。


午後は横浜へ。具体的には横浜駅の変遷。

今の横浜駅は震災後の3代目。


そこから南下。震災復興橋梁っぽい橋がいい。

そして2代目横浜駅遺構へ。

2代目横浜駅遺構は存在や場所は知ってたけど、訪問ははじめて。マンションの敷地で見つかり、そこだけ一般公開してくれているのだが……マンションの大規模修繕工事がはじまってて近づけなかった。がーん。


まあしょうがない。

横浜駅遺構のすぐ近く、JR高架下で何やら工事してるのだが、そこにレンガ遺構発見。2代目横浜駅に関係ありそうな遺構なのだけど、どうするんだろ。



そこからはシェアサイクルで初代横浜駅(桜木町駅)へ。

一部東横線跡が遊歩道になってる。26年前、このあたりで文月さんや伊達さんとモデルさん撮影したのが懐かしい。すべての壁に何かしら描いてあったんだが、今はすっかりのっぺり。



初代横浜駅は桜木町駅の新南口あたりにあった。出入口は南側で、横浜港から直接アクセスできるように作られていたのだ。

数年前に新南口脇にオープンしたビルの1Fが無料の初代横浜駅歴史展示室になってて(ちょうどそのあたりに駅があった)、実に充実しているのであった。すばらしい。


この歩道あたりに初代横浜駅のホームがあった。