昨日帰宅したら、
オリンパスから12-100mm F4 IS PROが届いてたのである。
これ、人間堕落レンズと呼んで言いレベル。
単なる高倍率ズームなら堕落しないんですよ。
テレ端がF5.6とか6.3とかの。
ああいうのって便利そうだし、
利便性重視でいいやってんで日常のスナップ用に何度も買ってるのだけど、
クオリティがひっかかってけっきょく手放すってのを何度もやってるのだ。
特定の焦点距離で妙な収差が出たり、
望遠端がめちゃ甘かったり。
だから人間堕落せずに済むのだ。ああちゃんと撮るときは別途レンズ用意しなきゃってなるから。
12-100mmは堕落するのである。ああこれでいいかも、となっちゃうから。
マイクロフォーサーズなんかレンズが基本的に細くてコンパクトなので、
とりあえず12-100mmつっこんで、あとは状況に応じて何本か
単焦点持って行けばOkじゃね? となるのである。
ええい堕落しよう、みんなで。
で、これと作例が必要なスマホを数台もって
家を出て、ぶらぶらして
日本橋へ。
皆川さんらが店を借り切って「スリバチバー」という名の、
要するに東京スリバチ学会やその周辺の人が集まる
新年会、をやるのである。
少し遅れて到着したら、100人目といわれた。相変わらずすごい集客力でたまらんですわ。
でも人が多すぎて密度高すぎてゆっくりした話はできず
2次会につれてかれそうになったがちょっと手を離せない仕事があったので帰宅する。
今月は付き合いが悪い人にならないとまずいのである。とってもまずい。
2017/01/15
2017/01/14
東京古道散歩の日
東京古道散歩の日。
寒い。
下高井戸の駐輪場に自転車を置き、
ポエムで軽く昼飯食いつつ資料に目を通し、
下高井戸から
世田谷区と杉並区の区界を通り、
永福寺への道を北上。
永福寺と永福稲荷神社を詣で、
古道に戻り、永福町駅を抜けて大宮八幡宮への道をてくてくと歩き、
大宮八幡宮と大宮遺跡を堪能。
後半は善福寺川を渡って松ノ木遺跡。
そこから阿佐ヶ谷方面への鎌倉道を北上し、
暗渠を愛で、
関口の地蔵尊を詣で、
阿佐ヶ谷パールセンターへ入り、庚申塔を見て
駅前で解散。
軽く打ち上げをして帰宅したら
オリンパスオンラインショップから
12-100mm F4 PROが届いてた。
高倍率ズームでなおかつ寄れて手ブレ補正も付いててF4通しで
写りもしっかりしているという
人間が堕落するレンズである。
高倍率ズームは何本も使ってみたけど、
どれもエントリーユーザーが1本で済ませて楽をしようって設計なので
価格はお手頃で使いやすいのだがどうしても写りが甘かったのだ。
そういう意味では、はじめてのハイエンドユーザー用高倍率ズームかもしれない。
寒い。
下高井戸の駐輪場に自転車を置き、
ポエムで軽く昼飯食いつつ資料に目を通し、
下高井戸から
世田谷区と杉並区の区界を通り、
永福寺への道を北上。
永福寺と永福稲荷神社を詣で、
古道に戻り、永福町駅を抜けて大宮八幡宮への道をてくてくと歩き、
大宮八幡宮と大宮遺跡を堪能。
後半は善福寺川を渡って松ノ木遺跡。
そこから阿佐ヶ谷方面への鎌倉道を北上し、
暗渠を愛で、
関口の地蔵尊を詣で、
阿佐ヶ谷パールセンターへ入り、庚申塔を見て
駅前で解散。
軽く打ち上げをして帰宅したら
オリンパスオンラインショップから
12-100mm F4 PROが届いてた。
高倍率ズームでなおかつ寄れて手ブレ補正も付いててF4通しで
写りもしっかりしているという
人間が堕落するレンズである。
高倍率ズームは何本も使ってみたけど、
どれもエントリーユーザーが1本で済ませて楽をしようって設計なので
価格はお手頃で使いやすいのだがどうしても写りが甘かったのだ。
そういう意味では、はじめてのハイエンドユーザー用高倍率ズームかもしれない。
2017/01/13
2017/01/12
延々と仕事の日
土曜日の東京古道散歩で配布する資料を作ってメール。
ascii.jpに猫連載を書いてメール。
さらに単行本の作業を延々と行う。
今、2冊動いているのだが、
1冊目の終わりがなんとなく見えてきた。
ascii.jpに猫連載を書いてメール。
さらに単行本の作業を延々と行う。
今、2冊動いているのだが、
1冊目の終わりがなんとなく見えてきた。
2017/01/11
東京古道散歩の下見
マイナンバーカードとやらができたというので今日の受取りを予約したのが先週のこと。
自転車で三軒茶屋まで受取りに走る。
写真付き公的身分証明書をゲット。
その足で下高井戸へ行き、
土曜日の「東京古道散歩」の下見。
何もないテクテクあるくだけのエリアがけっこう続くが
まあしょうがないですな。
その足で新宿のオリンパスプロサロンへ。
E-M1と12-40mmをあずけ、
点検してもらう。
月末にちょっと苛酷な撮影があるのでその前にチェックしておきたかったのだ。
念のため、代替機を借りる。
帰宅して荷物を整理してたら……
今日撮った写真がつまったSDカードがない!
カメラを預けるときSDカードを抜いてバッグにしまったのだが、
それが見つからないのである。
え!
というわけで、下見の時いろいろ撮影した写真が失われました。
がーん。
またあとでちゃんとサガさねば。
(ここに掲載した写真はiPhoneで撮ったもの)
自転車で三軒茶屋まで受取りに走る。
写真付き公的身分証明書をゲット。
その足で下高井戸へ行き、
土曜日の「東京古道散歩」の下見。
何もないテクテクあるくだけのエリアがけっこう続くが
まあしょうがないですな。
その足で新宿のオリンパスプロサロンへ。
E-M1と12-40mmをあずけ、
点検してもらう。
月末にちょっと苛酷な撮影があるのでその前にチェックしておきたかったのだ。
念のため、代替機を借りる。
帰宅して荷物を整理してたら……
今日撮った写真がつまったSDカードがない!
カメラを預けるときSDカードを抜いてバッグにしまったのだが、
それが見つからないのである。
え!
というわけで、下見の時いろいろ撮影した写真が失われました。
がーん。
またあとでちゃんとサガさねば。
(ここに掲載した写真はiPhoneで撮ったもの)
2017/01/10
iPhone10周年にふさわしいCanCam
iPhone10周年(1月9日だけど、米国時間なので日本では10日なのだ、ということで)。
日本未発売の初代iPhoneにCanCam2017年2月号付録の自撮りライトを組み合わせてみた。
初代iPhoneから10年。
女性ファッション誌からこんなアイテムが登場するまでになったのだ。
すごいよねえ。
ちなみにこのCanCam 2017年2月号は延々と
数10ページに渡ってカメラ特集。
それもスマホでかわいい写真を撮るにはテーマが貫かれていて
CanCamには勝てないことを知る。業界人みな白旗である。
スマホ用自撮りライトが付録ですから。
でもって、特集の内容が実によくできてるのだ。
さて、写真の初代iPhoneは、iPhone発売からしばらくしたのち、
帰国する外村さんに買ってきて貰ったもの。
当初はAppStoreもなく、機能的には日本のガラケーと大差なかったのだが、
でもそこに未来を感じた人たちが
こっそり大騒ぎしてたのである。
まず基本コンセプトだけをいれたシンプルな製品を出し、
そこから発展させていくのがアップルだというのをみな知っているから。
翌年、iPhone 3Gが登場し、
わたしも表参道に友人等と並んで購入したのである。
昔も今も、見慣れないモノを見ると攻撃にかかる、
変化を畏れる人たちは大勢いるのだよなと
当時を思い出して思う。
そうはならないようにしたい。自戒も込めて。
日本未発売の初代iPhoneにCanCam2017年2月号付録の自撮りライトを組み合わせてみた。
初代iPhoneから10年。
女性ファッション誌からこんなアイテムが登場するまでになったのだ。
すごいよねえ。
ちなみにこのCanCam 2017年2月号は延々と
数10ページに渡ってカメラ特集。
それもスマホでかわいい写真を撮るにはテーマが貫かれていて
CanCamには勝てないことを知る。業界人みな白旗である。
スマホ用自撮りライトが付録ですから。
でもって、特集の内容が実によくできてるのだ。
さて、写真の初代iPhoneは、iPhone発売からしばらくしたのち、
帰国する外村さんに買ってきて貰ったもの。
当初はAppStoreもなく、機能的には日本のガラケーと大差なかったのだが、
でもそこに未来を感じた人たちが
こっそり大騒ぎしてたのである。
まず基本コンセプトだけをいれたシンプルな製品を出し、
そこから発展させていくのがアップルだというのをみな知っているから。
翌年、iPhone 3Gが登場し、
わたしも表参道に友人等と並んで購入したのである。
昔も今も、見慣れないモノを見ると攻撃にかかる、
変化を畏れる人たちは大勢いるのだよなと
当時を思い出して思う。
そうはならないようにしたい。自戒も込めて。
2017/01/09
成人の日も原稿を書く
なんとか
e-mansion lifeの連載を書いてメール。
つづいて
ITMediaにE-M1 Mark IIの原稿を仕上げてメール。
さらに
ITMediaのiPhoneカメラ講座を書いてメール。
e-mansion lifeの連載を書いてメール。
つづいて
ITMediaにE-M1 Mark IIの原稿を仕上げてメール。
さらに
ITMediaのiPhoneカメラ講座を書いてメール。
2017/01/08
2017/01/07
烏山川遡上プロジェクトファイナルの日
仲間内でやってる烏山川遡上プロジェクトファイナルの日。
今日は千歳烏山から烏山川源流まで歩き、
そのまま久我山まで足を伸ばして新年会。
今回はE-M1に9-18mm F4.0-5.6(18-36mm相当)をつけての出動。
街歩き時ってレンズは広角な方が楽しいなあと以前から思ってたので
超広角ズーム1本で。
うん、やっぱ超広角はよいですな。
9-18mmは小さくて軽くて安いので(その代わり、写りはさほどよくないけれども価格と大きさを考えたら文句をいっちゃいけないレベル)
重宝するのである。
下の写真、ニホンミツバチ意外はこのレンズで。
今日は千歳烏山から烏山川源流まで歩き、
そのまま久我山まで足を伸ばして新年会。
今回はE-M1に9-18mm F4.0-5.6(18-36mm相当)をつけての出動。
街歩き時ってレンズは広角な方が楽しいなあと以前から思ってたので
超広角ズーム1本で。
うん、やっぱ超広角はよいですな。
9-18mmは小さくて軽くて安いので(その代わり、写りはさほどよくないけれども価格と大きさを考えたら文句をいっちゃいけないレベル)
重宝するのである。
下の写真、ニホンミツバチ意外はこのレンズで。
![]() |
| 甲州街道を歩道橋で越えて烏山川遡上スタート。 |
![]() |
| 団地の中を暗渠が貫いてます。川沿いの低地はまとまった土地を得やすい農地だったので、こういう団地がたくさん作られました。 |
![]() |
| なぜかキリン柄に塗られたジャングルジム |
![]() |
| 団地をてくてくと歩く一行。 |
![]() |
| このように暗渠として川筋が残っている。 |
![]() |
| 猫発見! |
![]() |
| 木の根元にニホンミツバチの巣が |
![]() |
| 源流のひとつ鴨池(ただし近年鴨は飛来してない)。 |
![]() |
| さらに団地を抜ける |
![]() |
| 牟礼と久我山の境界に残る庚申塔 |
![]() |
| 久我山近くの神田川支流暗渠を歩いてて発見したトマソン的階段 |
2017/01/06
2017/01/05
千葉の葛飾八幡と法華経寺へ詣でる
まあいろいろとありまして
以前から気になってた「本八幡」から「中山」へ。
このあたり、
JR・街道(現千葉街道。江戸時代は佐倉道。古代東海道でもあった)・京成電鉄
が平行して走ってて面白い。
京成が街道より山側にあり、多くの古社古刹は踏切を越えた向こうにある。
まずは本八幡から。
本八幡というくらいだから古くから八幡神社があるのである。
葛飾八幡。八幡があるからこのあたりは八幡と呼ばれたのだ。
京成電鉄の踏切の向こうに鳥居が。
今、葛飾というと東京都葛飾区を想像しがちだが、
もともと「葛飾」って隅田川以東から千葉県西側の広い範囲を指す地名で、
下総国の中心だったのだ。
だからここに葛飾八幡があって不思議は無いのである。
葛飾八幡は平安時代創建。
葛飾八幡を出て
街道に戻り、東へ向かうと境橋。
八幡村と鬼越村の境界だから境橋。
鬼越村の鎮守は神明社。
鬼越村の隣は高石神村。
高石神社がある。ここは京成電鉄の南側なので踏切は越えない。
高石神村の次は中山村。
ここの語源は法華経寺が「正中山」だから。
門前町が発達した古刹。
日蓮宗。日蓮の足跡がある日蓮時代からの日蓮宗で
現在地にある本妙寺と少し高台にある法華寺(現奥之院)がひとつになって法華経寺となったのは戦国時代。
日蓮上人の足跡がある場所であり、今でも大伽藍である。
そこからさらに奥へ進むと奥之院。
いやはや面白い場所であった。
地図で見るとこんな感じ。
日が暮れてきたので下総中山駅から帰宅。
ascii.jpに今年最初の猫連載を書いて寝る。
以前から気になってた「本八幡」から「中山」へ。
このあたり、
JR・街道(現千葉街道。江戸時代は佐倉道。古代東海道でもあった)・京成電鉄
が平行して走ってて面白い。
京成が街道より山側にあり、多くの古社古刹は踏切を越えた向こうにある。
まずは本八幡から。
本八幡というくらいだから古くから八幡神社があるのである。
葛飾八幡。八幡があるからこのあたりは八幡と呼ばれたのだ。
京成電鉄の踏切の向こうに鳥居が。
今、葛飾というと東京都葛飾区を想像しがちだが、
もともと「葛飾」って隅田川以東から千葉県西側の広い範囲を指す地名で、
下総国の中心だったのだ。
だからここに葛飾八幡があって不思議は無いのである。
葛飾八幡は平安時代創建。
葛飾八幡を出て
街道に戻り、東へ向かうと境橋。
八幡村と鬼越村の境界だから境橋。
鬼越村の鎮守は神明社。
鬼越村の隣は高石神村。
高石神社がある。ここは京成電鉄の南側なので踏切は越えない。
高石神村の次は中山村。
ここの語源は法華経寺が「正中山」だから。
門前町が発達した古刹。
日蓮宗。日蓮の足跡がある日蓮時代からの日蓮宗で
現在地にある本妙寺と少し高台にある法華寺(現奥之院)がひとつになって法華経寺となったのは戦国時代。
日蓮上人の足跡がある場所であり、今でも大伽藍である。
そこからさらに奥へ進むと奥之院。
いやはや面白い場所であった。
地図で見るとこんな感じ。
![]() |
| 「FieldAccess2」より |
日が暮れてきたので下総中山駅から帰宅。
ascii.jpに今年最初の猫連載を書いて寝る。
2017/01/04
世間的には仕事始めの日
終日家に篭もって、
トリセツの作業と
単行本(東京の神社の本です)の作業。
本文の下書きは終わってるので、
それにつける地図を作成し、掲載する写真を選ぶという
疲れる作業を延々と行う。
トリセツの作業と
単行本(東京の神社の本です)の作業。
本文の下書きは終わってるので、
それにつける地図を作成し、掲載する写真を選ぶという
疲れる作業を延々と行う。
2017/01/03
2017/01/02
御嶽山に初詣&青梅市内延喜式内社論社めぐり
御嶽山初詣の会である。
昨年もあったのだが、わたしが腰を痛めて参加できなかったのだ。
今年はやっといける。
近所に住むTさんのデカいクルマに拾って貰い、
各駅でひとりずつ拾って5人で御嶽山へ。
少し待って駐車場へ入りケーブルカーでショートカットし。
そこからは徒歩。
御嶽山は奥多摩にある。
JR青梅線で奥多摩へ向かう途中。
「おおかみの護符」で有名。
山自体が信仰対象で、江戸時代は御師が各地を回り、
御嶽講が発達した。
今でも現役の御師や宿坊がある。
有名な神社である。
山頂で参拝。
我々の間に「神社へ行ったら本殿の裏も見ろ」の鉄則がある。
裏が面白いのである。
御嶽神社はその典型。裏に旧本殿の建物があったり、大口真神を祀った社があったり、各種摂社が並んでたりするのだ。
さらに、奥宮遙拝所は要チェック。
御嶽神社には「奥宮」があり、そこへは行けないので、御嶽神社の裏から遙拝するのである。
遙拝を終えてあれこれ本殿の裏を楽しんでいると、之潮の芳賀ひらくさんらしき人をみかけたという声が。慌てて探して声をかけて挨拶する。
之潮の本や古地図には昔から世話になっているのだ。
名前を覚えていて暮れて嬉しい。新年そうそうよい偶然である。
このあと長尾平からの眺めを楽しみ、
昼飯を食って当初の目的は完了、なのだが、
今回はお願いして、青梅の「延喜式内社めぐり」をすることに。
延喜式という平安時代の延喜年間にだされた文献が残っており、
そこに「神名帳」がある。各国の朝廷が認めた神社のリストだ。
そこに乗っている神社は「延喜式内社」と呼ばれるのだが、
「郡名」と「神社名」しか書かれてない。まあ当時としてはそれでよかったのだ。
だが、神社名ってけっこうアバウトなもので「今のどの神社を指しているか江戸時代の時点でよくわからなくなってる」のである。
同じ名前(あるいは似た名前)でずっと続いており、他に候補が無い場合はいいが、
「多磨郡」の「八座」に至っては、
複数の候補がある「論社」がいくつもあるのである。
その分布を調べてみると実に面白い。
調布+稲城エリア(国府周辺エリアと思っていい)
と
奥多摩エリア(青梅市とあきる野市)
に論社の所在地がきれいに分かれているのだ。
そのうち青梅市がらみが三座。
・大麻止乃豆乃天神社
御嶽神社(青梅市) vs 大麻止乃豆乃天神社(稲城市)
・青渭神社
青渭神社(青梅市) vs 青渭神社(調布市) vs 青渭神社(稲城市)
・虎柏神社
虎柏神社(青梅市) vs 虎狛神社(調布市)
という具合である。
神社名ってよく調べると明治になって、延喜式内社と同じ名前に変えたところもあり、「今の神社名はあまりアテにならない」のだ。
で、御嶽神社の参道にはこんな碑が建ってるのである。
なぜ御嶽神社が「大麻止乃豆乃天神社」と比定されているのか。
さっぱりわかりません。
「おおまと」の「つ」の「天神」
なわけで、「つ」は「津」だろうといわれてる。
御嶽神社に「津」はないよな。
なぞだ。あれこれあたってみたけど、「大麻止乃豆乃天神社」に比定された根拠がよくわからない。
で、せっかくクルマで連れてきて貰っているのだから、残る2つへも立ち寄ってもらったのである。
まず「青渭神社」。青渭の「渭」は中国にある河のこと。転じて、湧き水や沼など重要な水源がある場所を指す。
行ってみるとしよう。
正月なのに静かすぎ!
とても縁起式内社で地域の産土神とは思えない地味さ。
参拝客もいないし。小さな集落なので元日で全部済ませてしまったか。
こんな山の中腹なのに「青渭神社」とはこれいかに。
実は!
この後ろの山の上に「奥宮」があり、そこの前に水が湧いているというのだ。
そこが本来の青渭神社なんだそうな。
ああそれならわかるかも。
続いて虎柏神社。
細かい由緒は謎だが、ここには虎柏神社と上下諏訪神社があり、江戸時代は諏訪明神と呼ばれていたらしい。
ここは青渭神社の逆。延喜式内社であることを主張しすぎ。
いくらなんでも拝殿の扁額にこれはないだろう(笑)。
虎柏の語源が知りたいがよくわからない。
ちなみに「調布」にあるのは「虎狛神社」。「珀」は「狛江」の「狛」。このあたりは狛江郷の一部だったのだ。
で、虎柏は「虎狛」の転記ミスという説が出てるのである。
ちなみに、各社とも「うちが延喜式内社だ」といっているが、
どちらが該当するかはわからない(こういうのを論社という)。
以前作った「多磨郡延喜式内社分布図」をどうぞ。
多磨郡って広いのにこの偏り方が面白いでしょ。
まだ時間があったので、多摩川沿いにある阿蘇神社も訪問。
こちらも、平将門、藤原秀郷らが由緒に登場する古社である。
多摩川が削った河岸段丘の上に古くからあったのだ。
武蔵御嶽神社と多磨の古社めぐりの楽しい1日なのであった。
ついでに、
古刹も2つほど回ったけど割愛。
多磨郡の縁起式内社もこれで狭山丘陵の麓にある「阿豆佐味天神社」と
あきる野市にある「穴澤天神社」(稲城市にある穴澤天神の論社)以外は
全部訪問したので、
いつかどっかにまとめたいと思っております。
昨年もあったのだが、わたしが腰を痛めて参加できなかったのだ。
今年はやっといける。
近所に住むTさんのデカいクルマに拾って貰い、
各駅でひとりずつ拾って5人で御嶽山へ。
少し待って駐車場へ入りケーブルカーでショートカットし。
そこからは徒歩。
御嶽山は奥多摩にある。
JR青梅線で奥多摩へ向かう途中。
「おおかみの護符」で有名。
山自体が信仰対象で、江戸時代は御師が各地を回り、
御嶽講が発達した。
今でも現役の御師や宿坊がある。
有名な神社である。
山頂で参拝。
我々の間に「神社へ行ったら本殿の裏も見ろ」の鉄則がある。
裏が面白いのである。
御嶽神社はその典型。裏に旧本殿の建物があったり、大口真神を祀った社があったり、各種摂社が並んでたりするのだ。
さらに、奥宮遙拝所は要チェック。
御嶽神社には「奥宮」があり、そこへは行けないので、御嶽神社の裏から遙拝するのである。
遙拝を終えてあれこれ本殿の裏を楽しんでいると、之潮の芳賀ひらくさんらしき人をみかけたという声が。慌てて探して声をかけて挨拶する。
之潮の本や古地図には昔から世話になっているのだ。
名前を覚えていて暮れて嬉しい。新年そうそうよい偶然である。
このあと長尾平からの眺めを楽しみ、
昼飯を食って当初の目的は完了、なのだが、
今回はお願いして、青梅の「延喜式内社めぐり」をすることに。
延喜式という平安時代の延喜年間にだされた文献が残っており、
そこに「神名帳」がある。各国の朝廷が認めた神社のリストだ。
そこに乗っている神社は「延喜式内社」と呼ばれるのだが、
「郡名」と「神社名」しか書かれてない。まあ当時としてはそれでよかったのだ。
だが、神社名ってけっこうアバウトなもので「今のどの神社を指しているか江戸時代の時点でよくわからなくなってる」のである。
同じ名前(あるいは似た名前)でずっと続いており、他に候補が無い場合はいいが、
「多磨郡」の「八座」に至っては、
複数の候補がある「論社」がいくつもあるのである。
その分布を調べてみると実に面白い。
調布+稲城エリア(国府周辺エリアと思っていい)
と
奥多摩エリア(青梅市とあきる野市)
に論社の所在地がきれいに分かれているのだ。
そのうち青梅市がらみが三座。
・大麻止乃豆乃天神社
御嶽神社(青梅市) vs 大麻止乃豆乃天神社(稲城市)
・青渭神社
青渭神社(青梅市) vs 青渭神社(調布市) vs 青渭神社(稲城市)
・虎柏神社
虎柏神社(青梅市) vs 虎狛神社(調布市)
という具合である。
神社名ってよく調べると明治になって、延喜式内社と同じ名前に変えたところもあり、「今の神社名はあまりアテにならない」のだ。
で、御嶽神社の参道にはこんな碑が建ってるのである。
なぜ御嶽神社が「大麻止乃豆乃天神社」と比定されているのか。
さっぱりわかりません。
「おおまと」の「つ」の「天神」
なわけで、「つ」は「津」だろうといわれてる。
御嶽神社に「津」はないよな。
なぞだ。あれこれあたってみたけど、「大麻止乃豆乃天神社」に比定された根拠がよくわからない。
で、せっかくクルマで連れてきて貰っているのだから、残る2つへも立ち寄ってもらったのである。
まず「青渭神社」。青渭の「渭」は中国にある河のこと。転じて、湧き水や沼など重要な水源がある場所を指す。
行ってみるとしよう。
正月なのに静かすぎ!
とても縁起式内社で地域の産土神とは思えない地味さ。
参拝客もいないし。小さな集落なので元日で全部済ませてしまったか。
こんな山の中腹なのに「青渭神社」とはこれいかに。
実は!
この後ろの山の上に「奥宮」があり、そこの前に水が湧いているというのだ。
そこが本来の青渭神社なんだそうな。
ああそれならわかるかも。
続いて虎柏神社。
細かい由緒は謎だが、ここには虎柏神社と上下諏訪神社があり、江戸時代は諏訪明神と呼ばれていたらしい。
ここは青渭神社の逆。延喜式内社であることを主張しすぎ。
いくらなんでも拝殿の扁額にこれはないだろう(笑)。
虎柏の語源が知りたいがよくわからない。
ちなみに「調布」にあるのは「虎狛神社」。「珀」は「狛江」の「狛」。このあたりは狛江郷の一部だったのだ。
で、虎柏は「虎狛」の転記ミスという説が出てるのである。
ちなみに、各社とも「うちが延喜式内社だ」といっているが、
どちらが該当するかはわからない(こういうのを論社という)。
以前作った「多磨郡延喜式内社分布図」をどうぞ。
多磨郡って広いのにこの偏り方が面白いでしょ。
まだ時間があったので、多摩川沿いにある阿蘇神社も訪問。
こちらも、平将門、藤原秀郷らが由緒に登場する古社である。
多摩川が削った河岸段丘の上に古くからあったのだ。
武蔵御嶽神社と多磨の古社めぐりの楽しい1日なのであった。
ついでに、
古刹も2つほど回ったけど割愛。
多磨郡の縁起式内社もこれで狭山丘陵の麓にある「阿豆佐味天神社」と
あきる野市にある「穴澤天神社」(稲城市にある穴澤天神の論社)以外は
全部訪問したので、
いつかどっかにまとめたいと思っております。
2017/01/01
あけましておめでとうございます
本年もよろしくお願いします。
初詣は渋川神社へ。
まあ毎年の事であるが。
かつて尾張国に山田郡があった。
山田郡の総鎮守だったのがこの渋川神社だった(らしい)。
創建は景行天皇の時代(その息子のひとりが日本武尊)に
高皇産霊神を勧請したのが創建と伝わる。
日本書紀に天武天皇の大嘗祭に使うお米をおさめる「悠紀斎田」として尾張国山田郡が選ばれたと書いてある。それがこのあたり。
旧地はもうちょっと南にあったが、悠紀斎田が定められたのを機に現在地へ遷座。
その後延喜式式内社として選ばれる。
という延喜式神名帳に書かれた古社なのである。
→澁川神社公式サイト
面白いですな。平成になって焼失した関係で今は真新しくて森も少ないが
わたしが高校生の頃は鬱蒼と茂った境内に古い本殿や拝殿があったのを覚えてる。
午後、東京へ戻る。さすがに元旦の明るい時間は新幹線もすいております。
夜、東京駅を出ると、丸の内は夜だった。
ここまで暗い丸の内も正月しか味わえません。
貴重なり。
初詣は渋川神社へ。
まあ毎年の事であるが。
かつて尾張国に山田郡があった。
山田郡の総鎮守だったのがこの渋川神社だった(らしい)。
創建は景行天皇の時代(その息子のひとりが日本武尊)に
高皇産霊神を勧請したのが創建と伝わる。
日本書紀に天武天皇の大嘗祭に使うお米をおさめる「悠紀斎田」として尾張国山田郡が選ばれたと書いてある。それがこのあたり。
旧地はもうちょっと南にあったが、悠紀斎田が定められたのを機に現在地へ遷座。
その後延喜式式内社として選ばれる。
という延喜式神名帳に書かれた古社なのである。
→澁川神社公式サイト
面白いですな。平成になって焼失した関係で今は真新しくて森も少ないが
わたしが高校生の頃は鬱蒼と茂った境内に古い本殿や拝殿があったのを覚えてる。
午後、東京へ戻る。さすがに元旦の明るい時間は新幹線もすいております。
夜、東京駅を出ると、丸の内は夜だった。
ここまで暗い丸の内も正月しか味わえません。
貴重なり。
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