2021年6月18日金曜日

0618:日本カメラ社へ最後の挨拶、そして高輪築堤跡へ

日本カメラ社は今月いっぱいで会社を畳み、ビルから退去する。
で、
今、編集長らが中心となって部屋の片付けをしており、
ビルの前がジャンク市みたいになっており、
関係者が入れ替わり立ち替わり挨拶に立ち寄ってるという状態で
日本カメラ誌にはお世話になったわたしも人形町まで挨拶に行く。
そういえば久しぶりだわ人形町。



で、編集長にご挨拶し、世間話をし、お宝をいただく。




長年のあれやこれやが詰まったビルなので掘っても掘っても何か掘り出されそうで手伝いたくなるのだが、あまり邪魔してもいけない。

突然の休刊で名残惜しむ間ももらえない雑誌が多い中、
こうしてきっちり後始末までできるというのは一つの出版社の終わりとして非常に幸せなことかもしれないなと思う。

人形町界隈は老舗がめちゃ多く、打ち合わせへ行くたびに編集者にいろんな店に連れて行ってもらったのを覚えてる。古い老舗好きなのでたまらんのだ。ついでに魚久で西京漬買ったり、2件ほどある老舗の鶏肉やで卵焼き買って帰ったりしたもんだ。

人形町を訪れる機会も今後は減るだろうから、近所の老舗の一つ桃乳舎でランチ。
帰りは日本橋まで歩き、ちょっと写真を撮ったりあれこれチェックしたりしたのち、



東京駅から山手線で高輪ゲートウェイ駅へ。
今でもひどい駅名でいつになったらゲートウェイっぽくなるんだろうとは思うのだが、
その酷さが今の時代を象徴しててそれはそれで大事にしたい。


で、高輪の高架下トンネルが工事中で、そこへ至る迂回路から築堤跡がよく見えると聞いたからこれは行かねば、と。
まずは駅から眺める。


「おばけトンネル」への迂回路をたどると、迂回路の囲いの上から覗ける箇所があるのだ。



場所は高輪大木戸跡の裏手。


迂回路の途中、左右に見られる箇所があるのだ。


これは素晴らしい。中央、水が溜まっているとこの右手がかつての海。左が築堤である。
明治前期の地図を見るとよくわかる。







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