2016年6月4日土曜日

新潮講座「東京古道散歩」 練馬城へ攻め上がる日 および えこだ と えごた

新潮講座「東京古道散歩」の日
今日の踏破ルート。

iPadのFieldAccess2にログをはっつけてSkitchで文字入れ。

鎌倉道伝承のある道を辿って阿佐谷から練馬城まで。
練馬城址、行ってみると城址っぽくて(ハイドロポリス天守もそびえてるし)、
オチとしてはいい感じでありました。

あらためて思ったのだけど、中野や練馬って氷川神社が多いのに、鎌倉古道沿いは八幡神社が並んでるのね。この南には大宮八幡宮もあるし、さらに鎌倉古道を南へ辿ると下高井戸八幡の近くも通る。
鎌倉古道沿いってのと関係あるんだろうか。

練馬駅で解散した後、有志で江古田まで散歩して、
弁財天(市杵島神社)経由で、江古田へ。
浅間神社で富士塚、と思ったら、富士塚に上れるのは正月と7月1日(富士山山開きの日)と……合計4日ほどしかなかった。
山開きしてすぐ閉じちゃうんかい、と突っ込みが入る。

さて気になったのは「江古田」。
ずーっと「えこだ」と読んでたんだけど、
いつだったか、中野区民族郷土資料館で資料を見てたときだったか
「えごた」とルビがふってあって「あ、えごただったんだ」と
脳内の読みを修正したわけだが、
なんと、
「えこだ」も「えごた」もあるのだ。
行政的には「練馬区はえこだ」「中野区はえごた」なのである。
だから、駅名も練馬区にある西武線の駅は「えこだ」で
ギリギリ中野区になる都営大江戸線の駅は「新えごた」なのだ。

地名としての江古田は中野区側なので、「えごた」が公式なのだが、
西武池袋線の駅が「えこだ」なので、えこだと思ってる人が多いかと思う。

どっちが元の読み方なのかはわからん。「えこた」と濁らない読みもあったようで
それがもともとかもしれない。

ちなみに、
「江古田村」は多摩郡にあり、今の「中野区江古田」。
江戸時代に、江古田村が村の北側を開拓して「江古田新田」となり、
それが豊島郡に組み入れられた。それが練馬区の「江古田」で、
今は他の町名に変わったので残ってないが、
江戸時代は「下練馬村 字江古田」があった。
だから中野区と練馬区の両方に「江古田」があるのである。

面白い。

個人的には「元々は えこた と濁らなかったんじゃないかな」という気がしております。
語源はわからないけど。


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