2016年9月30日金曜日

9月最後の日

9月最後の日。
ちょっと原稿書く。
あれこれ作業する。
明日の東京古道散歩の準備をする。

用賀から溝口へ歩くのである。
ちょいと調べ物をしようと
昔世田谷区郷土資料館で行われた企画展「世田谷の土地」の
図録を引っ張り出してあれこれチェックしてたら
なんとも面白い。
多摩川をめぐる瀬田村(世田谷区側)と諏訪河原村(川崎側)の攻防なんぞ、
多摩川が暴れて流路を変えるたびに
土地が増えたり減ったりするのだ。
多摩川沿いの低地は基本的に農地なんだが
多摩川が流路を変えるたびに、今までこっちの村だったものが
川向こうになるのである。農村としては困る。
で、どっちがどっちの土地か、毎回揉めるわけである。
揉めると、その記録が残る。
その話が図録に細かく書かれているのだ。


今でも、
宇奈根・丸子・等々力など
世田谷区と川崎市で同じ地名が残ってるのなんざその名残り。

そうそう「二子玉川」だけど、今は二子玉川といえば世田谷区の
再開発盛り上がり高級住宅地域であるのだが、
「二子」はもともと川崎側の地名。二子塚って塚が語源。
玉川は明治以降の地名。「玉川村」が語源。
もともと二子玉川のあたりは「瀬田河原」だった。
なんともシンプルで、単なる農地兼行楽地。
鮎で有名だった。




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