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2026/02/15

0215:嵐山町の鎌倉街道上道ツアーの日

友人らに誘われて、埼玉の鎌倉街道&嵐山史跡博物館の記念公園。

嵐山町の鎌倉街道上道。

昭和の鎌倉街道案内(JRじゃなくて国鉄!)

鎌倉街道

左隅に道標(大正だっけ?)

笛吹峠(笛吹峠の合戦は実際にはなかったそうな)



将軍沢から縁切橋。


大蔵館跡と源義賢墓所

大蔵館跡。源義賢の館があり、ここで討ち死にした。


小川町で茄子おやじのカレー。茄子おやじといえば下北沢だけど、下北沢の店は初代茄子おやじが店を畳んで埼玉へ戻る際、その味を惜しんだ人が店を受け継いだもの。そして初代は埼玉県小川町でランチのみのカレーをやってるのだ。

わたしは1990年代に下北沢で茄子おやじのカレーを食べていた口であり、あのときの味(今の下北沢の茄子おやじよりまろやかだと思う)を再び味わえるとは思わなかったのである。ちと感動。



そして主目的へ。

嵐山史跡博物館で記念講演を聞いて、博物館。

企画展は「東山道と鎌倉街道」。これはみないとな。

記念講演はほぼ鎌倉街道発掘の話で、企画展も鎌倉街道メインでした。

鎌倉街道が描かれた江戸期の絵図が貴重で、情報量がすごく多い、という話を、企画展でばったりお会いした記念講演された教授に伺う。


その後、

鎌形八幡神社と源義仲生誕地といわれる班渓寺。



充実のツアーでありました。

源義賢の大蔵館があったり、木曽義仲生誕地だったりするので

源氏伝承ばかりかと思いきや、坂上田村麻呂伝承が多くてびっくり。

将軍神社とか縁切橋とか鎌形八幡神社とか。


縁切橋の、都から追いかけてきた妻との縁を切ったという伝承はさすがにもうちょっといい話にできなかったのかと思ったけど、それはそれとして、

ちょっと東にある東松山市にちょいと大きな坂上田村麻呂伝承があり、その関連かもというけど、現地へ行かないと感じ取れないことがやっぱ多いですな。


2025/03/27

0327:鎌倉の日-その2-

2度目の鎌倉の日。

前回と同じスケジュールで、と思ったら、前回は休日、今日は平日やんけ。

電車の時間がちがうー。

なのでちょっと早めに行くことになったが、時間に余裕がある分、駅前のエクセルシオールでモーニングセット+一服。このパターンはいいかも。

平日のメリットがひとつ。

窟小路沿いのマンション建設現場で鎌倉時代の街道跡が発掘されたのだが、

その前を通りがかったとき、発掘の真っ最中で、

しかも、学芸員の方が現場にいて、我々(約30人)を招き入れて解説してくれたのだ。

すばらしい……一番悦んでたのはわたしだったのだけどな。



石が敷き詰められた道路跡がわかるだろうか。


2025/02/01

0201:東京古道散歩の日

大森駅集合。


で、予想以上に大勢の方が参加してくれて嬉しい限り。

池上道を中心に、一歩奥の道にも入ったりして、

品川歴史館でちょっと休憩したのち、

古社古刹をめぐって、大手町駅ゴール。



シメはデニーズでミニパフェ。



2025/01/23

0123:大森から大井町へ

午前中、新宿で某な某。

午後は大森から大井町へ、2月1日の東京古道散歩の下見を兼ねて

ついでに、昨年のリニューアルオープン以来初めての品川歴史館訪問。

新しい展示、特に立体地形図にプロジェクションマッピングして品川区の歴史の流れを縄文期から現代まで見せるの、良いわー。

ああいうのでざっくり全体を把握してから個々の展示をじっくり見ると理解しやすい。






2024/11/30

1130:多摩センターで古街道と恋路稲荷神社

近所の街歩き仲間友人らと永山駅で待ち合わせ。

そこから、あれこれ多摩センターに残る歴史の残骸を散策しつつ


恋路稲荷神社と稲荷塚古墳へ。

パルテノン多摩で開催されている「恋路稲荷神社の秘密」展へ行く前に

実際の稲荷塚と神社を訪れておこうという趣向なのである。

地図を見ながら、名車墓場的なところを抜け、


恋路稲荷神社へ。奥に見えるのが稲荷塚古墳。


このあたり、古墳群があったのだ。

近くに臼井塚古墳があるようだから探してみようと和田さんがいうので

探してみると、臼井家の敷地らしい。

たまたま臼井家の方が外に出てらしたので声をかけてみると、

なんと古墳に案内してくれるという……削平されて古墳自体は残ってないけど、このへんでしたよと。臼井さん、おじさん3人組の突然の訪問にもかかわらずあれこれ説明してくれてありがとう。ここでお礼を。


話を伺うと、江戸時代に百草村から7軒の人たちが移住して開拓した、もともとは百草村の飛地で、その7軒のひとつが臼井家だそうな。旧家ですな。

さらに稲荷塚の話も教えてもらう。

集落で管理していた稲荷塚と恋路稲荷神社だが、多摩市へ管理を移管するにあたり、墳頂に宗教施設があっては引き受けられないってことで、稲荷塚から稲荷を下に降ろし、新しい社殿を設けたという。

なるほど。

良い話を聞けた。

ちなみに「恋路」というのはこのあたりのもともとの地名で、「恋路原」(こうじっぱら)といったらしい。


まあおそらく「恋路」ってのは当て字。元はどんな意味だったか。

臼井家を辞去してバス通りまで歩き、バスで多摩センターへ。


そこからパルテノン多摩。

「ここまでわかった古街道展」と


「恋路稲荷神社の秘密」展である。


古街道展は宮田先生の「歴史古街道団」のイベント。

各種研究成果の展示や講演で構成されている。

今回は「かわいい土木」で知られる三上さんも登壇されたと云うことで久しぶりに会う。

で、宮田先生と世間話しながら、恋路はもともとなんだったんでしょう?

と話を振ると、「あれは国府路ではないか」という。国府津は「こうづ」、国府路は「こうじ」と転訛するのはぽぴゅらーで、なるほど、国府路→こうじ→恋路となったと思えばしっくりくる。


で、もちろん国府路ってことは古道だったわけで、北上すると小野神社、一宮の渡し経由で府中へつながってた奥州古道だったんだそうな。

まさか、恋路が奥州古道までつながるとは思わなかった。

やはり第一人者の話は面白い。

でもね、それはそれとしておいといて、せっかくの「恋路稲荷」なんだから、縁結びの神様ってことにして、恋路まんじゅうとか恋路もなかとか恋路アクスタとか作って、古墳の上で告白するとうまくいくとか適当な都市伝説作ってやれば……←やめとけ

ともあれ、さんざん堪能したのち、イルミネーションを撮って帰る。

京王プラザホテルが解体されて更地になったおかげで、背景がヌケていい感じのイルミネーション作例が撮れたのだった。


ここんとこバタバタしてて、このように仕事とは関係ない趣味のフィールドワークはしてなかったから楽しかったわー。


2024/11/16

1116:府中の日

ヨークカルチャーセンター府中店での街歩き講座。

府中本町から多磨霊園駅まで品川道(初期甲州街道)を寄り道しながら歩く。


天候も良く、予定より早く駅についたのでちょいと「かなしい坂」まで足を伸ばす。

午後は保護猫シェルターqueueで猫撮影。
カメラはZ50II。





2023/10/31

1031:東京古道散歩の下見で目黒界隈

次の「東京古道散歩」は中目黒からの鎌倉街道伝承。

個々のエリアは知ってるけど、今回設定したコースで通して歩いたことはなかったので

下見にいく。

ついでに、めぐろ郷土資料館にも久々にいっていい資料があったら買いたい。

でも中目黒いって郷土資料館いって下見もして、となると電車だとしんどいなあ。

自転車で行っちゃえ、

ってことで久しぶりに自転車の日。

ややこしい交差点

パイナップル馬頭観音

終末支線

高額5xズーム猫

今日は湧水なかった

めぐろ歴史資料館が学校っぽいのは学校だったから

単なる道標と思っていたら、庚申塔でもあった

芦毛塚

碑文谷八幡宮は久しぶり

久々にそれなりに走ったら疲れたー。

数ヶ月前、iPhone 14 Pro用に買ったスマホホルダーはPro Maxでもちゃんと使えたのでよかった。


資料作成は明日にしよう。

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自転車用スマホホルダーAiriar



2023/08/19

0819:亀戸から平井へ歩きつつトークイベントへ

平井の日。

平井駅前にある平井オープンボックスで開催される

「「暗橋」で楽しむ平井さんぽ ~平井の本棚・半径3㎞の新たな出会い展 開催記念トークイベント」

へ。

「「暗橋」で楽しむ東京さんぽ」なる本を書いた暗渠マニアックスのおふたりと、旧町名の本を書いた102so(じゅうにそう=十二社、と読むそうです)さんのトークライブで、

暗渠マニアックスのふたりはもともとの知り合いで、「「暗橋」で楽しむ東京さんぽ」のブックデザインやレイアウトを妻が手がけていることもあり、

妻が招待されたのでわたしもくっついていったのである。

で、イベントは17時から。それまで時間があるなってことで、ひと駅手前の亀戸で下車して街歩きしながら向かうことにしたのだが、炎天下は暑かった。

亀戸天神はスルーし、

亀戸駅から北上してまずは香取神社。

香取神社は下総国一宮であり、江戸時代に武蔵国に編入される前はここは下総国だったのだ。

隅田川以東に香取神社が多いのはもそのせいである。ここの香取神社は665年創建という。



香取神社には「亀の井」という亀戸の地名の起こりとされてる井戸があったそうである。

亀戸の亀は、亀の甲羅のような州があったのが由来といわれており、海に近く、真水が得られる井戸は貴重だったのだろう。

665年創建というのがある程度の史実を含んでいるのなら、当時はこのあたりが陸地の南端だったと思ってよさそうだ。

さらに北上してスカイツリーがよく見える北十間川を渡り、

吾嬬神社を抜ける。

吾嬬神社はその名の通り、日本武尊伝承がある土地。当時、浮洲の森があり、吾嬬の森と呼ばれていたそうである。

吾妻神社の辺りや香取神社の辺りは往古は中川の河口あたりにいくつもの州があったのだろう。


吾妻神社の裏を抜けて行徳道へ出る。

行徳と浅草を結んでいた古い街道なのだ。

たぶん、江戸時代より前からあったんじゃないかな。場所的に。

平井は室町時代からある地名だし。

そして東あずま(ひがしあずま。あずまといえば東のことなので何がなんだかな地名ではあるが、このあずまは「吾嬬」のあずまなのだ。漢字だと東吾嬬。記紀によると、日本武尊が走水で失った妻を嘆いて「あづまはや」と言ったのが、東国を「あずま」と呼ぶ語源とあり、あずまは「東」を指す言葉であるから、「ひがしあずま」は「東東」なのだ)駅前で踏切を渡る。


当初は「平井街道」駅だったが(行徳道沿いに駅があるからね)、戦後「東あずま」駅に名前が変わったのだ。吾嬬神社があることからこの辺は「吾嬬」と呼ばれており、吾嬬の東だから「東あずま」なのだろうけど、もやもやする。

ともあれ、駅前のあんみつのお店でクリームあんみつをたべてひとごこち。


行徳道沿いに大井戸稲荷あり。由来は傍らに井戸があって旅人のノドを潤していたからという。やはり海に近い街道で真水が貴重だったのだというのが偲ばれるわけである。


行徳道を辿り、平井橋で中川を渡り、


旧道沿いに、道標、諏訪神社、平井聖天として知られる燈明寺を参拝し、




平井駅へ。

駅前で熱中症らしき症状で倒れた人あり、近所の人が助けようとしてる。

手伝おうと119番にかけるが、一向につながらず。

やがて、駅前の交番からおまわりさんがやってきて助けてくれる。

倒れた人を最初に見つけた人が交番に走ってくれたそうである。

次々と近所のお店の人が氷をもってかけつけたりして

下町っぽさを感じる。彼は無事回復したろうか。

そうこうしてるうちに時間になったので平井の本棚2F にある平井オープンボックスへ行き、トークイベントを楽しむ。



会場にはなんと「東東京区区」(ひがしとうきょうまちまち)の作者かつしかけいたさんもいらしててびっくり。

「東東京区区」は東京低地を散歩するマンガなのだけど、登場人物の多国籍感も含めて非常に面白いのでおすすめ。

東京低地の古道ってなかなか行く機会がないので、炎天下でへろへろになりつつも歩いてみてよかったわ。海に近い低地ならではの歴史が隠れてるもの。今は海も遠くなって、海沿いって意識はないけれども。