そんなわけで、今日は急いで黄色い象の滑り台とあずまやの作例を撮るためにiPhoneを2台抱えてさっさと撮って帰ってきて原稿を書く予定であったのだが、三井さんから「くら寿司」で昼飯食おうと誘われ、それがまあその作例を撮る場所のすぐ近くであったゆえに、なんだかんだと「くら寿司」で四人で楽しく寿司くってしまったのだった。
それがもう、おもろいわ。初くら寿司体験。
ここはゲーセンかオモチャ屋かというノリの回転寿司屋ですべてが笑えるくらいシステマティックで、そら、子供やJKに人気ってのもわかるわー。
揚げ餃子寿司とかなんやねん。
ともあれ帰宅してITMediaにiPhone5のカメラについていろいろレビューしてメール。
ああ、今週の掲載に間に合うよう書くつもりだったが来週になってしもた。残念。
さて、
先日、冲方丁の「天地明察」を読んだのである。
これがまあ軽いけれども滅法面白く、マルドゥック・スクランブルシリーズが面白かったのでその辺は心配してなかったんだけれども、
主人公が江戸時代の理系の人というだけで楽しい。
わたしは理系なので、冒頭の算術の問題にまつわるあれこれでわくわくできる。
数学が好きだった高校時代を思い出すなあ。そんな風にわくわくしながら問題を解いてたもの。
金王八幡宮にそんな絵馬が奉納されてたなんて知らなかったわ。
なぜ今頃これに手を出したかというと、これの映画にでてくる「紅白梅図」をおともだちの細井画伯が描いてそれが映画の中でどどんと使われたと聞いて、あ、そういえば読まなきゃというのがきっかけ。いやそこで「映画を観に行かなきゃと思えよ」と自分でも思うのだけど、原作が冲方丁なので、先に原作読みたいなと。。。
→「天地明察」絵の演出 | 壁画 装飾美術の制作 web Decora Japan
映画も行かなきゃ。
で、天地明察を読んでて思い出したのが、岩明均の「雪の峠・剣の舞」に収録されている「雪の峠」。江戸時代に入り、東北に移封された佐竹家の話で、もう戦国時代は終わって太平の世になるのだからそれに合わせた城作りをしなきゃいけないという渋江政光ら若手と、戦国時代を忘れられず戦うための城以外は考えられない老人達の話で、理詰めで決めようとする若者達に対して、老人側の一人が、これは戦争だ、というようなことをいうわけ。相手は戦いを挑んでるんだぞと。古い世代の人たちは戦いしか知らない。そこに理詰めで解いてもダメだ、と。
で、主人公の渋江政光が「自分たちの戦い方」でそれを成し遂げるという話。
「天地明察」も戦国時代から太平の世に切り替わる、武士は戦争をするためにいるのだという時代が終わるときを描いてて、主人公が理詰めの人で、
時代を変えるために、刀ではない、知恵を使った勝負を旧勢力に対して挑むという話で、
そのひとつが暦を変えるということなのだけど、
頭の中が前時代の人たちに、今の時代(つまり暦を変える必然性)を理詰めで解いてもだめ、
そこは今の時代ならではの「勝負」を仕掛けないと勝てない、
要するにどちらも時代の変わり目を、時代を変えていく人の目で描いた物語なのだ。
なんか、そういう意味では、現在に通じるものがあるじゃないすか。
岩明均はともかく、冲方丁は確実にそれを意識して書いてると思うのですよ。
いつの世も、時代を変えるのは、変えなければいけないのはわかっていても、変わっていくのはわかっていても、大勝負が必要なのです。
で、天地明察を読み終えたところに、「大奥」(よしがなふみ)の8巻が出まして、
天地明察はだいたい徳川家綱から綱吉の時代の話で、大奥もそんな感じで(8巻は吉宗の時代になってるけど)、続けて読むと、同じ人物が男だったり女だったりで脳内が混乱して楽しいよ、と、そんなオチでした。
いやあ「大奥」も佳境にはいってまいりましたな。
2 件のコメント:
早速Amazonで注文して先程読了しました。>雪の峠
悩んでいることのヒントになりました。ありがとうございました。
Hidefumi Yamachikaさま、そういっていただけるとうれしいです。地味ですが何気によい作品です>雪の峠
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