2017年6月3日土曜日

市川で古道発掘現場を堪能したあと保護猫カフェという充実の日

千葉県市川市国府台。
国府台という名で呼ばれ続けたことからわかるとおり、
ここには下総国の国府があった……とされている。
国庁や国衙跡が発掘されてないので断定できないと言うだけで
微妙な位置のずれはあるだろうが概ね間違いないだろうというわけである。

そんな国府台にある県営住宅建て替えの工事中に
古代の遺構が見つかったのである。
その見学会が今日。
調査が終わったら埋められて上に団地が建ってしまうので
今日を逃すと他にはないのである。

というわけで朝もはやくから国府台へ。
国府台駅改札を出たところのこの道路、
実は古代官道である。平安時代の古代東海道の一部である。
たぶん。諸説あるけど、古代の道であることはまちがいなさそう。


そこから国府台の団地へ歩く。

遺跡見学だけなら慌てることないが、
同時に、近所の史跡を学芸員の解説を聞きながら歩くツアーがあり、
それ、当日申し込みで人数制限があるのだ。

先に現地入りした街歩き仲間が「急がないとヤバい」と教えてくれる。
なんと!

現地に着いたのが10時15分くらい。


午前の部は定員50人ですでにアウトでした。
こういうの人気なのだよなあ。
でも先に来てた街歩き仲間のK谷氏が譲ってくれた。
近所だし午後の予定もないので午後の部で回るらしい。
ありがたやー。

で、遺跡見学。
手前に見えているのが弥生時代の住居跡。
その上に、古代道路跡。
この道路跡、幅が9mある立派な道で、
北へまっすぐ伸ばすと、国庁跡といわれている場所へ続いている。
まぎれもなく「古代官道から国庁へ向かうための道だろう」
という話なのである。
大雑把に描くとこんな感じ。


いやあ、発掘されたばかりの道路跡を見られるとはうれしいわ。
土の下に1000年以上前の道路が出てきたのだから。
ここ、真間の入り江があって水運にもいいし、国庁と国分寺の間の谷地で
農耕はできるし、いい場所だったんだろなあ。
弥生時代の集落があり、古墳時代には古墳が作られ、
奈良〜平安時代には国府がおかれたのである。
それぞれ受け継がれていったか、どこかで断絶があったのかはしらないが、
どれだけよい場所だったかわかるってもんだ。
とりあえず立石を通った平安時代の古代東海道は江戸川(当時は太日川)手前で
クランク状に曲がってここを渡ったんじゃないかという話でした。

道路遺構の様子はこちらをどうぞシータ。
やっぱフィールドワークにシータは欠かせません。


下総国国庁に向かう古代道路跡でシータ! 立派な古道跡でした。わくわく。 #古道 #theta360 - Spherical Image - RICOH THETA



その後「国府台遺跡周辺の文化財めぐり」……という名の
超マニアックなご近所散歩。
何しろ、普段は住民以外は入れない高級マンションのゲートが開いて
その中にお邪魔し、
崖に作られた古代の切通し跡を見せてもらえるわ
(この切通しをまっすぐ北に伸ばすと今回の発掘現場にいたるのである)


弘法寺古墳(前方後円墳)の解説や、このあたりの環濠集落の話や
そこの石室が寺で無造作に使われていたという裏話も
(房州石なので石室として使われてたと推測できるという話。房州石は安房の方でとられる石で、葛飾郡の古墳でよく使われてるのだ)


古代好きには超たまらんのでありました。
もっとこの辺りを発掘すればいろいろ出てきますかねと訪ねると、
戦前は軍隊に使われていたので、かなり削られて遺構は難しいんじゃないかという話でした。

ともあれ近いうちに「東京古道散歩」でこの辺りを歩くとしよう。

その後、3人でランチを食べ、
再び現場へ戻って午後の会から参加するM女史と挨拶して
Iさんとふたりで寄り道しながら(切通しの場所を下から確認したりw)
市川駅へ戻り、
そそくさと下高井戸へ。

午後は友人と待ち合わせて下高井戸の「不思議洞窟 青の奇蹟」で
保護猫カフェ三昧。


この保護猫カフェ、
京王線の高架化にともなってビルが取り壊されるため、
今月いっぱいなのだ。

そんな感じで、古道と猫を堪能した1日でありました。
すごいな。



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