2015年7月3日金曜日

新潮講座「凹凸合戦第二の陣・真夏の机上フィールドワーク」の日

夜は「凹凸合戦第二の陣・真夏の机上フィールドワーク」。

それに先立ち、ちょいと見ておきたい神社があったので早めに家を出て
成子天神へ。
周辺と一体化した再開発が完了し、
妙にモダンな高層ビル高層マンションに囲まれた一角となったのだ。
再開発されながら、大正時代に作られた富士塚もビルの隙間に生き延びてたりしてまた感慨深い。

雨が強くなってきたのでコンビニでビニール傘を買い、
会場の住友三角ビルへと向かう。

お題は、四谷から新宿。
皆川さんがそれをスリバチ的な観点から窪地を中心に語り
わたしがそれを古道的な観点から甲州街道・青梅街道を中心に語る
という感じ。
いやあ調べてみるとこの辺、特に「内藤新宿や玉川上水ができる前」が
面白いわ。
古社古刹さらに中世以前の歴史は新宿から中野方面の青梅街道筋に集中してて
甲州街道筋はほぼ皆無。
内藤新宿から四谷あたりもほぼ中世以前の遺構がない。
だから内藤氏が(のちの高遠藩内藤氏)あれだけ広い敷地を持てたのか。
寛永江戸図より四谷。1642年頃(新宿も玉川上水もまだなし)
ちなみに八王子道=青梅街道
まあ中世から青梅までつながってたことはないだろうから、
当時はそのまま所沢方面で鎌倉街道に接続してたんじゃないかな、と
調べずに勘でいっておりますが、
もうひとつ、青梅街道筋から途中で(阿佐ヶ谷辺り?)南西へ方向をかえ
人見街道に接続してたんじゃないかと
こちらも勘ですが
杉並区の板碑分布から、とてもありそうな気がする。
青梅街道から成宗を抜けて南西に向かう道ですな。

まあそこまでの話はしなかったけど。
主に花園神社の話とか
中野長者伝説の話をする。

夜は反省会という名の打ち上げ。
これがまた、
来て下さったつくばの方のお話が面白くて
めちゃ盛り上がる。
地球の変動の話(大雑把にいうとそうか?)の話なんだけど
「この話でここまで盛り上がってくれた人たちははじめて」といわれる(笑)。
変な集団です。


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