2018年5月4日金曜日

杉並自転車散歩の日

身体がなまってしょうがないので
自転車でちょいと人見街道方面まで散歩。
ちょいとチェックしときたい道路もあったので。
五日市街道と人見街道に挟まれた古くて長い道があって
以前から気になってたのだ。

下図の黄色い道がそう。
赤い線は今日のログ。
白い線は、個人的に天沼→田端と伝承の残る「鎌倉道」はこの黄色い線の道を経由して人見街道経由で府中につながっていたんじゃないかと思ってる次第である。



つまるところ、細いけど知ってる人はよく使う面白い道でありました。
この道、名前ついてないのかなあ。気になる。

で、久しぶりにのんびりと神社仏閣や猫に立ち寄りつつ自転車散歩。
まずは高井戸の天神社。

普通、「天神社」といえば「天満宮」を思い浮かべるわけで、菅原道真系かなと思いきや、実は「第六天神社」だったという。
第六天神、Wikipediaには
元々は神仏習合の時代に第六天魔王他化自在天)を祀る神社として創建されたものであるが、明治の神仏分離の際、多くの第六天神社がその社名から神世七代における第六代のオモダル・アヤカシコネ(面足命・惶根命)[注 1]祭神を変更した。」
とあるけれども、たとえば浅草橋の第六天神社は江戸時代から「面足命・惶根命」の二神を祀っていたわけで(「江戸名所図会」に明記されている)
第六天はもともと第六天魔王を祀ったのかもしれないが、
この第六天神社がどちらだったのかはちょっとわからない。
でもいずれにせよ「第六」を取っちゃうのはまぎらわしいぞ。

そこから北上して高井戸不動尊を経由し、
農地の中の真新しい地蔵を愛でつつ

人見街道へ。
人見街道もどんどんキレイになっちゃったけど、一角だけ敷地から木々がはみだして鬱蒼としてる一角アリ。
ずいぶん前から廃虚っぽいのだが、すごく気になってる。
この写真の左手奥が人見街道。

で、五日市街道と人見街道に挟まれた古そうな道を東へ向かい、
途中で右折して南下して、人見街道沿いの松林寺。
戦国時代創建の古刹。
今は人見街道と井の頭通りの間にあり、井の頭通り沿いの角に地蔵や碑が埋まってる。
右にある板碑風のは墓石っぽい。

松林寺には中世の板碑もあるそうだが、
目に付いたのは集められた庚申塔。
一番左のもの、「正用村」とあるのでこのあたりのどこか辻に置かれていたのだろう。
「左なかの道」「右あわしま道」と書いてある。
あわしまといえば、下北沢にある森厳寺か。どこに立ってたのか気になりますな。

そのまま南下して神田川を渡って斜面を上り左手を見ると旧流路による低地が野球場になってるのだが、その片隅に鳥居が見える。

めちゃ気になったのでまた坂を下りてどんな神社なのか尋ねてみるが、
フェンスに鍵がかかってはいれない。残念。
八塚弁財天とある。
ここ、旧流路が蛇行していた痕跡っぽいので弁財天があっても不思議は無いのだが
気になるのは「八塚」。塚があったんだろうか。旧い地名に八塚ってあったんだろか。
上高井戸村の一角なり。

でもって、ぶらぶらと旧道を探して走りながら南下して、
猫を愛でたりしつつ帰宅。


ちょっとしたリフレッシュ完了。
帰宅してあれこれ作業して
明日の「東京古道散歩」に向けてちょいと資料を読み込んで
(多摩のあゆみ 92号が鎌倉街道特集なのだ)
寝る。

たましんによる「多摩のあゆみ」のバックナンバーがADEACによるアーカイブシステムでいつでも読めるようになってるのはありがたい。
本音をいえば、PDFでダウンロードしたいのだけど、まあ望みは高く果てしなく。

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