2019年5月31日金曜日

家を出ない日

ascii.jpに猫連載を書いてメール。
THETA Z1で猫を撮る話。
ITMediaのスマホカメラ関連企画の原稿を書いてメール。
明日の東京古道散歩の準備をする。

2019年5月30日木曜日

あれこれ撮影する日

スマートフォンで作例の日。

動画作例用に買ったプラレールで動画作例。
もともとプラレールアドバンストは持っていたんだが、
あれは動画作例にはちょいと小さいので
フルサイズのが欲しかったのである。
買ったのはVSEと千代田線車両。レールはプラレールアドバンストのをそのまま使えるので。


やっぱ、旧国鉄車両が欲しいなあ、こんど買おう。

午後は近所でデジカメの作例撮り。GRIII。
ついでに豪徳寺の招き猫を撮り、

そういえば土曜日は「東京古道散歩」でこの辺を歩くなあ、ってことで自転車で軽く下見したら、世田谷代官屋敷が工事中で見られないことを知り、ちょっとショック。
でも郷土博物館は開館してたのでちょいと豪徳寺について区の調査報告書を調べる。

実は、豪徳寺の「招き猫伝承」の初出を知りたかったのだが、よくわからず。教育委員会も真面目な報告書には出てこないし、江戸時代の地誌(江戸名所図会や新編武蔵風土記稿、四神地名録など)にも出てこないのだ。

夜は夜景作例のためちょいと日比谷へ。





2019年5月29日水曜日

まなたびで古道と古墳の日

小田急のOPカード事業部(といっていいのか?)がやってる
「まなたび」っていうカルチャーセンター的な事業があって
昨年から、地域ツーリズムの会社「結お〜くらんど」の依頼で
その街案内人をしてるのである。
今回は和泉多摩川駅から
旧登戸道(世田谷通りの旧道の旧道くらいの感じ)を歩いて
「猪方小川塚古墳」や「多摩川決壊の碑」、
「北向き地蔵」を経て、「籠屋」でランチ、
そこから喜多見へ向かい、喜多見古墳群と慶元寺と喜多見氷川神社、
最後は次大夫堀公園で解散、
というコース。

平日昼間開催なのに満員(ランチ場所の都合で、20人max)。

何度も訪れている場所だけど、やはりあの辺は面白い。
古墳も道標も古社古刹も揃ってるし、
どの駅からも遠いってのがよいよねえ。

帰りは成城学園前までバスで。

2019年5月28日火曜日

葛西臨海公園

葛西臨海公園でITMediaのお仕事。
駅の階段を降りてびっくり。
ガード下の店舗群が、NewDaysを除いてすべてなくなってる!
何度か使ったマクドナルドも。


2020年のオリンピックに向けた大改装中なんだろなあ。

まあなんというか工事中だらけである。
大変だ。

にしても葛西臨海公園は遠い。
E-M1 Mark IIのrawで撮ってLightroom Classicで現像。
仕事用のイメージカットも撮らなきゃいけないときはこのカメラを持ち出すことが多い。
これと12-100mm F4があるとたいていなんとかなるのだ。


2019年5月27日月曜日

新潮講座の資料をつくる日

明日のロケに備え、
届いたスマホの動作確認とか帰農チェック。

土曜日の「東京古道散歩」で使う配布資料をなんとかつくって送る。

こんな感じ。


興味ある方はこちらから。

2019年5月26日日曜日

働く日曜日

働く日曜日。
なんとか富士山案件を書いて送る。

水曜日の街歩き「まなたび」で使う配布資料を作成して送る。
和泉多摩川駅から次大夫堀公園まで登戸道を歩く予定。

急に暑くなったので大五郎が涼しいところでひしゃげてる。

2019年5月25日土曜日

はたらく土曜日

先日の富士山案件の原稿とかテープ起こし(いやもうテープは使ってないんであるが、じゃあ今は「ナニ起こし」というのだろう)とか写真整理とか
しなきゃならないので家にこもってたのだが
一度テンションを落としちゃったのでなかなかエンジンがかからず
たいへん困った土曜日なのだった。
でもなんとか、ある程度目処が立ったのでいったん寝ることにする。

結局、FUJIKINAにはいけず。
まあGFX100を触る機会はどっかであるでしょう。

なんか、いろいろなカメラが出て
いろんなカメラを触ってると
自分にとって必要なカメラってどんなんだ?
というのが見えてきて面白いですな。

山王日枝神社にある謎の土塁?トンネル?祠?の謎

「まいまい東京」で訪れた赤坂の「日枝神社」(山王日枝神社。山王さま)だが、
以前からずーっと気になってるとこがあったのである。

で、調べてみたのでここにメモ。

明暦の大火後、松平忠房邸(深溝松平家。神社がここにきたころは、福知山藩藩主)があったこの地に遷座した。

今は赤坂駅からちょっと東へあるいて外堀通りを渡り、2000年に完成した巨大鳥居をくぐってエスカレーターに乗ればすぐだ。

これは「まいまい東京」の当日に配布したお散歩の友となる配布資料の一部。
こういうのがお好きな方、ぜひ、ご参加を。
で、右にあるのが
寛文10年(1670年)の地図。遷座した11年後だ。


その、
日枝神社、中央に回廊に囲まれた社殿があり、
その北側に山王稲荷などの摂社がある。

山王稲荷はもともとここに屋敷を持っていた松平家の屋敷神だったようだ。
気になるのはそのさらにその北側、
フェンスがあって立ち入れない空間に謎の土塁っぽい塁とトンネルと祠があるのだ。
「これ謎です」ですませるのも悔しいので
FBで尋ねてみた。
これが土塁っぽい盛りとトンネル。


これがトンネルの右手にある祠。


山王日枝神社は昔「星が岡」と呼ばれていて、
中世に「星が岡城」があり、その名残の土塁だという伝承があるようだが、
  調べても、星が岡城があったという古い資料が出てこない。
個人的には昔誰かが地形的にそうなんじゃないかといいだしただけで、
何の根拠もないんじゃないかなと思ってる。
まあ、砦をつくるにはよい場所だし、渋谷から江戸城を攻めるときに
一ツ木原(赤坂の一ツ木通りに名前が残る。四ッ谷から赤坂あたりの地名だったもよう)の合戦もあったわけで、
渋谷城から赤坂御所あたりを抜けて麹町へ至る古道を思うと
可能性はないことはないだろうけど。
ちょっとひっかかるので、城には触れないことにしてる。

それ以上に興味深かったのが古墳だった説。
東京を見てまわってたくさんの古墳を発見した鳥居龍蔵博士がこのあたりを巡検して古墳だといったそうで。
確かに、明治から戦前の地図を見ると、ちょうどこの位置に「2つの塚」が描かれてるのだ。
それが削られて一部だけが土塁のように残ったというのが正しいかも。



追記
鳥居龍造博士の記述を国立国会図書館デジタルコレクションで発見。
トンネルが穿ち、とあるので同じものをさしてるはずである。
「上代の東京と其周囲」








2019年5月24日金曜日

THETA Z1発売日

朝、ちょいと必要があって電話取材。

iPhoneは「通話録音機能」がない。
そのための機材を買ったりアプリを買う予算はない。

手元にあったAndroid機を見ると「通話自動録音機能」がある!
おおお。
ってことで、それを使うことに。
iPhoneに入ってたSIMをAndroid機に差し換え、
通話自動録音をオンにし、
イヤホンマイクを使って電話する。

なるほど。
電話取材をよくする人は、それように通話録音機能があるAndroid機を持つのが賢いかもですな。

iPhoneなど通話録音機能を持たないスマートフォンが多いのは
米国などいくつかの国で通話録音が禁止されているため、だそうな。

さて今日はTHETA Z1発売日。
わたしは発売前から使わせていただいてるのだが、
ちょいと別売りの品が欲しかったのでそれだけ別途注文してたわけで届いたのだ。
それが「シータ帽」。いや正式名称は違うけど。



この写真を見た某女史が「メーテル!」といったので
愛称「メーテル帽」。確かにメーテルの帽子っぽい。
普段は帽子としてレンズを保護し、時にはお尻につけて簡易THETA立てとして使える
代物である。

夜はascii.jpの猫連載を書いてメールする。
つかれた。

2019年5月23日木曜日

GFX100が出ましたな

デジカメムックの残りの原稿を仕上げてメール。
ISO感度テストとAF追従性テストの作例を
画面で見続けてチェックするの疲れたーーーー。

意外にマイクロフォーサーズ機が頑張ってた。

で、なんとかおわったので、次は家電批評本誌に頼まれていた原稿を2ページ書いてメールして寝る。

気がついたら富士フイルムからGFX100が発表されてた。
ラージフォーマットの1億画素でボディ内手ブレ補正付で約120万円。

これは安い。買えるか買えないかという基準じゃなくて、
性能を考えるとこの価格は安いぞって話。

ボディ内手ブレ補正ってのも大事。
1億画素もあると、どんな微細なブレも記録しちゃうから。

まあ、このカメラを必要とする人は限られているのであるが
必要とする人にとってこの価格でこのクオリティはたまらんだろなあ、と思う。


2019年5月22日水曜日

デジカメと格闘する日。X10おもしろいわ。

晋遊舎のデジカメムック。
11台中6台はすでにレビューやら何やらで触ってて作例もあるし
どんなカメラかわかってはいたのだが、
5台は作例が足りない。製品写真やイメージカットが足りないカメラもいくつかある。
自撮りがウリのカメラなら人物作例も欲しいよね。

ということで、
ひとり呼び出してカメラを6〜7台持って
作例撮り。

必要なカットをひととおり撮り、
帰宅し、
必要なブツ撮りを追加で撮り
段ボール箱にどかっと10台(1台はまえもって返却してあったので)詰めこんで
宅急便に集荷に来てもらう。

ふは。疲れた。
でもこれから原稿書きである。
締切は今日である。

すでにこの仕事用のLightroomもカタログもつくって
必要な作例や製品写真は整理してあり、
各製品の性格も頭にはいっていたので
それらを見ながら
とりあえずなんとか朝までに前半を書いてメール。
明日は後半。

今回初めて使ったのがキヤノンのKiss X10なのだが、
いやあ面白いですな、このカメラ。
キヤノンってこのクラスもデュアルピクセルCMOSセンサーを積んでて
「ライブビューでの撮影が快適」なのだ。
AFも速いしシャッタータイムラグも(他社の一眼レフをライブビューで使うときに比べると)少ない。
ライブビュー時は連写が苦手、ってくらいだ。
操作も、ボディについてるダイヤルやボタンが少なくてこころもとない分、
背面モニタを使ってタッチパネルで操作するとすごく楽チン。

つまり「一眼レフなのにライブビューで撮った方が快適」なカメラなのだ。
光学ファインダーだとAF測距点少ないしうまくとれてるかわからないし操作覚えてないと毎回カメラを目から離して背面モニタみなきゃいけないし、
だったら全部モニタで撮っちゃった方が楽、となり、
EOS Kissユーザーが背面モニタで撮りたがるのわかるわ。
ライブビューで撮るってことは、ミラーレス一眼と同じってことで、
EOS Kiss X10は一眼レフカメラではあるが「一眼レフ」としても「ミラーレス一眼」としても使えるハイブリッドなカメラだったのである。

もはや半分は、EF-Sマウントのミラーレス機といって過言じゃないんじゃないかと思うくらい。
面白いですな。



2019年5月21日火曜日

HUAWEIの新製品発表会の日

暴風雨である。
でも行かねばならぬのだ。
HUAWEIの新製品発表会である。




前半は、米国のHuaweiに対する制裁措置に対するコメント。
でも、まだどうなるかはっきりしてない部分もあり、
抽象的な内容にとどまる。


後半は、P30とP30 ProとP30 Liteの製品発表と
ハンズオン。


暗闇で撮れるとか超望遠で撮れるとか、
極端な方向へ振ってきたわけだが、
ちょっと触ったところでは、実用的には、P30が一番いいかなあ。
P30 Proの望遠レンズはさすがにスマートフォンで安定して撮るのは難しそう。

さてどうなるかHuawei。
こればっかは予測であれこれいってもしょうがないところである。
なお、P30やLiteは24日発売予定。








2019年5月20日月曜日

飼い猫となったチロと会う。

かつて猫ボランティアをされていて、
今は足を悪くしてマメに通えなくなったので
公園にいた猫を何匹か引き取って
のんびり暮らしている方がおられるのだが、
その方が猫連載用の猫写真を撮りに来ていいよと
いってくださったので撮影に行く。
何もこの忙しい時期に、と思われるかもしれないが
2週間前からの約束なのである。

犬用の服を着てる
懐かしのチロさん。

なぜ服をきてるかというと、
公園にいた頃からから胸元が痒いのか爪でひどく掻くようになっており、
あれこれ治療したが原因がわからず、
家に引き取っても掻き毟って傷つけてしまうクセが治らなかったので
服を着せたんだそうな。

服や首輪をいやがる猫もいるが、チロは平気そうなのでなによりである。

ITMediaにHuawei P30のカメラレビューを書いてメールする。



2019年5月19日日曜日

「まいまい東京」で神社巡りだ

「まいまい東京」の日。

昨年は「神田明神→湯島天神→上野の五條天神や穴稲荷」
という江戸城の北東方向(つまり「鬼門」ですな)の神社を辿ったわけで
じゃあ今年は「平河天神→山王日枝神社→赤坂氷川」と
江戸城の南西方向、つまり裏鬼門方面の神社を辿るってのはどうでしょうと
提案してそれが通ったわけである。

上野方面は江戸城に一番近い神田明神からして
「江戸城外堀の外側」なんだが
赤坂方面は、平河天神も山王日枝神社も
「江戸城外堀の内側」にあること。
江戸城内や近くにあった寺社は多くが外堀の外に遷されたんだけど
この2つは残ったってのが面白い。

半蔵門駅に集合してびっくり。
参加者がほぼ女性。
男性3人のうちおひとりは何度か参加して下さってる顔なじみの方。
「まいまい東京」の集客力すごい。
このルート、正月に「新潮講座」で辿ったルートをシンプルにしたものなんだけど
あのときとは男女比率が逆なのだった。

ルートは半蔵門駅から南下して(これ、江戸時代初期からある道。それ以前はわからん)平河天神参拝。
続いて国会議事堂裏の道(これも江戸時代初期からあるんだけど、今とは少しずれてる)を通り、国会議事堂裏から下る「山王坂」(もともとの山王日枝神社参道。江戸時代は坂に鳥居があった)から日枝神社へ。

国会議事堂裏の歩道で反アベ系のデモが行われてて警官もいっぱいいて
警察のみなさまに「どもども」と挨拶しつつ抜ける。
シュールである。

そして赤坂から古地図を見ながら本氷川神社跡をみて赤坂氷川神社へ。

予定より早く終わってしまったので
南部坂をみて、赤穂浅野家(要するに忠臣蔵の浅野内匠頭長矩邸があったとこ)前を通って赤坂駅解散。

このルートは面白いので
もっとディテールまで調査してネタ収集してまたやりたい感じである。

左が現代の地図+ルート。右が明治13〜4年頃の地図。


2019年5月18日土曜日

富士山の日

富士山の日。
名前が出ないオウンドメディアの仕事なので詳細は割愛。

脚立とカメラを抱えて歩き回ったので疲れた。


2019年5月17日金曜日

等々力陸上競技場は東京と神奈川の旧府県境にたっていた!

そうそう、等々力陸上競技場の小ネタ。
等々力陸上競技場がある広大な公園は多摩川が作り出した低地で、
多摩川の旧流路跡なのである。
いつ流路がかわったのかは調べてないけど、
明治時代後期までは江戸時代の境界がそのまま残っていて、
旧流路が「府県境」だったのである。
(江戸時代に旧流路が境界だったということは、江戸時代のどこかで今の流路にかわったのですな)
だから、「等々力」という世田谷区側の地名が川崎市側に残っているのだ。

で、明治時代の府県境がついてる地図を重ねてみると、
こんなことに。

ちなみに赤い線はGPSログです。
「スーパー地形」より

つまり、
ホーム側自由席(フロンターレのゴール裏応援席)は
明治後期までの「東京府」、
アウェイ側自由席(アウェイチームのゴール裏応援席)は
明治時代から「神奈川県」
だったのである。
いやだからどうということはないけど、
これが「多摩川クラシコ」(川崎フロンターレvsFC東京)だったりすると、
旧東京府側に川崎、昔からの神奈川県側に東京のサポが陣取るという
ちょっと面白いことになるわけである。

これが逆だったら、
かつてスタジアム上にホームとアウェイの境界線があり、
東京側vs川崎側の境界ダービーという
面白いネタになってたかもしれない。


名古屋グランパスvs川崎フロンターレの名勝負

朝、土曜日(明日やないか)の取材の打合せ。
早朝からバスに拉致されて富士山へ行くのである。

ちょっと山王日枝神社で撮影して
いったん帰宅。

夕方から等々力……川崎市側の等々力へ。
古道散歩とかフィールドワークではなく
(といいつつ中原街道を楽しんだりしたのだが)



目的はサッカー観戦。
平日夜の開催なのにほぼ満員(24,000人以上はいってた)。
名古屋グランパスvs川崎フロンターレ

等々力陸上競技場へグランパスの応援にくるのは……もう何回目になるか。
実はここで観戦したとき、グランパスは全部負けてるのである。
最初は1995年のヴェルディ川崎戦。
ヴェンゲル監督の時代ですな。
その後はフロンターレ戦なんだけど、
なんというかここでフロンターレに勝てる気がしない。

だがしかし、
今年のグランパスは違うのであった。
1-0でリード!
しかも守備がしっかりしてて点取られる気がしない。
追加点とればなんとか……
だがしかし、
1点とられて引分け。
レベルの高い試合だったし、
負けはしなかったのでよしとするか。

というわけで。
恒例のスタジアムシータZ。

等々力陸上競技場でスタジアムシータZ! ここに観に来て勝ったことないんだよなあ。 今日こそは! #スタジアムシータ #等々力陸上競技場 #名古屋グランパス #theta360 - Spherical Image - RICOH THETA





2019年5月16日木曜日

仕事の日

晋遊舎にて
デジカメムックのAF追従速度とISO感度検証用の撮影。
わたしの担当はエントリー向けのデジタル一眼11台。
ということで
数時間かけて撮影する。

帰宅して返却しなきゃいけないスマホ(P30!)を
発送。

疲れたので寝る。

2019年5月15日水曜日

まなたび下見の日

和泉多摩川駅集合
古墳や多摩川決壊の碑を見つつ

旧登戸道(稲毛道。世田谷通り旧道)を歩いて

途中、籠屋でランチ

そこから喜多見周辺。


5月29日に開催される「まなたび」の下見。

次大夫堀公園で担当の人とわかれ
バスで成城学園前駅に出て帰宅。

夜、ascii.jpに猫連載を書いてメール。
LUMIX S1の話。

2019年5月14日火曜日

2019年5月13日月曜日

撮影の日

池袋で女子作例撮影の日。



トリセツにLUMIX DC-S1のレビューを書いてメール。

これでフルサイズミラーレス一眼全モデルをそれなりに使ったのだけど、
ボディだけみると
手にしっくりきて扱いやすいのがアレで
ファインダー覗いたとき撮りやすくて操作感もいいのがアレで
暗所でのAFがすごいのはアレで
レンズラインナップも含めてトータルで考えるとアレで
でもそのあとAPS-Cのカメラを触ると
小さくて軽くていいなあと思うのであった。

っていう総括的なコラムをどこかで書かせてもらおう。

つまるところ、
カメラってその人によって撮るものとか撮り方とか撮る姿勢とか仕上げたいものが違うから
ひとことでいうのは難しい。
たとえば
「作品を撮りたい」人と、「作品を撮りたいってわけじゃない」人では
求めるものが全然違うから。
ホームランバッターとアベレージヒッター、どっちが上?
ってのが愚問であるのと同様かなあ。


2019年5月12日日曜日

晴れた日は近所で作例撮り

晴れた!
ってんで、
レビュー用のカメラやスマホを持って近所を回る。
HUAWEIのP30とかLUMIX S1とかTHETA Z1とか。

都営八幡山団地。
環八を挟んだ両側にある古い都営団地だが
他の高度成長期組団地と同様、今、たてなおしの真っ最中。
一度に全部やるわけではなく、
まず一部を立ち退かせて新しく立て直してる。
(調べてないから分からないけど、そうして立ち退くのをいやがって古い部屋に残った人たちに新築アパートに移って貰って、残った方を建て直すんじゃなかろうか)
今はちょうど烏山川緑道の北と南で新旧を楽しめる時期。
新しいのはこちら。

古いのはこちら。


いつまでこの光景が見られるやら。

で、ITMediaにTHETA Z1のレビューを書いてメールする。


2019年5月11日土曜日

多摩武蔵野スリバチ学会で高尾周辺を上り下りする日

多摩武蔵野スリバチ学会フィールドワークの日。
しれっと参加。

総勢50人くらい。

京王線狭間駅集合。狭間駅ってすごい名前だよねえ。
高尾駅のひとつ手前。

総勢50人。先頭に真貝会長、しんがりに和田副会長。


狭間駅から線路沿いに西へ。
狭間公園脇を通ぬけて南西へ。


まずは高楽寺。しだれ桜で有名とか。
1533年創建。天明の大飢饉時に五穀豊穣と悪病平癒を祈願して境内の岩肌に洞窟を掘って石仏群が安置された。


現在、洞窟は崩落の危険があるとかで入れず。
みな、外から覗き込む。


行楽寺前の旧道を歩き、いい感じの暗渠沿いに歩いていたら、途中でいきなり先頭集団とはぐれる10数名。


まあこっちの方だろうってことで歩いて行くといきなりの絶景。
高低差を楽しむのがスリバチ学会なのでさもありなん。


どう歩いたか覚えてないのだけど、高尾やすらぎ霊園前で先頭集団と合流。
ここ、急斜面の墓地で、墓参者のためのラックカーが用意されている。
まあ必要だよなあ。


やすらぎ霊園は谷地の斜面につくられている。
スリバチ学会集団はその谷地を谷頭に向かい、いきどまったと思いきや、
いきなり丘陵上へ登る大階段。
ひたすら上る。この時点でもう疲れる。


でも上りきったところでシータ。
めちゃわかりやすい谷頭である。


そこから桃源台公園経由で初音坂を下る。


そしてまた次の谷へと下るのである。
谷→台地→谷。


無事下りきった面々。見事な谷地ですな。


そして初沢川を渡って高乗寺。
ここ、片倉城城主永井氏が開基となり、室町時代の1394年創建という古刹。
今でもかなりデカい。
初沢川を挟んで西側の斜面に高乗寺。
東側の斜面上に山王神社。


高乗寺の休憩を終えたらちょっと北上して、
陸軍遺構の洞窟へ。もちろん立ち入り禁止。


川を渡って地蔵を愛で、北上。
このあたり、庚申塔はほとんどみず、野仏はほぼ地蔵。
お寺が強かったのか、庚申講が流行らなかったのか。23区周辺との違いが面白い。


途中で西へ折れ、住宅街を抜けてまた上る。
とにかく上る人たちである。


見下ろすと、いかに無茶なとこに住宅地を作り、無茶な階段を作って下さったのかよくわかる。


上りきると、浅川金比羅宮。江戸時代に勧請されたものらしい。
さすがに疲れたので上らず、下で待ってた。


下りたと思ったらまた上るのがスリバチ学会。
金比羅宮から下りて北上し、次にのぼるはまた別の山。
高尾天神社である。その奥に初沢城があったらしい。


神社は高台の端に作られるので当然上るのである。



高尾天神社を下りたら、高尾駅へ向かう。
高架なのが京王線、地上を走ってるのがJR。



高乗寺から高尾駅方面へ向かう道は、甲州街道と高乗寺を結ぶ古道だったもよう。
京王線高架したに地蔵あり。またもや地蔵尊である。高乗寺関係なんだろなあ。


そしてJR高尾駅前で休憩。
高尾駅の駅舎は昭和2年のもの。やけに仰々しいのは、
「元々大正天皇の大喪列車の始発駅として新宿御苑に設置された仮設駅舎 (995m2) を移築したもの」(wikipediaより)
だったから。
高尾は武蔵野陵への最寄り駅でもありここにあるのもわかる。


ちなみに開業当初は「あさかわ駅」だった。国鉄浅川駅。
ここで大正時代の地図に今回歩いたルートを重ねるとこんな感じ。


高尾駅から甲州街道を西へ進むと、やがて中央線の高架をくぐる……のだが、その前に、
明治だか大正だかのレンガ造りのトンネルに吸い込まれる面々。


この向こうに民家が数軒あるのだった。で、このトンネルは水路を越えるためのもの。
足元に暗渠化された水路跡が見える。


煉瓦のトンネルをすぎ、
甲州街道がJRの高架をくぐるところでシータ。
足元を流れるは南浅川。
ポイントはこの高架。
右端にある赤いところが初期のレンガ造りで、その左側は後に追加されたコンクリート製。ここに時代が残されてるのである。


甲州街道をしばし歩き、西浅川のY字路を右手に。
右手に向かう道が、旧甲州街道。


しばし歩いて、甲州街道小仏関のあと。
ここに来たかったー。
でもほとんど痕跡はなし。


そこから少し裏道を高尾駅方面へ。
小さな人道踏切があり、そこで三脚を立ててる撮り鉄ふたりと
手持ちでカメラ抱えてる撮り鉄ひとり。
まあ何かくるんだろう。
実はふたたび我々は先頭集団からはぐれており(まあ写真ばっか撮ってるからだな)、
撮り鉄の人たちに「あやしい集団はどっちへ行った?」と尋ねると
踏切を渡ったと教えてくれたのでそちらへ向かう。

踏切の名前は「小名路」。古くからの地名で「こなじ」と読む……のだがよくわからん。
日本歴史地名大系によると、ここに関所破りの成敗場があったらしい。


踏切を過ぎ、北上して金南寺。
そこから南浅川へ向かって、川沿いの観音堂。
観音堂前にもお地蔵様が座られている。


南浅川ぞいにしばし歩き、白山神社へ。
ここからさらに奥に奥宮があるわけだが、
数人は我慢できずに上ったらしい。すごいな。
さらに数人は白山神社で後朱印帳。
この白山神社は戦国時代の棟札や、鎌倉時代の板碑が残る古社。
まあ、甲州街道沿いの要衝の山の上ってことだ。


白山神社から高尾駅へ、南浅川の上流沿いに歩く。
岩場を流れていた南浅川なるもの両側が文明化してその名残が残るのも一部。


気になったのがここあたりの地名。
これは南浅川を渡る「廿里橋」。「ととりはし」とある。
ここ「廿里」と書いて「とどり」と読むのだ。
「とお」と「とお」で「20」だからかなと思ったら、やはりそのようで
帰宅して調べてみると、江戸時代の新編武蔵風土記稿には「十々里」と書かれていたそうな。どっかの段階で「十々」が「廿(二十)」になったんだろな。


やっぱ古い地名は面白い。

そして高尾駅前で解散。


何人か遅れてきてる人たち(主に御朱印帳組)がいたので会長・副会長らと待ち、
JR高尾駅経由で京王線高尾駅へ。
京王線高尾駅には北口がないので、JR高尾駅のホーム経由で行けるようになってるのである。
高尾駅ホームには、第二次大戦時の銃撃痕跡が残っている。


そして京王高尾駅(高架なので全体を見下ろせる)から
JR高尾駅を見下ろしていると、レトロペイントの中央線と、その横を駆け抜ける特急(あずさだかかいじだか)がみえたので一応撮影。



まあそんな感じで、
盛りだくさん過ぎて整理するのが大変なフィールドワークなのだった。
ちなみに今日1日で49階分上ったもよう。


おつかれさまでした。
というか疲れた。