2013年4月9日火曜日

井之頭弁財天は平安時代に遡るのか

家電批評のちょっとした原稿を書いてメール。
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井の頭弁財天の本尊が今週末にご開帳されるらしい。
朝日新聞デジタル:お別れ伝説の元の女神像、ご開帳 東京・井の頭公園 - 社会

いやあ、井の頭弁財天っててっきり江戸時代のものだと思ってたですよ。
池に家康が訪れたとか、家光が「井の頭」の名の由来とかいうし。
でも調べてみると弁財天は源頼朝創建とか。
上記記事によると、源経基(平安時代に武蔵国司として派遣されたとたん、足立郡司の武蔵竹芝と揉めて平将門が下総国から出てきてあれやこれやで、結局将門の乱の遠因になったというか、そういう人)がここに像を安置し、頼朝が堂を建てたという伝承があるらしい。
国府からけっこう近いし、遺跡群も近くにあるわけで、中世の横穴墓も発見されてるわけで、昔から水源として知られてたのは確かで、牟礼から北に延びる江戸時代の弁財天への道は古代にまで遡るかもしれないですなあ。だとすれば楽しい。
あ、江戸時代に拓かれたと思い込んでて、つい江戸時代の道ですっていっちゃった。まいっか。
明治時代の地図。



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