2015/01/25

山城へGO! で小机城攻略の日

腰痛を抱えつつ小机城址へ。
そもそも、昨年末、
友だちが「超入門 山城へGO!」という山城散策入門的本を購入、
面白そうなのでわたしも買い、
購入者仲間で「まずは小机城へ行ってみよう」となったのだ。

日産スタジアムにはよく行ったけど、小机城址はいつも横目に見るだけで、いちど行ってみたかったこともあり、総勢5人で小机駅集合したのである。


小机駅からまず日産スタジアムに向かい、鶴見川。
鶴見川を挟んだ丘に、太田道灌が小机城攻めの陣地をおいたのだ。
川は渡らなかったけど、対岸から眺める。
そして、堤防沿いに歩いて行くと、京浜河川事務所の新横浜事業所発見。
「入場自由」と書いてあるので休憩がてら入ったら、
ここがまた面白い。
屋上に出られるというのでお願いすると、
スタッフの方がパネルを持ってついてきて、
遊水池(鶴見川が氾濫しそうになると水門を開けて一帯を池にして水を逃すことで、洪水を防ぐ仕組み)の説明をしてくれる。
年に何回も門が開けられてるんだそうな。役に立ってる。
めいっぱい水が入ると、日産スタジアムが水没して「のぼうのスタジアム」状態になるらしい。ちょっと見てみたいぞ。
さしずめ、日産スタジアムあたりを囲む堤防は「石田堤」ですな(笑)。

で、屋上でシータ。下に目をやると説明を受けているわれわれがおります。
京浜河川事務所新横浜出張所屋上からシータ。Photoshopで注釈を入れてみるテスト。 #theta360 - Spherical Image - RICOH THETA

注釈をちょっといれてみた。
個人的にツボだったのが、事務所脇の通信塔。
何かと思ったら「XバンドMPレーダ」だという。
おお。詳しくはこちらを。最近の雨情報はもっぱらこれ。
XRAIN雨量情報 地域選択
iPhoneアプリもあるし。

で、今日のログはこちら。
シータを撮った場所がよくわかるかと思う。
このあたりむかしはどうだったか。

明治の地図、昭和の航空写真、最新の航空写真と続けてどうぞ。
鶴見川沿いの低地(ここ、山に囲まれてるけど、実は標高がすごく低いのだ)に
丘陵地があり、その先に小机城が作られたのがわかる。
さらに、昭和まで農地だったのが、新横浜ができ、スタジアムと同時に遊水池が作られて大きく変貌を遂げた様子もどうぞ。




いやはや、それが面白く時間を食ってしまった。
いかんいかん、ってことで小机城址へ。
にしても、第三京浜が思い切り城址をぶった切っててたまらんですな。

ときどきあらわれる案内図にそって横浜線沿いに奥の方へ入ると、
狭い道の奥に斜面があらわれる。
ねこや(根小屋)あとだ。そこから坂を上り、空堀を土橋で越えて本丸である。
ここもシータで。
小机城本丸へシータ - Spherical Image - RICOH THETA

いやあ、空堀がすげー深くて、縄張りもきれいに残ってて
面白い!
あまり観光地化もされてなくて、それも含めてお勧めの散歩ルート。
空堀を歩くとかもう楽しいっす。


ここまできれいに残ってるとは思わなかったもの。

土地所有者19名、ってのもたまらん、昭和の案内看板。個人所有の土地を開放してくれてるのだ。
ちなみに、長尾景春の乱で、景春の仲間や逃げた豊島氏がここにこもり、太田道灌側に攻められて落城したことで有名。
その後、後北条氏の時代に重要な城としてその家臣が城主となった。
こういう城は必ず街道筋に建てられるわけで(そうじゃないと意味ないし)、
当初は江戸と鎌倉、後に江戸と小田原を結ぶ道が近くを通っていたはずだが、
当時の道筋がめちゃ気になるところ。
中原街道が近いので、当時の中原街道はこのあたりで小机を通っていたのかもしれないし、
神奈川のあたり(小机から南南東方向)に権現山城があってそこでも合戦があるので、
そちらと小机の関係も気になるところ。

いやあたまらんですな。
戦乱期の関東地方はもう群雄乱立しすぎて戦いばかりでややこしいので
一度頭の中を整理しなきゃなあ。
と、帰宅して、古本屋で入手した
昭和56年の「歴史と旅8月号 関八州古戦録特集」を読む。

ちなみに「山城へGO!」とあわせて千田嘉博氏の「戦国の城を歩く」を読むと
行ってみたくなります。面白い。

2015/01/24

「iPhoneユーザーにMacBookAirをすすめる10の理由」とな

朝起きてさて多摩武蔵野スリバチ学会と仙川地図研究所の合同フィールドワークにでかけようかと朝食を摂ってたら突然背中左側の筋を痛めたのである。
とほほ。
昔よくやらかしたとこだがここ2年くらい静かな休火山状態で油断してたか。
ここ2週間ほどちょこまかとよく働いてたので疲れがたまってたのかもな。

というわけで、
フィールドワークは欠席して家で安静の大獄と決め込んでたら
エイ出版から「iPhoneユーザーにMacBookAirをすすめる10の理由」なるムックが届く。
先週末篭もって書いてたヤツ。

パラパラとみて驚く。写真がでかい(笑)。
こんなに使われるなら、もそっと身なりに気遣って行けばよかったと
今更後の血祭り。ぐはっ。どくどくどく。何しろこんな具合。




わたしは主に、Windowsユーザー向けのページを書いているのだが、
なぜか写真ではこんなに登場しております。
iPhoneを使うようになってから、Macが気になりだしたというMac初心者に向けたムックでありますが、よろしければご笑納を。


2015/01/23

ハスキーと日本vsUAEなどなどな週末

あれこれ作例撮りのため、
ちょいとハスキーを抱えてお茶の水へ。
聖橋上とか湯島聖堂とかその辺を狙う感じで。
にしても、重たいな。いやその頑丈さやでかさを考えればさほどでもなく、
この重量で狙ったところにピシッと止まってガタつかず信頼性抜群なのが素晴らしい名機なのであるが、
普段持ち歩くのがもう、マンフロットのトラベル三脚「BeFree」なので……。
そういえばBeFreeのカーボン版が出ましたな。高いけど軽い。
三脚談議ははじめると長くなるけど、
安い三脚だとネジを締めた瞬間にちょっと雲台が動いたり、
ちょっとしたショックでぶれたりしがちだけど、ハスキーはそんなことないので
ちょっとでもぶれちゃ困るってときは欠かせないのであります。

昼、その足で某社某氏と秘密のミーティング的なあれやこれや。

夜、日本vsUAE観戦しつつITMediaにNEXUS6のカメラレビュー書き。

日本vsUAE。
まあなんというか、
「35本シュート打って枠内が8本で1点」
が全てを物語ってますな。
豊田なんか鳥栖でもっと難しいシュートをもっとピンチな場面で何度も決めてるのにあれを外すとは、力が入りすぎたか。

もひとつ。中二日。
試合の入りが悪かったというけれども、
選手の中に「中二日だから体力を消耗しすぎないようにしよう」という考えがあったんじゃないかと思えるくらい省エネモードの入りをしちゃった感があり、
そういう意味でも、中二日で選手固定がいかんかったと思うわけで、
前中後それぞれひとりずつは選手を入れ替えておくべきだったんじゃないかと
思いつつ見てたわけである。


2015/01/22

小雨

天気悪いですな。いやはや。
ともかく、NEXUS6の足りない作例とスクリーンショットがあったので
天気悪いけど慌てて近所でなんとかし、
発送。
でもって、ascii.jpに猫連載を書いてメール。
ITMediaに撮影術の連載を書いてメール。

2015/01/21

雨。寒い。
ITMediaにAquosPhone ZETAのカメラレビュー書き。

午後、
人形町で日本カメラ編集部。打ち合わせ。

夜、書きかけの原稿を仕上げてメール。



2015/01/20

今日の猫塚

雨。
なんとか足りない作例などを追加して
スクリーンショットなどを用意して
あれこれメモをして
返却。



猫は毛布に潜り込んで猫塚作ってた。
今度は2匹入り。

2015/01/19

稲荷下橋と稲荷

昼間、ちょいと自転車でご近所をぐるっと
スマホ2台持って作例撮り。いつものアレは撮っておかねばならないので
撮りに行ったのだ。

豪徳寺からふと東へ向かうと、
烏山緑道を「稲荷下橋」で越える。
烏山川時代(古い文献や地図には「烏山用水」とあるけど、これは烏山川の水量が少なかったので江戸時代に玉川上水から水を少しもらい、用水として使っていたから。元は自然河川なので烏山川と呼びたい)、ここに「稲荷下橋」がかかってたのだな。
明治末期の地図だとこの辺に水車小屋があったもよう。橋がかかったのはその頃かそのあとだ。


「稲荷下橋」ってことは、「近くに稲荷神社がある」ってことである。「下」ってことは、普通に考えて、稲荷は「上」にあるのだ。
烏山が作った河岸段丘を考えると、片側は世田谷城(当時)なので違う。
ってことは、東側の段丘上にあったはずである。
というわけで、東京時層地図の出番。


はい。ちゃんと神社マークがあります。
でも行ってみると、神社なんて影もかたちもない。
高度成長期にそこに区役所の庁舎ができたのだ。



そのときに……神社を壊して終わり、ってことは考えづらいので
ありがちなパターンとしては
・建物の屋上や中庭などその敷地内でちょっと移動して現存
・近くの大きな神社に合祀してもらって末社として現存
である。
どっちなんでしょうね。昭和の話なので調べればわかると思うけど、
そんなことしてたら今日撮る予定の作例を撮り終わらないのでここで話は終わり。

そうそう、向かいの公園に小さなトタンで囲われた庚申塔を発見。
最初はここに遷座されたかとちょっとワクワクしたんだけど
溶けかけた庚申塔でありました。
この坂、明治初期の地図にも載ってたので、昔からの道なんでしょう。



こうやって古い地図を見ながらうろちょろするのが面白い。
そうそう、地名ってどんどん失われてるけど、
橋の名やバス停に意外に残ってるので楽しいもんですよ。

ちなみに、稲荷下橋のひとつ下流にある品川橋、
戦国時代、吉良頼康が吉良城城主だった時代、常盤姫伝説ってのがありまして、
その常盤姫が城を抜け出して渡ったのが品川橋だったという。
ここを渡って南東に向かい、世田谷通り近くの石橋あたりで殺されてしまったとか。
詳細は「名残常盤記」で。


2015/01/18

仕事の合間に国土地理院サイトから昭和11年の航空写真を楽しむ

今日は「境界協会」のフィールドワークで
横浜からシーバスに乗って大桟橋で……という楽しい横浜の日。
でもキャンセル。とほほ。

さて働くぞ。
ってんで、
ひたすらエイ出版のMacBookムックの原稿書き。
とりあえず8ページのWindowsユーザーのためのMac入門的な記事を
延々と書き続ける。
それが終わったら、巻頭の12ページ。
全部で20ページもあるやん。
ともあれ、月曜の朝までになんとか書き上げてメール。
いやあこれだけ集中して原稿書いたのって久しぶりやわ。

で、原稿中の息抜きは国土地理院地図。
デザインが新しくなって、スマホでも見やすくなった。
よいのは検索窓が常に一番上にでてること。
それからデータの重ね合わせがわかりやすくなったこと。
前からできてたはいたんだけど、
たとえば、明治前期の低湿地データを重ねて見ると、
昔川だったとこがよくわかる。今は暗渠になってるとこも一発。
まあ明治前期のデータなので、ん? ちょっとずれてるんじゃね、
ってとこもあるけど、これはよい。

国土地理院地図より

さらに、古い航空写真も探せる。
古い写真は「単写真」といって地図上の撮影ポイントが出て、
それを開くと、別サイトの、そのポイントで撮影した航空写真を見られるのだが、
探しやすくていいのだ。
なんと、昭和11年の航空写真なんてのもあるのである。戦前ですよ、戦前。
国土地理院地図より
で、だな。ここで青山の昭和11年の航空写真を見てみると、こうである。

つい黒塗りエリアが気になってFaceBookに描き込んでしまったら、あっさり、
皇族の土地じゃね、ってことで解決。
確かに、赤坂御用地も塗りつぶされていたものな。
いやあ面白い。

昭和11年ってまだ六本木通りは影も形もなかったのよ。

あとは古地図も見られれば完璧なんだが。。いつかやってくんないかな、国土地理院。

ちなみに国土地理院の新バージョンの地図サイトはこちらです。
地理院地図

2015/01/17

渋谷駅は工事中

カメラレビュー用スマホ2台を抱えて
渋谷で昼から夕方まで人物作例撮り。
むしろ興味は渋谷駅前再開発工事進捗状況。
もうかなり丸ごと大工事の様相を呈していて
東急東横線ホームは完全になくなって
歩道橋から山手線ホームが丸見えで
東急東横店東館はほとんどなくなり
銀座線ホームだけがぽつんと残っている様子がたまらんのでした。



昨日今日で疲れたので早寝。

2015/01/16

ぶらり新潟へ

ここ数年、毎年、ITMediaの撮影術絡みで雪国へ行っているのであるが、
今年は新潟にしたのである。

たまたま昨年だか一昨年だか、スリバチ学会フィールドワークの折、
新潟のNPO法人「まちづくり学校」の中の人とともだちになりまして、
その人に雪の新潟を案内してもらうことにしたのだ。
NPO法人まちづくり学校

というわけで上越新幹線。越後湯沢より北にはいったことなかったので
どのくらい雪深いかと思いきや。


あ。越後湯沢から長岡は雪の中だったのに、
燕三条を過ぎたら雪ほとんどないやん。

新潟平野は平野なのでそれほど雪深くはないそうな。

新潟駅に近づくと、ビッグスワンが見える。
いいねえ。回りに高い建物がないので遠くにはっきり見えるのだ。
これを見ちゃうと、一度観戦に行きたくなるってもんです。

新潟駅前は雪がないってことで、
車で山奥の方へ案内してもらう。

雪に埋もれた映画館廃墟とか。


雪の住吉神社とか。

津川。
ここ、会津と新潟を結ぶ古街道筋で、川を使った水運が発達してて、住吉さんが勧請されたのもおそらくその関係である。

さらに山奥へ向かう。
途中、ダムに出会ったので雪のダムパノラマ。
この寂莫とした風景がたまらん。



にしても、廃墟とかダムとか神社とかそんなのにばっか心惹かれてていかんですな。

で、思ったより雪がない。
いや、雪はあるんだけど、どれも以前降った雪が溶けかけてるという感じ。
12月にどかっと降ったあとはけっこう暖かかったそうで
雪景色ネタは毎年難しいですわ。

まあそれはそれでなんとかするかって感じで、
山道で除雪車とすれ違ったり

雪山に沈む夕日を撮ったりしつつ、
最終のひとつ前の新幹線で東京に戻ってきたのでありました。

山賀さま、案内ありがとう。

2015/01/15

仕事してた日

エイ出版のMac入門的なムックの仕事でエイ出版へ。
そういえば先日打ち合わせにいったときも天気が悪かったなあ。
あそこ、
うちから自転車だと30分弱ですっといけちゃうけど
公共交通機関を使うとめんどくさいのだ。
この雨だと自転車で行くわけにもいかず、
駅前からバス。
都内のバス移動もまた楽し。

スタジオでキリッとした美人さんとMacを前にあれこれポーズをつけながら撮影される。
ああ、もうちょっと派手な服着ていけばよかった。まいっか。

帰宅して、
ascii.jpに猫連載書いて、
さらにレンズ本の残りの19本分を書き上げて
ちょっとだけ仮眠する。


2015/01/14

仕事してた日

さてそろそろ仕事はじめか←をい
晋遊舎から出るレンズムックの自分の担当分を
作例とにらめっこしながら
ひたすら書く。
レンズ30本(くらい)とレンズの使い方コラム系4ページ。
そのうち、
なんとかレンズ11本とコラム4ページ分をなんとか仕上げてメール。
家から一歩も出ず。

2015/01/13

下高井戸の菅原神社と弁天池跡

朝から都内某所の某で某。そういう季節です。
ついでに、flick!別冊(でいいのかな?)のムックの打ち合わせ。
そろそろ気合いをいれないとダメっぽい。

帰途、
京王線の駅から自転車で足を伸ばして
下高井戸の弁財天池跡の公園と、その弁財天が遷座したという菅原神社を回る。
なるほど、そこに弁天池があったのは知ってたが、
昭和39年に菅原神社に移されたのか。
国土地理院地図より。よーくみると等高線があって小さな谷だったのがわかる支流跡。

その弁天様は江戸時代の元禄15年に勧請されたもの。
菅原神社より古かったんだな。

そうそう、「菅原神社」は菅原道真を祀った、いわゆる天満宮。
普通は地名をつけて「〜〜天神」か「〜〜天満宮」とするし、
中野区にあるように「北野神社」(北野天満宮から勧請したからだろう)
とするのだが、
「菅原神社」ってのはちと珍しい。地域によっては多いんだろか。
なぜこの名前になったか、ときどき気になるのであった。

ちなみに弁天池の跡地は小さな谷戸になってて、水が湧いていたんだろう。
その水は北沢川に注ぎ込んでた。

今でも北沢川まで暗渠が続いてる。
そんな暗渠めぐりをして帰宅。

そろそろ尻に火がついてきたので
仕事にとりかかり←もう1月を10日も過ぎてるのに遅すぎます
家電批評に短い記事をひとつ書いてメールして寝る。

「ケルビン・ヘルムホルツ不安定性にともなう波雲」というらしいです



1月7日の夕空。
「ケルビン・ヘルムホルツ不安定性にともなう波雲」
というらしいです。
成長過程がきれいに並んでたので、手元にあったDMC-CM1で撮影。


2015/01/12

KITTE

広島県に住んでる妻の従兄弟が上京してきてるというので
ランチを食べにKITTEへ。
妻の従兄弟といってもわたしより年上なので、その娘夫婦とその子供たちとか息子とかで大人6人子供2人赤ちゃんひとりの大所帯なのであった。
でもKITTEの中に大所帯を収納できるお店があったので
そこでのんびりさせてもらう。

で、妖怪ウォッチってあらゆるこどもたちを虜にしてるんだなってのを実感する。
会う子供会う子供、みんな妖怪ウォッチ好きなんだもの。
すごいもんだ。

子供達が電車好きだというので(というかまあ普通は好きだわな)
KITTE屋上へ。
東京駅前のロータリーが大工事中だった。
人が集まれるような広場ができるといいんだが、むりか。

にしても、東京駅も復元されたはいいものの、
回りをデカいビルに囲まれちゃったおかげで冬は日陰にすぐはいっちゃって
なんとも時代の流れである。
旧丸ビルや旧中央郵便局時代はもっと陽射しが当たってたろうにと思う。

帰宅して昨夜梱包した段ボールを発送する。
ああ、なんか今年にはいって原稿を全然書いてないぞ。やばいな。収入的に。。。



2015/01/11

レンズたくさん箱詰めした

日曜日。
昨年末、大量に届いたレンズとボディ。
一部はすでに返却していたものの、
残っていたボディ6台とレンズ20本ちょっとをかきあつめて段ボールに詰めこんで
あとは発送するだけにして寝る。
昼間は何をしていたかというと……何をしてたんだろう。
わはは。たぶん、レンズ返却前の最後のメモ作成などをしていたかと思う。
たくさんあるとメモっとかないと忘れちゃうのだ。原稿はまだ書いてないのだから。

写真は「我が家の猫塚」。
この中に入っているのは大五郎であります。
毛布の中に潜り込むのが好き。

2015/01/10

[古道散歩]東京古道散歩の日-品川道編-

晴れ。
新潮講座「東京古道散歩」の日。

飛田給駅集合。
27人も集まってくれましたありがとう。
スタッフもいれて30人の大所帯。
ここから大国魂神社はちょっと歩くけど、
この駅、品川道の真上を斜めに横切ってるから
都合がよかったのだ。

そこから品川道を延々と歩く。
江戸時代、このみちは飛田給で甲州街道とつながり、
東府中でまた甲州街道とつながってた。
バイパスとして、じゃなくて、江戸時代初期、
まだ甲州街道がきちんと整備されてなかった頃、
古くから使われてた品川道が一部甲州街道の代替として使われていたらしい。

甲州街道が開通した、と年表に書いてあっても、
実際、全線開通かどうか、どこからどこまでが古い道を使ってて
どこからどこまでは新規に道を拓いたのか
その辺がわからないのがちともどかしいのだよな。

この品川道自体はどうやら中世の頃に拓かれたようで、
その前はもっと立川崖線に近いギリギリの道が使われていた。
それを「古品川道」と呼んでる。
下の地図だと、本願寺前のあたり。

崖線ギリギリだと谷を越える必要があったり
災害で崩れやすかったりしただろうから、
谷越えが不要な「品川道」にシフトしたんじゃないかと思う

実際、品川道と古品川道とおぼしき道の間に古墳や古代の集落跡が集まってて、
古代は立川崖線ギリギリに、中世はその少し北、
近世はさらに北の甲州街道沿いにと
少しずつシフトしていったのだ。
地形を見るとよくわかる。


その辺の面白さを味わいつつ、
大国魂神社(歴史を調べると、ここも武蔵総社とか六所宮と呼びたくなる)
で、ちょっと休憩して、
さらに足を伸ばして、坪の宮神社、高安寺と経て
少し暗渠をあるいて分倍河原駅南口で解散。
南口にしたのは、新田義貞公の像があるから。


その後、もうちょっと足を伸ばして分倍河原の古墳めぐりと称して
ちょっと散歩。
小さな古墳を2つ見たあと、地元の参加者が「放置されてる古墳をひとつ知ってる」というので、さらにレアな古墳へ。
おお。めちゃ何気なく残ってるじゃないかこれは素晴らしい。

そして分倍河原駅前で宴会……もとい、反省会へ突入。
今回はじめて参加してくれた夫妻が、
実は昔から(それこそ90年代末期)わたしのサイトを見てくれてて、
当時、デジカメ黎明期に撮った世田谷界隈の写真を見て一緒に楽しんでたそうで、
なんと芦花公園に昔いた「にーに」(猫です)のことも知ってて、
めちゃ盛り上がる。なんとなんと、である。
次回以降もきてくださるそうでありがたや。



2015/01/09

打ち上げでポルトガル料理

昼間、ちょいと作業。
夜、西麻布でアサヒカメラ鼎談連載終了に伴う新年会兼打ち上げ。
赤城さんとかまつうらさんとか担当の編集さんと
ポルトガル料理。

いやあ、ポルトガル料理の店ってはじめてきたけど、美味しくて
ラテンっぽく豪快でいいわ。
ポルトガルビール

イベリア半島といえば魚介!

よくわかんないけど海鮮の鍋

食べ終わったら貝塚誕生w
でもって、シメは鍋のブイヤベースにお米をいれておじや。
ポルトガル料理でおじやで締めるとかもうたまらんですわ。
ポルトガルって、ヨーロッパで2番目にお米を食べる国らしい。
(2番目だっけ? 1番だっけ?。ちょっと酔ってたのでよく覚えてない)
ここでした。
ポルトガル料理 VILA NOVA ヴィラノヴァ 西麻布 - ポルトガル料理 ヴィラノヴァ 西麻布

帰りは西麻布から渋谷までバスに乗ってみる。
渋谷のバスターミナルが工事中で方向感覚が狂う。

バスついでに、経堂までバスで帰ることに。
ああ、東急プラザも壊しちゃうんだよなあ。
わたしが上京して最初に見たときはやたらきれいで建てたばっかだと思ってたが、
それはリニューアルしたばかりの姿で、
元は1965年に建てた古いビルだったらしい。
そうか、昭和40年か。もう建て替えの時期なのか。

今日の写真はCM1でした。
これ、デジカメを持っていくほどではないけど、
iPhoneだけだとちょっと心許ないな、スナップカメラが1台欲しいな
って感じの時にちょうどいい。

2015/01/08

東京古道散歩下見の日

土曜日の「東京古道散歩」下見の日。
えんえんと飛田給から歩く。さすがに品川道を歩いてるだけじゃ退屈なので
ちょっと崖線上の古品川道に寄り道したりすることにする。

大国魂神社はまだお正月の続きで参拝客多し。
出店もいろいろ。

歩いているといろいろと疑問が生じる。
「ふるさと府中歴史館」で学芸員の方を捕まえ、
あれこれ尋ねると、丁寧に教えてくれる。
ありがたや。
府中第四小学校西にあるこの古塚はやはり古墳だったか。


主に、品川道と古品川道と甲州街道の関係。
大国魂神社の歴史。
古墳群の話。

いやはや、地元の学芸員の話は非常に面白い。
最近、街歩きが流行っているせいか、
あれこれ尋ねられることが多いのですと楽しそうに語ってくれた。

その後、高安寺に立ち寄り、
分倍河原駅を越え、鎌倉街道上道(陣街道)まで足を伸ばし、
鎌倉街道上道沿いの木に抱え込まれた板碑がいつの間にかレプリカに入れ替わっていたことを哀しみ、

当日ここまで来ると長すぎるよね、おまけツアーにしますか、という話になって終了。

そうそう、分倍河原駅北口改札。
JR改札、京王線改札、JRと京王線の乗換改札がスター型に置かれてて面白いのであった。



2015/01/07

少年マガジンの電子化に悦んではみたものの

講談社が全コミック誌を電子書籍として配信ってニュースが飛び込んできたのである。
おおっ
講談社、全漫画雑誌を紙と同時に電子化へ 「ヤングマガジン」など3誌からスタート - ITmedia ニュース

同社の「モーニング」のデジタル版「Dモーニング」の愛読者としてはまことによろこばしい限り……と思ったのだが、よく見ると「Dモーニング」とはかなり違う。
マガジン・ヤンマガ、2015年1月より電子書籍化!


1)配信方式の違い
・Dモーニングは専用アプリへの配信で、1ヶ月あたりの課金である。
・少年マガジンなどは一般の電子書籍と同じく各種電子書籍サイトへの配信であり、1冊ごとの課金となる。
→専用アプリは不要だが、1冊ごとに買わねばならず電子書籍サイトによっては購入がめんどくさい

2)価格の違い
・Dモーニングは1ヶ月あたり500円(つまり約4冊で500円)で自動継続扱い。AppleIDで決済できる。これは安い!
・少年マガジンは各種電子書籍サイトでの電子書籍としての配信であり、価格は紙媒体と同じの予定である。アップルのサイトの場合、雑誌用の「NewsStand」ではなく「iBook」での配信となる。この辺がナゾ。
→つまり、割安感はない

 えーーーっ。
 Dモーニングってすごくよくできててよかったのに。
 月500円だからすごく割安だし、月ごとの課金で、アプリを立ち上げると自動的に最新号がダウンロードできるのでいちいとストアへ行って購入する手間がないしですごく使いやすかったのに。全雑誌をこの方式でやるとコストがかかりすぎるのですかねえ。
 これじゃあ単にデジタル化しました、ってだけで、残念である。
 よい先行事例がある分、よけい気になる。

 電子書籍サイトだと、他の電子書籍とごっちゃになっちゃうから管理もめんどくさいし、毎号手動で購入するのもめんどくさいし、価格的なメリットもない。そもそも単行本向けの設計だし。ただ、1冊ごとに買えるので、バックナンバーの買い逃しには対応できる。メリットはそのくらいか。

 うーむ。ちょっと拍子抜けだったなあ、単にデジタル化しての配信もしますよ、というだけだったなあ、どうしようかなあ、というところ。
 せめて、NewsStandアプリにできなかったか。

 ちなみに、一番簡単なのがAppleIDで買えるiBookStoreなのだがそっちだと300円になる(これはストアの問題なのだが、実売の260円より割高なのは問題)。

 もうひとつ電子化で問題となるのは、電子版だと掲載されないコンテンツがあること。
 アイドルの写真などはまあおいといて、
 Dモーニングでは浦沢直樹作品や井上雄彦作品が掲載されてない。紙媒体オンリーとなっている。
 週刊少年マガジンは、「はじめの一歩」が紙媒体オンリーとなるそうな。
 これも残念。

 浦沢直樹に関しては、年末のハフィントンポストのインタビューでちょっと答えてる。
「読者がお金を払わなければ、"あるべき関係性"が結べない」――漫画家・浦沢直樹さんインタビュー

具体的には2つ。
浦沢:うーーーーん。「問題意識」というほどのことかどうかはわからないんですけど、僕は作品を1回も電子書籍化したことがないんですよ。紙媒体だけでやっている残り少ない原始人(笑)は、もう本当に、数えるほどという感じ。なぜやらないのかというと、第一に画面の小さいスマホで読んでほしくない。それと、漫画って見開きで読む形態なので、それがキープできない媒体では、見てほしくないんですよ。見開きの状態で眼がどういう風にページ全体を追っていくのかが漫画の演出だと思うので。ただそれだけなんですよ。
それから、今は無料で読める漫画っていうのがあるじゃないですか。僕の今まで生きてきた感じからして、「タダで見る」ってことがどうしても、しっくりこないんですよね。漫画というのは、高いものだったんですよ。僕らが小学生の頃は単行本が220円から250円くらい。とてもじゃないけど、買えない代物だったんですよね。本屋も立ち読みさせたくないから、子供の手が届かない高い棚に並べてた。それを眺めながら「いいなあ、お金が貯まったら、あの単行本がほしいなあ」って憧れていたんです。そういう世代なので、「タダで見る」って、それ漫画の見方じゃないよな、って。 
うーむ。

前半に関しては全面的に賛成。見開きをきちんと意識して描かれた作品は見開きで読みたいし、わたしが漫画をiPad Airで読むのは、あのサイズと解像度だと「横向きにして見開き表示にしたときちょうどいい」から。あれだと見開きで快適に読める。
作者が左右ページの構成を意識して描いていたら、その通りに読む方も受け取れる。
一時期ケータイコミックで流行った、コマごとに割って1コマずつ読むとかもうありえんですわ。という感覚はある。

 後半に関しては……電子書籍化とは別の問題な気がする。

で、だったら、「浦沢作品だけは強制的に見開き表示になる」という縛りをつけてもいいから、Dモーニングに出して貰いたいわ。
もちろん、単行本は紙で揃えたいものは紙で買うし、電子書籍でいいものは電子書籍で買う。それは自分で決めます。

個人的には、作家が作品をどういう形で届けたいかは作家の自由であるからして、電子書籍化はしばらくしません、というならしょうがない。

ただそれは、単行本の場合で、
雑誌ではどの作品も全体の一部にすぎないわけで、
そこはそのまま出して欲しいですよと思う次第です。

昔から、雑誌こそ一番電子化に向いてる、と思ってたし、
たぶん、どっかで書いたこともあるし、ブログでも書いた。
Dモーニングはそのいい例だ。
でも、
単にデジタル化して電子書籍ストアに他の本と一緒に並べます、
レベルで終わったらとても残念。

と文句ばかりいっててもアレなんで
一応買ってみました。


紙雑誌とは表紙が違う(笑)。
まあ大島優子側の許可がとれなかったのでしょう。
雑誌の電子化も大変なようです。
ともあれ、単なるデジタル化ではなく、
デジタル時代の雑誌に進化していって欲しいなあ。



2015/01/06

ブラタモリの日

曇りのち雨
雨が降る前にと11時からエイ出版で打ち合わせ。
自転車で行く。
降らなければ馬事公苑で作例を撮って戻るつもりでカメラを持っていくが
降雨のため断念。小雨の中帰宅。

ブラタモリ復活の日。
ってのを録画予約かけたまますっかり忘れてたのだが、
FBで「今日はブラタモリだ」的コメントを見て
あわててテレビをつけたのである。

ブラタモリ京都編。
いやあ、地形ネタがメイン(だよね?)とは。
まずは琵琶湖疎水から。
疎水といえば南禅寺。
南禅寺の水道橋の上を歩いておりました。
実はそこ、だれでもはいれる場所。

わたしも2008年の冬、
南禅寺の水道橋の上で昔(2008年!)、パノラマを撮ったなってことを思いだし、ひっぱりだそうとしたら、撮っただけでステッチしてなかったー。あほだ。
あらためてステッチしなおそうとしたら、
当時使ってたPTGuiのライセンスが切れてて、
ライセンスとりなおすのも金かかるので、
とりあえずトライアル版のままequirectangular画像にし、
THETAアプリにつっこんでtheta360で公開。
THETAで撮った画像じゃなくてすみません>リコー
円形魚眼で撮った全天球パノラマ用の画像をequirectangularにするフリーのアプリ
なんかいいのないですかねえ。
そうすると昔撮ったパノラマ用の元データを活かせるもの。


南禅寺の水道橋の上から全天球パノラマ - Spherical Image - RICOH THETA

ブラタモリはその後インクラインへ行き、なんと当時の映像まであり、
さらに新京極。
ここまでは明治初期の話。

最後は秀吉が作った「お土居」。
秀吉が京都の回りを土塁で囲んだのだ。

昔の京都といえば平安京だけど、
今の京都のベースは実は秀吉が整備した街で、
平安京に比べると、少し東にずれてるのだ。

お土居は知らなかったなあ。

個人的には、平安京時代の京都までさかのぼって欲しかったけど、
まあ、ブラタモリ的で面白かったし、
タモリも楽しそうだったのでよしとしよう。