2015年3月29日日曜日

境界協会と地図と暗渠と笄橋とレインボーブリッジと地図ナイト

ひたすらフィールドワークの日。歩き疲れました。

第1部:境界協会フィールドワーク

正午。目黒駅集合。境界協会「【地図】と【暗渠】のムフフな関係」。
境界協会2015年第2弾「【地図】と【暗渠】のムフフな関係。見えない川を、見にゆこう!」 – Heyevent.com


目黒駅から北に向かい、目黒区と品川区の境界から山手線と貨物線(湘南新宿ライン)が交差して位置を変える長者丸踏切を渡り、


三田用水白金分水を辿りつつ、
目黒区と品川区と渋谷区の三区境界。

境界協会散歩中。目黒区と品川区と渋谷区の3区境界でシータ #theta360 - Spherical Image - RICOH THETA

もうちょっと進んで渋谷区と品川区と港区の三区境界。
このあたりややこしくて面白い。

さらに暗渠を辿り、区界を楽しみ、


やがて狸橋。
江戸時代、この橋のたもとにたぬき蕎麦なる蕎麦屋があった。
たぬきがここでそばを食っては、お金に化けさせた木の葉で代金を払ってたからとか。

天現寺橋から広尾駅へ向かってフィールドワーク完了。

境界協会会長の小林さんと、暗渠系の吉村生さんと高山さんは夜の地図ナイト出演の準備があるため早い解散となる。

第2部:笄橋→バス→新橋→ゆりかもめ→芝浦埠頭→レインボーブリッジ徒歩→カルカルへ

歩いてレインボーブリッジを渡りたいという人あり。笄橋跡を歩きたいという人あり(わたしだが)。というわけで、笄川暗渠を辿って西麻布まで歩き、そこからバスで新橋、ゆりかもめ経由でレインボーブリッジへ向かうことにする数名の集団。


笄橋は江戸名所図会に鎌倉街道だったと書かれてる。源経基が渡ったとか(笄は源経基の笄から来てるらしい)、白金長者が渡ったとかいろいろある。ここが鎌倉街道だとするとどこからどこへつながってたのか。西は渋谷城だろう。東は? 飯倉ってのがありそうだな。ともあれ明治の迅速図でもよくわからない。後で寛永江戸図とにらめっこしてみよう。

続いてお台場へ渡る。
都バスとゆりかもめを経由して芝浦埠頭。
そこからレインボーブリッジを徒歩で。初体験。
これは面白い。

途中、第六台場や第三台場(ここからレインボーブリッジを撮ったことはあるけど、レインボーブリッジからこっちを見るのははじめてで新鮮なり)を眺めて楽しむ。

ああ、台場の船着き場がそのまま残ってるよ。



第3部:「地図ナイト10-地図と暗渠のムフフな関係。今宵、見えない川を、見にゆこう!-」で地図暗渠ナイト



暗渠カルトクイズには笑った。ヒントが出たとはいえ、正解者が出たのにまた笑った。

地図ナイトに顔を出すのは2回目か3回目か、いずれも会いたい人がいたからだったりするわけで、今回は吉村生さんと高山さん、それから島田先生。暗渠界の巨人、本田さん。一度にあえて素晴らしかったのでありました。

島田先生からは長年の「てふてふの疑問」を解いてもらったし。ふふふ。
ちなみに、蝶々って古代の日本語では「てふてふ」と記述するけど、「当時の人たちはほんとうにtefutefuと発音してたのか、それとも、「てふてふ」と表記するだけで発音は今のchouchoに近いものだったのか」がずっと気になってたのだ。
つまり、表記と音の関係ですな。

そしたら、奈良・平安時代には確かに「てふてふ」と言っていたが、平安時代末期から中世の頃に発音が「てうてう……ちょうちょ」に変わっていったんだそうな。表記はそのままで。

なるほど。
という感じで、実り多き1日でありました。疲れたけど。


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