2013年1月24日木曜日

下高井戸暗渠自転車散歩

ヤマダ電機にmicroSDカードを買いにでかけるついでに
猫を求めて下高井戸八幡&暗渠散歩。
まあ結論として、猫はいなかったけど、神社の闇(笑)と暗渠を堪能して参りました。

上の赤い線は古道。とりあえず江戸時代にはあった道。
明治初期の地図はこちら。
明治初期フランス式彩色図。よく見るとけっこうアバウトです。
下高井戸八幡は、15世紀後半、太田道灌が江戸城を築く際に
工事の安全を願って勧請したものだそうな。
なぜ江戸城を築くとき、こっちまで来たのか、なぜここなのか、
このあたりの住民を集めて人夫として連れて行ったのか
このあたりの何かを資材として提供させたのか
わからんけど、場所的には神田川にのぞむ舌状台地の端っこで
神社を作るにはよい場所。
神社北を流れるのが神田川で、古地図には「神田上水」と書かれているけど、上水として使われてたのでそう呼ばれてるだけで、部分的に人工流路があったりするものの(お茶の水のあたりとか)れっきとした自然河川です。

すぐ西に鎌倉街道が通っていたので、江戸に向かう途中このあたりに逗留したのかもしれない。ここから江戸に向かうとしたら、鎌倉街道を北上して大宮八幡の前に出て、そこから東に向かって中野経由で麹町か。その頃甲州街道はまだできてなかったと思うし。

下高井戸八幡本殿の裏手に回ると、こんなもの発見。ひー。
「ああわたしはなんてことしてしまったんだ!」
左は仁王さまの頭部っぽい。なぜ神社にそんなものが!
もっと気になるのが右にある木像。
顔を手で覆い、背中を丸めてうずくまってる悲しげな像でいわくありげ。
よって、怖さをここでおすそわけいたします。

下高井戸八幡前あたりの台地の端と現神田川の間に立派な暗渠がある。
神田川支流かと思ったけど、どうも旧流路らしい。
江戸時代に流路を変えられたか、そもそも台地下の平地なので本流路が何本かに分かれていた名残かは謎だけど、崖のすぐ下を通ってて、昭和の頃まで開渠だったらしく、その頃の名残がそこかしこにあって暗渠好きにはたまらん。
暗渠トマソン
昔の土手?
やがて神田川に合流するかと思いきや、また離れていく。
右手に神田川がある。左手が旧流路。中央の竹藪の中の道も旧流路の名残。
左手の旧流路を辿っていくと、最後は鎌倉街道にぶつかり、塚山公園に出た。

神田川沿いに高井戸駅前に出て、そこから裏道を南下してヤマダ電機でmicroSDを買い、
コジマで猫餌を買って帰宅。

ascii.jpに猫連載を書いてメール。
ITMedia用の作例と製品写真を整理してダウン。

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