2020年7月18日土曜日

0718:R5が届く

レビュー用のEOS R5が届く。

さっそく家の猫をとりまくる。
猫AF楽しい。

普段、EOSは使ってないのでEOSな操作系にちょっと戸惑う。

単行本、第一章の最終章だけ後回しにしてたので
それに取りかかる。
江戸名所記や望海毎談の翻刻版が国立国会図書館デジタルコレクションに上がってて
ついそんなのを読んじゃうので作業が進まない。
でも面白そうな逸話を全部入れてたら散漫になって無駄に長くなるので
必要なとこを厳選するわけで
資料をたくさん読んでも使うところは一部なのである。
にしても、面白いわ。

江戸名所記は江戸時代前期のもの、望海毎談は作者も時期も不明だが、
このあたり、人によって書いてることが違ってて(神社の由緒とか)面白い。
とりあえずいくつかの文献で赤坂氷川神社の由緒をチェックしたが
大宮の氷川神社から勧請したと書いてあるものはひとつもない。
関係なさそうである。
武蔵国では清涼な水が沸くところを氷川と読んでいたという話を聞いたことがあるわけで(大宮の氷川神社のWebサイトにもその説がある)、そっちから名づけられた、つまり大宮の氷川神社から勧請したわけじゃない氷川神社もけっこうありそうなんだが、主祭神はみな同じ素戔嗚尊なのだよな。

ちなみに「江戸の七氷川」とよく言われるが、その元ネタはこれらしい。
詳しく書かれてるのが赤坂氷川神社なんだが、「元大宮の近くに小呂子という所」とある。小呂子の宮(つまり赤坂氷川神社の旧地)の場所はわかるんだが「元大宮」がわからん。
どれのことだろう。




赤坂氷川神社のWebサイトに天暦年間創建とあるのは江戸名所記にあるこれのことか。

ってことは、当初は十一面観音堂であり、氷川神社ではなかったのだな。
にしてもなぜあそこが「入間郡」なんだろ。
調べたら入間郡越生町に「赤坂」って地名があるようだが、
江戸名所記に取り上げるには江戸から遠すぎるし、これの前の項が目黒不動、次の項が山王日枝神社だから、文脈的に赤坂の氷川神社を指してることは間違いなさそうで、何らかの間違いか。
ちなみに江戸名所記は1662年。江戸時代前期なので、赤坂氷川神社がまだ旧地にある頃の記述だ。







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