2013年7月6日土曜日

深大寺道と佐須街道と甲州街道

作例が必要なスマホ4台とミラーレスイチガン1台を持って、
確実に作例を撮れて30分くらいでいけるとこ……深大寺へ走ることに。

紫の線が Edge705によるGPSログ。
茶色い線が今回のルートと絡む古道。
青矢印は史跡的スポット。

「古道は自転車で走りやすいんですよ」とどっかで喋った記憶があるが、滝坂道は別で、榎交差点から仙川にかけての道は幅が狭い上に交通量が多く、バスまで走ってるのでこんなこともしばしば。
iPhone5
大らかな心がないとダメです。ムリせずゆっくりと。
この道自体は好きなので、拡幅せず、なんとかバイパスでも作って渋滞解消を測っていただけるとうれしいです。

滝坂道は滝坂上が終点。
今は上記地図のように滝坂道と深大寺参道はつながってるけど実は違う道だった。
今でも交差点の写真を見るとわかる。
滝坂道から深大寺道をみると、ちょっと道がずれてるのがわかる。
深大寺道は交差点部分が西側に拡幅されてるし、
滝坂道は、実は昔はここではなくもうちょっと西側で滝坂に出てた。

でも今はつながってるので、素直にこの交差点を抜けて深大寺参道へ入る。
参道入口にはかつて道標が立ってた。いまその道標は深大寺境内にある。

深大寺参道は、途中で谷をひとつ越える以外はきれいな尾根道で
走りながら道の左右を見ると、どっちもぐぐっと下がってて
狭い尾根をうまく走ってるんだなってのがわかる。

深大寺道を道なりに走ると、上ノ原五叉路。
ここに馬頭観音がある。江戸時代は五叉路ではなかったようだけど。
ここの南北の道は十王街道と呼ばれており、鎌倉古道のひとつという伝承もある。

さらに深大寺へ向かうと、庚申塔のある三叉路が現れる。
シンプルな庚申塔だが、寛政とある。
左深大寺道、右大さハ道(大沢道)と書いてある道標だ。
右へ行くと今の神代植物公園正門前の通りを抜けて、国立天文台にぶつかる。そのあたりが「大沢村」だ。
左へ行くと古道っぽい道を抜けて青渭神社前に出る。深大寺参道に直接つながってないのは地形の問題。
青渭神社前まで深い谷があったのでそれを避ける感じで道を作ると青渭神社前に出ちゃうのだ。

神代植物公園と深大寺で作例撮り。
あまりに暑いので芝生で寝転がってゴロゴロ。

帰りは現三鷹通りの旧道を何かして国分寺崖線を下り、
佐須街道を左折。佐須は「さず」と読む。
佐須から深大寺一帯は、奈良時代に遡る集落で、
深大寺開基の満功上人にまつわる伝承や縁起を観るとよくわかるのだが、
その辺は拙著「古地図でめぐる東京さんぽガイド」に書いてあったりします。

でも佐須街道自体は江戸時代の道だと思う。
甲州街道ができて、街道から佐須へ向かう道が作られたのだ。

道なりに東へ走ると甲州街道にぶつかる。
その分岐点には道標を兼ねた古い地蔵尊がある。
排気ガスにやられてよれよれである。

甲州街道を東へ走っていると、左手に「厳島神社参道」なる新しい道標を発見。
試しに行ってみると、突き当たりに厳島神社がありました。


写真だとわからないが、拝殿後ろのマンションは実は数メートル高い位置に立っている。崖下の水が湧き出たところに作られた神社で、
昔は「弁財天」だった。明治初期の地図にも「弁天祠」とある。
当時はわき水による池もあったのだろう。創建は不詳だが場所的にかなり古そう。
わたしは金龍寺との関連を考えている。

今の参道は近代になって作られたもので、江戸時代にはなかった。
上ノ原五差路から何かする尾根沿いの道から直角に参道が延びていたようで(上記地図の茶色い線)、
その頃は南側に表参道があったのだろう。
鳥居はもうないが、狛犬だけがその名残として残っている。
狛犬自体は大正時代のものだが、たぶん往古はこっちが参道だった。

甲州街道に戻り少し東へ進むと、街道の北側に金龍寺という赤門の立派なお寺がある。
1206年に栄西禅師が開基だったらしい。
元は「金子弁財天」内にあったという。
金子村で弁財天というと、上記厳島神社しか見つからないわけで、
十王道の語源である十王堂は源頼朝祈願によるものといわれてて
(今、その十王堂は金龍寺にある)
金龍寺が現在地に移転したのは江戸時代であるからして、
往古は南北の街道沿いにある弁財天のあたりにあったのではないかと思う。
そう考えると、上ノ原五叉路を通る南北の道は鎌倉古道といわれるだけのことはある、めちゃ古道なのだった。
まあいつか金龍寺を再訪したときにでも、お寺の人に尋ねてみたい。

この十王道が鎌倉古道だったという話であるが、
調布市教育委員会が「調布の古道・坂道・水路・橋」という素晴らしい報告書を出版しており、それに詳しく書かれている。
この十王堂は甲州街道がなかった頃は、そのまま野川を馬橋で渡り、
調布警察署の裏から南西に向かって延びていて、多摩川を渡り、登戸方面に抜けていたのだという。登戸は鎌倉古道のひとつが通っていたところであり、無事鎌倉へつながったというわけだ。

甲州街道をさらに東へ向かう。
左手に地蔵尊などがちらほら見え、やがて旧滝坂との三叉路。

右が今の甲州街道、左が旧道でこの先に滝坂がある。
この写真を見るだけでも、新道はゆるやかに上っているが、旧道はフラットなまま崖下まで行き、急坂を一気に上ったのだなというのが想像できる。
今の旧滝坂はさほど傾斜がきつくないが、まわりの地形から想像するに、
江戸時代はとんでもない急坂だったはずだ。

滝坂を上って甲州街道を東に進むと、仙川駅入り口セブンイレブン前に
甲州街道一里塚跡の碑がある。ここに一里塚があったのですな。

この先は、甲州街道旧道にはいり、適当に走って帰宅。

休憩してシャワーを浴び、スカパーオンデマンドを使ってグランパスvsエスカルスを観戦し(iPadで観戦できるのは便利)、
夜は、千歳烏山の「キッスン・リトル・ダイニング」という店まで自転車で走り、
味スタ帰りのサンフレッチェ広島サポとFC東京サポと一緒に晩ご飯を食べる。

今日の総走行距離は約29km。まあぼちぼちと。

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