2012年6月5日火曜日

縄文女子から縄文式土器の話を聞く

渋谷でiPhoneアプリを作っている方と打ち合わせ。
まあ何か面白いことをしましょうという話。
近場なので自転車出動。
旧滝坂道(というか現淡島通り)をベースにしゅるーと走り、マークシティの駐輪場に駐輪。
小さな駐輪場だけど、けっこう穴場。

打ち合わせ後は旧大山道(というか246)をぐおーと下る。
途中で桜新町を通ったので、波平さんの頭を探す。
ああ、これは抜きたくなるかも(笑)。
銅像と毛の質感があってないもの。
ついでにいえば、タラちゃんの頭にも3本植毛されててそっちの方がおかしい。
植毛一家。

さてそのまま246を下り、用賀の大山道追分から裏道にはいって、目的地である宇奈根の考古資料室へ。
ここで「大海進時代の鎌田ムラ」展をやってるのだ。

小さな資料室の小さな展示なんだけど、面白そうなので覗いてみる。
縄文式土器中心の展示。
小さくてマイナーな資料室なので来場者はわたしひとりで、
大学を出たばかりという縄文専門の女子がいろいろと、
縄文式土器の作り方とか、紋様の話とか解説してくれたわけで、
うら若き縄文女子と縄文話をするのは楽しいですな。
でも縄文女子を略したら縄ガールか。その略し方はアレすぎます。

今回が第5回の展示で、年に2回開催してるという。
気になったので、過去の分のパンフレットもないかと尋ねたら、
2〜4回の分はあったというので、それを携えて出てきたのが、古墳時代が専門の学芸員。
古墳おじさん。
第2回と3回の展示がちょうど古墳だったのだね。わたしが一番興味あるところ。

いやあ、どこの資料館もそうだけど、ベテランの学芸員さんと話をすると面白い。
みんないろんな説を持ってて、いろいろぶっちゃけてくれるから。

今日聞いたのは、等々力渓谷は実は河川争奪の結果自然にああなったのではなく、古墳時代に人工的に開削したから説。等々力渓谷がだんだん谷頭を侵食するには高低差がないし水量も少ないからだという。
そうそう、そもそもわたしが野毛大塚古墳や稲荷塚古墳と多摩川台の古墳群が一連のものだとしたら、その間に等々力渓谷があるのは障害にならなかったのか、と尋ねたからなのだった。
そしたら、実は昔はつながってて、その後開削され、渓谷ができた後に等々力横穴古墳が作られたのだ、と。
そんな話ははじめてきいたよ、面白すぎ。

日本の古墳だって当初は墓碑があったはずだが、それが残ってないので被葬者がわからないとか
昭和30年代に盗掘団がいろんな古墳を盗掘して金目のものを持ち出してしまったとか
どこまでほんとかはわからないけど、
何にしろ、ぶっちゃけた話は楽しいもんです。

楽しかったので、たまたま持っていた「東京古道散歩」を縄文女子に無理矢理プレゼントしてきました。

総走行距離は25kmくらい。まあほどよい運動です。

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