午前、「銀座たてもの探訪」の取材で泰明小学校。
午後、週末の東京古道散歩の下見で上野から浅草へ歩く。雨だったけど。
今回の目玉は浅草三十三間堂跡。
実は江戸時代初期、浅草に三十三間堂があったのだ。
京都の三十三間堂の長く真っ直ぐな外廊下が武家の間で通し矢の腕比べ場所として流行り、
江戸にも作ったのである(通し矢のために!)。
焼失後、深川に移ったのだけど、通し矢のためだけに造った三十三間堂という名の腕試しの場だったので、周辺に何もないときはよかったけど、寺院が建ち並び、町もでき、人口が増えるにつれ、そんなとこにあるのは危険ってことになったんじゃないかと思う。
で、火事を機に、より田舎の深川へ移転したのだ。
当時の名残は、三十三間堂に勧請されたという矢先稲荷のみなのだった。
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