2013年4月13日土曜日

ノマドでも社地区でもないよねえ、ふつう


晴れました。ちょっと撮影散歩しました。
写真の整理をしたりブツ撮りしたりしました。
まあそんな感じの日。

で、
イケダハヤト師とやまもといちろう師のアレをニコ動でタイムシフトでついながら見しちゃったり、MayRomaさんの「日本が世界一「貧しい国」であることについて」を読んじゃったとか、その手のエッセイなりなんなりを読んじゃったとか、そういう単純なところがはじまりで、
とりあえず、自分はノマドなんかじゃなくて単なるフリーランサーなのだけど。

なんだろな、昔はプロのライターやカメラマンと、アマチュアとの間にそれなりにはっきりした違いがあったのだけど、ネットの発達と浸透と拡散で、あらゆる境界が曖昧になっていく中でおいしく曲解された概念がノマドなのかもしれないなという感覚がありまして、
意識が高い人々の考えることはよくわからないのだけれども、
境界がなくなっていくという感覚はすごく面白く見ております。
境界があった頃にプロだった人にはめんどくさい現象ではあるんだけど、
そうやって変わっていくのが世の中の面白さなのでそれはそれでよいのですよ、
という感じ。

で、昔話。

わたしもご多分に漏れず、学生の頃は、やりたいことをやって稼ぐのが理想だとか、したくない仕事を無理にしなくてもとか仕事で自己実現を……まあ「自己実現」って言葉は大嫌いなのでアレなんだけど……とか、やりがいのある仕事を、とかそんなステレオタイプな文言が気になったりしたのですよ。
若気のアン。

で、ふと欧とか米の映画を見ながら、そこに出てくる働く若者たちを見ててふと思ったのです。
ああ、この人たち、仕事でやりがいとかつゆほども求めてないじゃん、と。
やりがいある仕事をしたいなんてはな思ってない。仕事は労働であって、その報酬としてお金をもらってるのだから、「やりがい」なんて概念がそもそもないのだ。

その代わり、ちゃんと定時に仕事を終わらせて、家に帰ってから自分の時間をちゃんと使う。自分がやりたいことはそこで、仕事とは無関係にやる。
17時に終われば自由な時間けっこうあるもんね。
ああ、そういう生き方もあるんだなと。

もちろん欧米にも仕事がやりがいな人はいるわけで、仕事が面白くてしょうがない人はそれこそ一般的な日本人より働いてるわけで、
自分はどっちの道を行くのかさっさと決めるのが一番幸せだろうと。
前者で行くのなら労働は労働と割り切ってちゃんと働いて、その代わり終わったら自分の時間として誰にも口ださせませんという生き方は十二分にアリだし、仕事が面白くてやりがいがあるのならそっちに注力すればいい。
結局のところ、仕事に何を求めるかなんて人それぞれでいいじゃん、と。

問題は日本の会社が、労働は賃金を得るもので、それ以上でも以下でもないから、労働時間が終わったらあとはおれの自由だよ、という生き方を認めたがらないことか。
いい加減そういう時代ではなくなったと思っていたけど、どうもそうでもないらしいし。



わたしはどうだったかというと、
大学を出ていきなりフリーランスになるには先が見えなかったし、
ちょっと社会を……どうせならまったく縁がなさそうな業界を知ってみたいと思い、
某財閥系金融機関の子会社(当時、いろんな会社が情報システム系の子会社を立ち上げてて、文系的会社からの理系学生ニーズがすげー高かったので比較的楽にはいれたのでした)に就職。
3年は働くつもりだったのだけど、2年で辞めちゃいました。暢気ですみません。

会社員生活も楽しかったのだけどね。
毎日ネクタイ締めてスーツ着るのもそれなりに笑うほど面白かったし、
2次会に出ないで帰っちゃって、翌日、新入社員が1次会だけで帰るなと小言いわれたりとか、定時前に切り上げて花見の場所取りさせられたとか、毎朝トイレに篭もってなかなか出てこない人を見て人生いろいろ感を味わったりとか。おお、これが伝統的な会社というものかー、的な。
あ、もちろん新人なりに仕事はいたしておりましたです。
その上、ずっと理系な世界にいたので文系な女子がたくさんいる場所で働くってのがあまりに新鮮でワクワクしながら、休日に同僚と遊びに行ったりしてたのです。

でも結局、
2年目の後半からは、知り合いの編集者に相談に乗ってもらってあれこれ裏で画策して、ライター仕事を増やし、よしこれならフリーになってもある程度食っていけそうだという感触を得て辞めちゃったのでした。だから最後の3ヶ月くらいはライターしながら会社員で大変だったけど、まあ若かったからなんとかなった次第。

かくして、仕事と趣味と道楽の境目が限りなく曖昧な、適当で面白い日々を送っている次第で、そんな人が言っても全然説得力が無いことを書いてみました。


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