三連休2日目。
明日、発送しなきゃいけない機材が何セットかあるので
最後の作例撮りって感じで自転車で近所を走り、スナップや動画を撮りつつ最後は世田谷区の花であるところの鷺草。
| 電動アシストロードにはまってます。 |
| 現行車両と古車両。 |
| 鷺草は小さいのでマクロの出番 |
夜はascii.jpに猫連載。
コロナ禍で中断していた「這いつくばって猫に近づけ」の「猫宅訪問」シリーズを復活させるべくちょこちょこお願いしていたのだが、本日はその撮影の日。
天気は悪かったけど、下町方面のNさんタクへ向かい、
2匹の猫と遊びつつ撮影してきたのだった。
その後、ぶらぶらと下町を歩いて外猫とであったりしつつ
下高井戸の友人宅へ行き、
ご近所仲間宴会。
そんな土曜日。
天気予報を見てたら、今週ずっと雨模様。
もしかして、今日が一番降らなさそう??
やばい。
ってことで慌ててX-H2Sと150-600mmなどをひらくPCリュックに突っ込み
(これ、高さがあるので長玉をぽんといれるには丁度いい。写真には写ってないけどちゃんと間仕切りもあるので安定するし)
清澄白河へ。
清澄庭園でアオサギを撮るぞと思ったのだ。
庭園に入ると、やたらヘリコプターの音がする。遠くで何機もホバリングしてる。
自衛隊でなんかあったかとカメラを向けてみると(超望遠を持っててラッキー)、
マスコミのヘリっぽい。
SNSをチェックすると、どうやら安倍元首相葬儀の取材ヘリらしい。
1機が比較的近くを飛んできたのでノートリミングで。
TVTOKYOだった。ローターの先が少し曲がってるのは電子シャッターで撮ってるから。電子シャッターでこのくらいの歪みでおさまってるのは素晴らしい。
雨降りそうな空模様だったので望遠端でF8というレンズで1/1000秒や1/2000秒で狙うのは難しかったのだけど、でも600mm(つまり900mm相当)の超望遠を手持ちで撮れるってのはよい時代だわ。
X-H2Sは連写も強いし、プリ連写も効くのでアオサギが鳴いた瞬間も。
捕食の瞬間はレビューで使うのでここではなし。
いやあ、X-H2Sは良いカメラだわ。撮ってて気持ちいい。めちゃ速いし。
X-T4ユーザーとしては操作系が普通のカメラになっちゃったので微妙だけど、
趣味・道楽のX-T、実用のX-Hと考えればいいのか。
この性能で30万円ってのは高くないと思う。
帰宅したら、ニコンが一眼レフから撤退、ってニュースが日経から流れてて編集部から電話がくる。
なんか新しいソースでもあったのかと読んでみると、単に「撤退することがわかった」としか書いてなくてタチがわるい。
ニコンってずいぶん前からミラーレス一眼に注力するっていってなかったけ。
特に昨日今日決まったことでもあるまいに。謎。
まあ、5年に1回くらい新型が出るかも知れないけど(既存ユーザー向けのマイナーチェンジ版みたいな感じで)、
主力は完全にミラーレス一眼に移ってるわけで、
大騒ぎすることではないよな、むしろ、一眼レフの新製品を出します、っていう方がニュースだわ。
そもそも、一眼レフの構造ってレンズ交換式フィルムカメラに特化したもので、
デジタルカメラには向いてないのだ。
理屈ではそうでも、各種技術が追いついてないので、フィルムをイメージセンサーで置き換えたデジタル一眼レフという構造がしばらく主流だっただけで、
今はもうミラーレス一眼への移行が事実上完了しつつある状態。
まあユーザー側が移行していくにはまだ時間がかかるだろうけど。
ミルは段ボールがあるととりあえず入ってみるらしい。
午後、歯医者。片っ端から直しているが、そろそろ終わりそう。
安倍元首相殺害事件の情報がまとまってきた。
いろんな要素が重なり合ってて、SNSにしろメディアにしろ各要素をきちんと分けないで語ってるので始末が悪い。
・犯人の家庭が旧統一教会が原因で崩壊したこと
・犯人の殺害行為
・奈良県警の警備の不備
・安倍元首相の政治家としての功績
・旧統一教会自身の様々な問題点
・旧統一教会をはじめとする宗教団体と自民党の関係
という6つの事象をそれぞれ整理せず一緒くたにしたら、そらわけわからんし、
対立も起きるわ。
目黒学園カルチャースクールの座学の日。
早めに家を出て投票を済ませ、
目黒駅周辺をちょっと散歩しつつ作例を撮り、
会場へ。
目黒学園カルチャースクールの教室は
目黒駅の真ん前というよい立地で
ファミリー的な雰囲気がなかなか良い。
夜景作例を撮りつつ帰宅。
そして、ascii.jpの猫連載を書いてメールする。
「鎌倉街道伝承を歩く」本の見本が届く。
売れるとよいなあ、というか売れてくれないと死ぬ。
写真も自分で撮ってるし、地図も自分で作っているので手間暇がかかっているのだ。
明日の講座の準備をなんとか終える。
90分ひとりでしゃべるとなるとそれなりの枚数を用意しなきゃいけないので大変である。
参加人数が少ないとはいえ手は抜けない。
ITmediaにコラムを書いてメール。
安倍元首相が撃たれたというニュース……たぶん、Twitterで知った……で
NHKをつける。
今の時代、いろんな人がスマホ向けてるから
詳細な映像がどんどん出てくるだろなと思いつつ見る。
情報が錯綜してて想像であれこれ書き込む人が続出してTwitterカオス。
まあいつもカオスなんだけど。
いろんな映像を見てると、
すーっとこれといって興奮した様子もなく静かに歩いて行き、
何かを叫ぶでもなくさっと銃器を構えて撃っている。
怖ろしいのは興奮した様子も躊躇する様子も見えないこと。
散弾銃って情報から手製のよくわからない銃という話が出てきて
だったら助かるかもと思ったのだけど、
ダメでした。合掌。
午前、レビュー用のカメラが届く。
午後、新宿でスマホとデジカメの作例撮り。
X-H2S、ちょっと分厚くなってグリップはしづらくなったけど、カメラとしてはハイレベルですごくいい感じですな。ファインダーも見やすくて気持ちいいし、シャッターの感触も良い。X-H1のシャッターも良かったんだよな。
新宿に来たら、やっぱこれを撮らないとねこ。
もう復旧してるはずだけど、どうもダメなとこもあるようで
うちもアンテナ立ってなかったりして、まだ流量制限してるんだろう。
でもデータ通信は安定しているようで歯医者でのPayPayの支払も問題なく済む。
よしよし。
20時からの記者発表を見る。
技術関連のトップが出てきて何が起きたか説明しますという会見で、
やたら補償をどうする的な事を聞きたがるマスコミは通常進行。
すでに流量規制は解除しているので、まだつながらない人は電源のオフオンを試して欲しいとのこと。
(機内モードのオンオフでもいいと思うけど)
こういうトラブルに起因する輻輳が起きるのはしょうがないとして、
大事なのはどう周知するかだよなとは思う。
他社回線や自宅のインターネット回線を持たない、つまり代替通信手段を持たない人たちがスマホが壊れたかと思ってauショップに駆け込むのはしょうがないので、
短期的な措置としては、auショップに店頭貼りだし用のPDFデータを強制的に送って、
プリントしてすぐ案内できるようにする。
主要マスコミに即座にリリースを流して、テレビ局は速報テロップを流して周知するようにする、モバイルSuicaやモバイルPASMOユーザーに向けて各駅にも案内を流してもらう、
くらいはすぐできそうだけど、
長期的には、官公庁もまじえて共通にすばやく告知を行える仕組みは必要だろうなあ。
特に緊急電話に関してはなんらかの仕組みは欲しいところですな。
朝、auの記者会見がオンラインでも見られるというので視聴する。
・コアルーターの交換時にトラブルが起きてVoLTE交換機で輻輳が起きたこと。
・VoLTE交換機なので音声通話はアウトだけどデータ通信は生きていたこと
・輻輳をおさえるために、無線全体を制限したこと(これによりデータ通信もつながりにくくなった)
・輻輳がひどく、VoLTE交換機と利用者DBの間に不一致が置き、それを解消する作業が必要になったこと。
・iOSは音声通話がダメでもデータ通信が可能ならそっちはつなぐという仕様だが、Androidは音声通話がダメだとデータ通信もつながない仕様(ただし機種によって振る舞いは違うらしい)ということ。
なるほど。なんとなくわかった。
ユーザー側から見たら
・iPhoneならデータ通信はつながったりつながらなかったり。音声はしばらくダメ。
・デュアルSIM使ってたりWi-Fi環境にあればデータ通信は問題ない。
・だがしかし、SMSを使った2段階認証が必要なサイトではダメ。SMSが動いてないから←これは盲点だった。わたしもひとつくらった←クリティカルな用件じゃなかったので、まあ大丈夫だったけど
・サブのSIMが音声に対応してればそれを使って音声通話できるけど、相手がauだったらつながらないし、相手からしてみるといつもと違う番号からかかってきたというので警戒されるかも。
というわけで、かなり広範囲に被害。
逆に、デュアルSIMにして他社回線も使えるようにしていても、完璧じゃないということだ。
一番強く思ったのは「スマホ時代の輻輳はこわい!」ってこと。
アナログ電話時代の輻輳って、災害時や人気コンテンツの電話予約時など「ユーザーが一斉に電話をかける」ことで回線がパンクする現象だったけど、
今はスマホ自体がバックグラウンドで頻繁に通信するし、音声に関しても50分に1回通信して、その端末がどの基地局につながってるかなどを更新してるそうな。
で、スマホ側はうまくつながらないと、何度も再接続要求をかける。
これによって、輻輳が輻輳を呼び輻輳が輻輳を呼ぶわけで、一気に接続要求がくるってことなんだろう。
だから、流量規制をせざるをえない上に復旧が長引く、と。
ユーザーが自分で「あれ?」と思ってなんどもリロードしたり何度も電話しようとしたりする人間による輻輳よりも、スマホ側が自動的に再接続要求を繰り返す機械側の輻輳の方がずっと深刻なんだろなと思う。
ついでに、それがおきるとスマホのバッテリーの減りも速くなる。
電波を掴もうとして基地局を探しにいくという作業が頻繁に繰り返されるから。
電波の弱い田舎へ行く方がバッテリーの減りが速いってのと同じだ。
深夜、自宅の固定電話へかけてみたらつながった。データ通信も普通にできるしSMSによる認証もOkとなり、一安心するが、auのサイトを見ると流量規制はまだしてるようで、運がよかったんだろう。
OM-1のファームウエアアップデートをかけたり、ascii.jpに猫連載を書いてメールしたり、
銀座いなり探訪のテキストを作り、図版を作ってメールしたりして寝る。
なんとか「東京人」原稿の下書きが終わり、必要な図版を作成し、
疲れたので仕上げは明日やろうってことで寝る。
明け方、寝ようと思ったらauが通信障害を起こしたってニュースを知り、
iPhoneを確認したら確かにアンテナピクトが立ってない。
暑い。
川越の歴史とにらめっこしつつ構成を決める。
「古代入間郡の役所と道」「絵図で見る川越」「戦国時代の川越」など川越市博物館のあれこれが役立つ。
上戸・的場エリア(河越とする)と川越市街の対比が実に面白い。
ポイントは4つ。
詳細は6月21日の日記に書いたので写真などはそちらで。
○三芳野
河越こそが平安時代の文献に出てくる三芳野の里である」と主張する。
河越には三芳野塚(このあたり最大の古墳だったらしい)があったが、宅地造成で削平されて、今や旧地がどこなのか、案内板すら立ってないのがもったいなさすぎる。
○三芳野天神
河越の三芳野天神。平安時代末期創建。かつては三芳野塚にあった。
この天神、中世の頃ご神体を川越城にある三芳野神社に遷したが、神体が旧地へ戻りたがったため再び的場へ戻したという。
川越城の三芳野神社はもともと素戔嗚を祀った神社で、天神はあとから合祀されたものなので、この話はありそう。
○日枝神社(山王宮)
埼玉凸凹地図が届く。
埼玉凸凹地図、埼玉スリバチの達人、千葉凸凹地図、千葉スリバチの達人の4冊が同時発売されたのだ。
全部買うとけっこうな金額になるので、とりあえずすぐ必要な埼玉凸凹を。
「東京人」に川越の古道の話を書くので、参考にしたかったのだ。
古街道の名称やどの道を鎌倉街道(諸説あるので)としているかの確認。
思ったより細かく調べてあって(何しろ埼玉は広いので大変なのだ)感心しつつ
肝心なところが「ノド」にかかってたり、小さな字は読みづらかったり(ローガンによるもの)して、
デジタル版が欲しいーと思う。
紙の地図帳には紙の良さがあるけど、実用面ではiPad最強。
ピンチアウトで拡大できるし。
午後歯医者。
PayPayで支払えるので、財布の中身を気にしなくて済んでありがたい。
夜散歩。夜なら多少涼しいかと思ったけど、蒸し暑いわ。
野口さんの写真展最終日に駆け込みでギャラリーへ。
東銀座のマガジンハウスの近くにある銀一のギャラリー。
メンバーはいしたにさんと松嶋初音嬢というレンズ沼の面々。
多摩川河口付近で撮った写真を集めたモノ。多摩川っぽくていい。馴染みの場所を撮る方がその人の視点が出ていいよねと思う。じっくり楽しめるよい写真展でありました。
そして、銀座一丁目で小籠包などを食べて帰宅。
ちょいと取材で川越へ。といっても、川越城址のある川越じゃなくて、河越館のあった川越。ややこしい。
今の川越市中心部は川越城の城下町が中心だが、ここに城が築かれたのは室町時代半ばのこと。
平安〜鎌倉時代に河越氏が河越に居館を構えていたのだが、
それは川越から西、入間川を挟んだ反対側だったのだ。
河越館のあるエリアと川越城のエリアの間は低地でほぼ水田であり、ちょっと離れてる。
で、今回は河越館跡のある上戸や的場周辺を散策すべく、
霞ヶ関駅で降りて(まさか埼玉県に霞ヶ関駅があるとは!)ダイチャリ。
駅前に食べるとこないなあどうしようかなと広い道路に出ると(実はこれ古道)、ガスト発見。ロボットが働いてた。
まずは的場方面へ南下し、三芳野天神。
三芳野天神といえば川越城址にある三芳野神社のことだけど、
実はあそこはもともと天神ではなく、的場の三芳野天神を合祀したものだという。
面白い。
さらに南下して若宮八幡神社へ。この周辺の発掘調査で東山道武蔵路の駅が発見されたというけど、特に解説板などもなく、八幡にお詣りして終わり。
続いて、東山道武蔵路の名残っぽい位置の古道をちょっと北上し、
東へ向かって牛塚古墳。いくつかある古墳の中で生き残ってるうちのひとつ。
ここ、入口がわかりづらすぎ。
後半は上戸の日枝神社へ霞ヶ関駅の南の方、牛塚のちょっと北からまっすぐ延びる参道を走る。
この日枝神社が面白い。創建は平安時代で、東京の赤坂日枝神社のルーツはうちだと主張してるのだ。
たまらんですな。
概略としてはこう。
1:1160年に河越氏が新日吉神社に土地を寄進して日吉神社を勧請し、新日吉山王宮とした。
2:1362年に江戸氏がこの日枝神社(つまり新日吉山王宮)を江戸城に勧請した。それが赤坂日枝神社だ。
(神社によると、秩父平氏つながりということらしい。河越氏の祖と江戸氏の祖は系図によると兄弟にあたる)
3:室町時代になり、川越城と江戸城を築いた太田道灌が仙波の日枝神社(つまり山王)を江戸城に勧請。それが赤坂日枝神社だ。
で、東京ではどういう話になってるかというと、
太田道灌が勧請する以前の文献に「山王宮」があったのはわかってる(米良文書)ので、おそらくは江戸氏が勧請した山王があり、その後、太田道灌が川越の山王をあらたに勧請したのではないか。
である。それは知ってたけど、まさか江戸氏が勧請したという山王宮も河越からだったとは初耳。しかも1362年まで特定してる。1362年に江戸氏が江戸館を築いたって話はどこから出てきたのか。
で、どうも熊野那智大社に伝わる米良文書に「江戸郷山王宮」が見られ、それが貞治元年(1362年)のものなので、それが根拠かなと思う。
さらに、東へ向かうと、河越館跡史跡公園。平安末期から鎌倉時代の河越氏の館跡だ。
鎌倉幕府の御家人として活躍したり討たれたりしてる。
この史跡公園は予想以上に充実。
館跡にはそれぞれの施設に解説があり、空堀跡や道路跡も残されてるし、土塁も一部残っている。
ここは素晴らしい。
つまるところ、三芳野天神、上戸日枝神社、河越館跡があり、東山道武蔵路も通っており、入間郡衙もあったと推定され、「三芳野といえばここだ! 川越のルーツはうちだ!」と言ってるかのようで面白いのである。さてこれをいい感じにまとめねば←仕事です。
その後、南下して、川越市博物館の図録が「入間郡衙と足立郡衙を結ぶ伝路だったんじゃないか」という古道を東へ向かって川越市駅まで走り、ダイチャリを返却して東武線で帰宅。
河越と川越。両方抑えたいけど、ちょっと距離があるのだよなあ。自転車があればいいけど、電車だと二駅、川越市駅からだと一駅ではあるんだが。
EOS R7を返却し、レビューを仕上げてメール。
さらに、ascii.jpに猫連載を書いてメール。
auから、Amazonプライム1年間無料キャンペーンのお知らせが来てたので
手続きする。
もともとAmazonプライム会員なんだけど、これに申し込むと1年分だけ無料になるというのである。
使い放題MAX系の契約をしている人へのサービスらしい。
ちなみにわたしが入っているのは
使い放題MAX 5GのDAZNパック。
もともと使い放題MAXにしてあったのだけど、
DAZNが月3,000円に上がったこともあり、
それならこれに入った方がずっと安く済むわということで。
まいまい東京で千住の氷川神社散歩の日。
北千住駅の西口広場で待ち合わせ。
参加者は19名。ありがとうございます。
で、千住宿を北上し、千住四丁目の氷川神社、名倉医院。
そして安陽院前を南下して千住三丁目の氷川神社。
| 千住三丁目の千住本氷川神社。狛犬のおでこにあじさい! |
NTT千住ビルを経由して熊谷堤の千住神社は千住一丁目と二丁目。
一丁目が氷川神社で二丁目が稲荷で、今はそれがひとつになって千住神社。
で、古刹を2つくらい経由して千住駅に戻り、
丸井の10階にある千住一丁目と二丁目のジオラマで復習して終了という流れ。
| 千住宿一周って感じ |
なかなか面白いコースだと思う。千住五丁目の氷川神社にも行きたいけど、そうすると距離が長くなっちゃうのだよね。
とまあこんな感じの街歩きガイドの仕事も募集しております。