2012年1月5日木曜日

「へうげもの」

生まれてからずっと「せともの」って陶器の総称だと思ってたのね。子どもの頃からずっと「せともの」と呼んでたから。他の地域では知らんけど、少なくとも名古屋市の北東部(瀬戸市に近い方)ではそうで、まあ普通に使ってた陶器のほとんどが瀬戸のものだったろうから、瀬戸物で間違ってはいないのか。
瀬戸から流れてくる矢田川も、子どもの頃は常に「泥の色」で、あとになって陶器を作った廃水がそのまま流されてたからと聞いて納得した記憶がある、もちろん今はきれいな透明な川。
中学の頃だか、母親が、織部が手に入ったと5客の湯飲みをどこからか手に入れてきて、ざらざらしてて上半分に緑色がかかってて、飲み口も丸くなくて丸がちょっとへしゃげて角の丸い三角のようで、なんだかそのざらっとした無造作な感じが好きで、「織部」って名前だけは記憶に残ってたのだった。
こんな感じだった(iPad2でさくっと描いてみた)
今でも、真っ白でつやつやしてハジくと高いきれいな音がする磁器より、ざらっとしててゆがんでて土っぽい陶器の方が好きで、家では、結婚記念に瀬戸で陶芸をやってる高校時代の友達に焼いてもらった黄瀬戸茶碗を愛用中。

名古屋あたりではもういつまでたっても「これが最初で最後の栄光だ」と、信長・秀吉・家康を郷土の三英傑と称して称え、子どもの頃から彼らのエピソードを聞かされたり読まされたおかげでその頃だけは詳しい始末。「おもてなし武将隊」なんて面白いものを作るくらいだから、相変わらずなのだろう。

そんなだから、「へうげもの」が面白くてしゃあない。織部がやたらと喜ぶ、あんなにょわんとした陶器がわたしも好きなのだ。擬音の使い方も好き。いいなあ、織部。あんな風に生きたいものです。
その上戦国時代をあんな視点であんな好き勝手に描くのがアリだったなんて。信長や秀吉や家康の描き方もかなり好み。
この先、古田織部がいつどう死ぬかは史実として動かせないが、連載はまもなく関ヶ原の合戦というところなので、まだしばらくは続きそうである。

この「へうげもの」、実はeBookJapanで買って、iPadで読んでる。こんなに面白いなら紙の本で揃えてもよかったな、とも思うけど、iPadだと作品中の気になる事象を、Safariに切り替えてすぐ調べられる。実際の織部焼きってどんなんだろう、当時の「名物」ってどんなのだろう、ここ、史実はどうだったんだろう。そんなのもまた乙。

以上、昨年秋から年末にかけてiPadで読んだ漫画の話でありました。

へうげもの(eBookJapan)

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