2016年12月16日金曜日

苛酷な仕事2日目;長岡から雪の栃尾へ

2日目は長岡からバスで栃尾へ。
昨日より雪がすごい。

目的地はさらに山の方なのである。
遭難したらどーする。

というわけで、新潟県のコネを使いw、
とある方にヘルプを求めると、
ボランティアで街歩きのガイドもされてる方で
(つまり、街歩き仲間系のコネなのでした)
親切にも助けて下さったのであった。

いやあ、雪が積もった階段を100段近くのぼって
境内まで行くとかひとりだとめげてたわ。

栃尾についたときはその雪を見て「これはヤバいな。ごめんなさい無理でしたパターンかも」と不安だったのだが、
行ってしまえばなんとかなるものなのである、じゃない、
正確にいえば「なんとかしちゃった」わけだが、
助けて下さった方、
お話を聞かせてくださった方、
みなさまありがとうございました。



なにしろ雪が深く積もる前に、と12月中旬にしたのに
ちょうど寒波にぶちあたり、
土地勘まったくない場所なので
「とりあえず現地へ行って考えよう」と1時間に1本のバスで向かい、
タクシー会社でいろいろ交渉してそれで
必要なとこを最低限回ったところでよしとするか、
と長岡を出たときは思っていたのですよ。

それがもう、当初予定の数倍の収穫でありまして、
訪問客に優しい古い集落の良さを全身で浴びさせていただきました。
大変おいしゅうございました。いやほんとに旨かった。
しかも追加で秋葉権現。
そこから見る、雪の栃尾城址はたまらんのであった。
こうして地形が見えるって素晴らしいですよ。
普通は木々が伸びて隠しちゃうか
正面に見える平らなところが本丸跡。
昔はこういう山の木を木材として切り出したり冬の燃料として使ったり炭焼きしたりしてたのだけど、それをしなくなったせいだと。

さてこの旅の目的はいったいなんだったのか。
詳細はいずれこれを記事にして公開されたときに。

以下は今回の訪問地。
こうしてみると、よくわかる。
長岡は江戸時代に発達した場所。
広い平野が広がっていて米作りにめちゃよいのだが、
平野な分、信濃川があばれまくって中世までは湿地帯だったそうな。
で、古い街道は栃尾の方を通っていた。
今は浦佐から北上してクランク状にうまく谷地を通って長岡へ上越線が通っているわけで、これは江戸時代の三国街道(上州と越後を三国峠を使ってつないでいた古道)だが、
中世は栃尾を通っていたそうな(交通の要衝だから、栃尾城が置かれた)。
そういうこと考え出すと面白くてたまらんですわ。

歴史散歩にいったわけじゃないんだが、
何処へ行って歴史散歩になっちゃうのである。
逆に長岡駅前は近代的すぎて、
しかも本丸跡に駅を作っちゃったりしてくれたりした上に
江戸時代に発達した街なので、
中世感バリバリの栃尾に比べると萌えないのであった。

と個人的な萌えポイントの有無はあるものの、
日本ってどこを訪ねても面白いわ。
予備知識がまったくない場所の方が新鮮で面白いかもしれない。
どの土地にもそこならではのユニークな歴史と文化を携えているから。


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